ミルトンの信仰
最近ミルトンが書いた「君主論」を読んでいます。
ミルトンはクロムウェルの下ラテン語秘書官として働き、その過酷な仕事の中で失明します。
彼は共和制こそが理想の政体だと考えていました。
やがて王政復古に覆され、夢は打ち砕かれ失明になり、
どん底の中で「失楽園」を語りはじめ、
付き人に代筆させて完成させました。
神はそのものがなすべき仕事を果たせるように、
無くてはならないものを取り上げてくださり
それを条件として前進させてあげようとなさいます。
「蕩減という言葉は祝福に満ちた言葉である」
文鮮明
困難が降り注ぎ行く手が遮られた時に
その困難を凌駕して有り余る意志があるかを
われわれは祭壇に供えるべきなのでしょう。
われわれはいかなる逆境の中にあっても、神の生素である愛を受け取ることができるべきです。
ミルトンはこう言ったそうです。
「盲目であることが悲惨なのではない、盲目であることを耐えられないことが悲惨なのだ。」
英語に慣れている方はこんな動画もどうでしょうか?
クリスチャンは善悪知るの木の実を「知恵の実」と解することが多いようです。
天使長ルシファーが堕落して、偽の情報をエバに持ちかけ、一緒に性的関係を結んで堕落したのだから、「偽の知恵」であったわけです。
この「偽の知恵」は西欧の歴史では、神を抜きにした人間中心の「理性」として継承され、啓蒙思想を経て無神論共産主義思想に結実しました。
「選択の自由」の重みと人間の責任分担5%の価値を感じます。
私のように英語に不慣れな方は、テロップが出てくるアイコンをクリックして英文の出してご覧になるか、さらにギアのようなアイコンをクリックして自動翻訳を選択クリックし、プルダウンメニューの最下位の方にある日本語を選択すると、英文が日本語に変わります。
あくまで参考にしてください。
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