原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

真のお父様御生誕100周年記念、お父様の生涯路程の価値とイエス様の価値 8,孝子の夫婦の道である8段階心情路程

8,孝子の夫婦の道である8段階心情路程

 


真の父母様のみ言(文鮮明先生・韓鶴子総裁) 家庭連合 (統一教会)

 

 私の教えは神様の心情についてです。・・・そのような人格を中心とした心情の夫婦について語っているのです。心情の家庭、心情の氏族、心情の民族、心情の国家、心情の世界、心情の天宙圏について語っているのです。皆さんはこの御言が何のことなのか、まだわかっていません。先生の御言は、このような内容を知らずしては理解ができないのです。」

(1971年1月1日)

 

「イエス様が真の父母になったならば、
本体のみ言葉の実体になり、本体的な実体になられる。
​イエス様は昼の神様になって夜の神様と一体となり、天地人真の父母になられる。
​神様の直接主管圏時代が始まる。
​しかし、エス様は十字架の道を行かれることで昼の神様になれなかった。

 

第3次アダムとして送られた文鮮明先生は「してはいけない」という戒めを守り
「しなさい」という三大祝福の責任も果たされた。
​真の父母様の摂理観的責任も果たした。」
(1999年12月26日)

 

「アダムとエバは、自然に昼の神様になるのではない。
​アダムとエバが昼の神様になるためには、夜の神様のみ言葉を実践して、
本体のみ言葉の実体にならなければならない。
​アダムとエバは、神様から与えられた『しなさい』という責任と
『してはいけない』という戒めを守らなければならない。
​『しなさい』という責任は三大祝福を完成しなさいという責任を果たすことである。
​ 『してはいけない』は神の許しがあるまで
取って食べてはならないという戒めを守ることである。

 

第1次アダムは神様から与えられた『しなさい」』という責任を完成できなかった。
『してはいけない』という戒めも守れなかった。
​第1次アダムは『してはいけない』という戒めを守れずに堕落して
『しなさい』という三大祝福も完成することができなかった。
​第1次アダムは堕落によって昼の神様になれなかった。
​第1次アダムは堕落によって真の父母にもなれなかった。
​第1次アダムが昼の神様になれなかったことが、神様の恨(ハン)である。
​第1次アダムが昼の神様になれなくて、心と体の闘争が始まった。

 

第2次アダムとして送られたイエス様は『してはいけない』という戒めは守っても
『しなさい』という三大祝福の責任は果たせなかった。
​イエス様は洗礼ヨハネの妹と結婚して真の父母になって
昼の神様にならなければならなかった。
​イエス様が結婚したならば、十字架で亡くなることはない。」

(2001年1月13日)

 

 

 

何故八段階の復帰路程の講義では、三段階目の養子基準がイエスとされているのか?

エス様は語られた。

 

「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」

(マタイ伝5章48節)

 

また、パウロも語っている。

 

「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。

もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。」

(第一コリント3章16〜17節)

 

 

本来イエス・キリストは神の三大祝福を地上で成就して地上天国を完成するはずであった。

そして地上天国の雛形がイエス家庭であった。

ところがイエス様は殺されてしまい、良き伴侶を得て夫婦理想も家庭理想も築くことができず天へと旅立たれてしまったのであった。

蘇生・長成・完成の成長の三段階において、完成期は一人では行けない道であった。

したがってイエス様自身も個人では完成することができなかった。

そこでイエス様は霊的な伴侶のような聖霊とともに人類が堕落人間から神の子に生み返される道を、霊的な摂理ながら責任を持たれて来られた。

 

個性完成ーーーーーーー家庭完成ーーーーーーー天宙復帰

 

というバトンの引き継ぎではなく、

 

個性完成ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

           家庭完成ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

                      天宙復帰ーーーーーーー

 

前の三大祝福を引き続き全うしつつ、

次の三大祝福が全うされて行き、

あたかもテイクオーバーゾーン(バトンゾーン)が最後まで続くような光景となる。

 

 

さて、イエス様が厳密な意味において神の実子であるならば、

何故、われわれ堕落人間を「霊的な養子」ではなく、「霊的な実子」に生み変えてくださることができなかったのであろうか?

 

それは神の実子ではなく、善の天使長格のザカリアの種から生まれたからである。

堕落の時と逆の経路を通過する蕩減復帰上それはやむを得なかったが、

しかし、それだけでは十分ではなかった。

霊的堕落の蕩減復帰にすぎなかったからであらる。

 

16歳までの堕落しなかったアダムを引き継ぐことはできたが、

堕落以降のアダムは依然としてサタンが支配したため、

そのままでは肉身を奪い返すことができない。

16歳の堕落を越えて行く何かが足りない。

何だろう?

 

サタンの霊人体と肉身の支配権を完全に蕩減復帰する

決定的な条件が必要である。

そうしてこそ、肉的蕩減復帰が成立される。

堕落してサタンの妻となり母格になって、

サタンを父としエバを母としてアダムはサタンの子として生まれたのだ。

母がなくしてどうしてアダムがサタンの子として生まれることができようか!

人類はそれを知らない。

ただ一人真の父母である文鮮明だけが知っていた。

 

 

もし、血統転換されて生まれたというならば、

どうしてアダムを引き継ぐ必要があろうか?

引き継ぐも引き継がないもない。

そのまま行けばいい。

 

最後のアダムは、母であるエバ、母であるマリアと結婚しなければならない。

それも、母であるエバは、母であるマリアは、

エバが御言を捨てても堕落したので、

御言を与えられずとも、これに勝利しなければならない。

そうしてこそ根本復帰である。

 

では縦横の8段階の特に心情を中心とした成長の縦的8段階を振り返ってみよう。

清平で36家庭の講義を受けた時、はじめて御言のわからなかったことが氷解し始めた。

一段階はノアが立てた心情基準。

一体ノアはいかなる基準を勝利したのか?

二段階はヤコブモーセが立てた心情基準。

一体ヤコブモーセはいかなる基準を勝利したのか?

一段階ですらノアの勝利基準である。

気が遠くなりめまいがするような思いだった。

 

さらに驚いたことは、

三段階がイエス様であったことだった。

養子基準がイエス様である。

何故だろう?

息を吸うのも忘れるほどに驚いた。

 

決定的に驚かされたのは、

四段階が再臨主で庶子となっていたことである。

再臨主は実子ではなかったのか?

一体全体どうなっているのだ!

今まで立っていた世界が消失するような衝撃を受けた。

 

自分がわかっていたはずの御言がすべて吹っ飛んでしまった。

自分が行くべき人生行路なのに、

まったくの暗黒のただ中に自分がいることを知って怖れた。

 

若い頃、777の巡回師が8段階の御言が出た時に若い我々に言った。

「あなた達は、お父様の8段階の御言がどういう意味なのか考えているの?」

自分以外にもこの8段階のみ言と取っ組み合いを始めている人がいることを知った。

彼女はどう考えているかはそこでは語らず、みんなの顔を見回して笑っていた。

お父様が777に語る御言は他の祝福家庭に語った御言とは次元が違っていた。

彼らは宗教性の高い者が召命され、お父様の期待も格段に高かった。

 

サンクチュアリに来て多くの疑問がことごとく解決していった。

協助するべきふさわしい人物がすべて失われてしまったからである。

仕方なく天は捨てられていた残り者たちに近づかれていった。

悲しみと苦痛に耐えながら・・・

こんなはずではなかった!

 

 8段階の図解を探したら、以下のような可知雅之講師のものがあった。

ついでにこれを説明した動画がないか探したら動画もあった。

可知雅之講師は御言の収拾やその図解は得意のようだが、講義は漫才のようだ。

これがサンクチュアリの教義解釈をしている者の有様だ。

 


真の父母様を中心とする現代摂理① 可知雅之講師

 

 50分からようやく8段階が始まる。見たい方はそこからを勧める。

以下の動画もどうしても見たいならどうぞ。

 


真の父母様を中心とする現代摂理② 可知雅之講師

 

 

 

 

キーワードを中心にみ言葉の確認をしてみよう。

 

<蕩減>

 

「蕩減」については、私が80年ころにファミリーで知った御言と同じところを注目しているが、もっと蕩減の先の祝福あるいは至福に重点を置いて話されたほうがいいかと思う。

例えて言うならば、富士山なら富士山、エベレストならエベレストを登るのは大変だが、頂上に立っと時にはそれらを全て忘れ去ってありあまる喜びがある。

皆それを知って登っている。

つまり、「蕩減」というのはそれを通過した時の喜びを胸に抱いて行く道であり、

辛い苦しい嫌だと感じながら行く道ではない。

無理やり感謝して行く道でもない。

 

一言で言うならば、

蕩減という言葉は神の祝福に満ちた言葉である。

 

統一教会に入って一番いやな言葉はなんですか?(『蕩減です。』)・・・本当は一番良い言葉なのです。・・・この蕩減という言葉こそ、成功をもたらす秘訣なのです。・・・蕩減とは何であるかというと、百以下のものをもって、百と同じに認めてくれることです。百年かかってやらなければならないことを一年で終わらせることができるというのです。その条件が何かというと、悲惨ということです。・・・ですから私は、毎日のようにあなた方に『苦労しなさい』というのです。・・・神様はあなた方の苦労を記憶されるのです。・・・私は『蕩減』という言葉のために、どれほど憎まれるのでしょうか。しかし、私はこの『蕩減』という言葉がどれほどありがたいものかを知ったために、この道を行くのです。あなた方は「蕩減の道を行け」と言う時、従うことができますか?・・・私は常に真剣な、誰よりも真剣、深刻な人です。今まで話したことは、全部私が成し終えたことです。それにつて一つ一つ教えているのです。何故でしょうか?人は自分の子供のために最も大事なものを与えます。あなた方を自分の子供のように考え、最も貴い、最も正しいものを与えようとする父母の心があり、天の心があるからです。その最良のものが何であるかというと『蕩減』ということです。これは悲しみの言葉ではなく、ひじょうに祝福に満ちた言葉なのです。もし私が、悲惨な状態になって倒れた日には、神様は両手を取って息絶えた私に人工呼吸をして、再び生き返らせてくださるでしょう。もしあなた方が、神の言葉を実行して倒れるならば、神はあなた方を助けてあげるに違いありません。・・・私がこの蕩減法ということを知らなかったならば、とっくに逃げてしまったに違いありません。・・・

 

愛したい者を愛するというのは、蕩減の愛ではありません。愛したくないものを愛するのが蕩減の愛です。・・・蕩減愛とは『恩讐を愛せ』ということです。愛する事など到底できない、恩讐と恩讐の子を愛さなければならないというのです。これが蕩減愛になるのです。・・・愛によって蕩減するのです。・・・自分の息子・娘のように・・・考え、愛さなければなりません。・・・『蕩減』・・・それによって歴史的問題が解決されるのです。・・・神様がそうであるのに、あなた方はこの道を行きませんか?私は一生の間このために苦労してきました。・・・『蕩減』という言葉がどれほど悲しい言葉であるか、今一度考えてみる必要があると思うのです。」

(1980年7月1日) 

 

「先生は統一をいかにするか心配せず、蕩減条件をいかに立てるかを心配してきた」

(『祝福と理想家庭』1 P 126)

 

 

アベルの目的とカインの目的>

不思議なことに、実体基台はアベルが中心人物であった。

堕落性を脱ぐのはカインのはずなのに。

何故だろう?

カインの目的は「堕落性を脱ぐため」であるが、

アベルの目的は「カインに堕落性を脱がせるため」である。

 

アダムが天使長を主管することのできる条件が実体基台である。(ヨセフ路程)

 

【信仰期台の意義】

神様のみ言を信じて、実践し(自己主管完成)、言葉と人格と心情の実体となり、

神を中心とした四位基台を造成することを信仰基台という。

 

【実体基台の意義】

完成したアダムが、天使長を主管することを実体基台という。

アダムには天使長を主管する条件が4つあり、

天使長には堕落性を脱ぐ為の蕩減条件が4つある。

 

1,不屈の絶対的信仰 (不信剤の蕩減復帰)

 

(1)10人の兄によって3回の死の境地に立たされた。

  ① 木に縛られて3日間山中に置かれた。

  ② 穴を掘って穴の中に入れられた。

  ③ エジプトに行くイシマエル人の商人に売られた。

(2)故郷と父母から強制的に離された。

(3)エジプトで奴隷生活をさせられた。(王の侍衛長の家で)

(4)エジプトで罪なしに牢獄生活をさせられた。

(5)罪なしに悲惨な状態に置かれても不平不満を言わない。

   罪なしに厳しい蕩減の道を行けば、神様から素晴らしい祝福を受ける。

   ヨセフは蕩減の道を行った後に、エジプトの総理大臣になった。

 

2,淫乱の試練に勝利する (淫乱剤の蕩減復帰)

  アダムは堕落したエバの誘惑に負けたが、

  ヨセフはエジプト王の侍衛長夫人の淫行の誘惑に勝利した。

 

3,恩讐を愛する (殺人罪の蕩減復帰)

 ヨセフは恩讐となった10人の兄さんに対して、仇討ちして殺さず愛した。

 

4,万物を贈与する (強盗罪の蕩減復帰)

 飢餓状態の兄さんたちに食物を与えて生かした。

 

このようなことを知ってこそ8段階の実践が可能となる。

家庭連合の可知講師の講義では不充分である。

 

 

これを全面に出す時期ではないとの何らかの考慮があって、

原理講論にはアベルが実体基台の中心人物でありながらその説明の詳細が省かれているのだと考えることができる。

 

アベル(主体)・カイン(対象)>

私にはアベルカインについての従来の説明は違和感がある。

信仰生活で用いられてきたこの言葉は、そもそも堕落以降の話であって、創造本然では事情が違うはずであるが、混同されていると思われる。

別の言い方をするならば、

メシアを迎えるための基台を造成するために信仰基台があり、

続いて実体基台でアベルカインは登場する。

しかも「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を巡ってである。

 

我々は完全に堕落性を脱いで祝福を受けるわけでもないし、

最短で三代かかると言われてきた。

それは理解する。

だが、祝福を受けた以降は「堕落性を脱ぐため」という非原理的なものであるはずもない。

堕落がなかったら創造本然の世界では、堕落性を脱ぐ必要がなかったであろう。

では、本禅の世界では「堕落性を脱ぐ」というネガティブな条件ではなく、

人間が完成するためには、如何なるポジティブな条件が必要になるというのだろうか?

 

人間が連体的な存在であるならば、

あるものに対しては主体であり、

あるものに対しては対象となる。

 

 さて、創造本然の世界では、主体と対象の円満な授受作用関係であるから、

「堕落性」から「創造本性」にシフトチェンジされなければならないはずである。

カインアベルというネガティブなイメージから創造理想のポジティブなイメージに変わらなければならないはずである。

ポジティブ・チェンジ。

 

そうすると、お父様によるみ言によれば、

 

<主体対象関係としての四大心情圏>

子女の心情、父母・兄弟姉妹の心情・夫婦の心情・父母の心情がある。

 

 <夫婦が行くべき対象思想と主体思想

1,三大対象思想(仮称)

我々祝福家庭は、歴史上最高の孝心をもって孝子の中の孝子と成ることを誓う。

我々祝福家庭は、歴史上最高の忠誠をもって忠臣の中の忠臣と成ることを誓う。

我々祝福家庭は、歴史上最高の烈をもって烈士の中の烈士に成ることを誓う。

2,三大主体思想

「真の父母と、真の師と、真の主人が「三大主体思想」の骨子です。」

(天聖経)

 

 

 そこで三段階で言えば二段階を超えた三段階の完成期、

あるいは、8段階で言えば3段階を超えた4段階以降は、

人生のテーマは「堕落性を脱ぐため」から重点が創造本然の目的にシフトするはずである。

「堕落性を脱ぐ」だけでも駄目で、

「天使長を主管」するだけでも駄目であることがわかる。

 

 復帰摂理上に現れた中心人物をこの8段階に当てはめれば、

僕の僕はノアであり、僕はヤコブモーセであり、養子はイエスであった。

清平の36家庭による修練会でもそのように講義されてきた。

 

 

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「これで、あなた方もすっきりしたことでしょう。ではあなた方、責任者たちが行くべき道は、僕の僕、僕、養子、庶子、実子、父母の代わりのできる道です。あなた方は、すべてこれらの道を経なければなりません。そのような蕩減条件を経て、どのようなことも成就させなければなりません。どのような道であっても感謝しなければなりません。不平を言ってはなりません。では、もうはっきり分かりましたね?(はい)。」 (「責任分担完成と神の愛」 1987年2月4日 ベルベディア)

 

「信仰生活の基準はメシアである。メシアに似ることが信仰である」

(祝福家庭と理想天国 1 P563)

 

 

以下は私の解釈である。批判的に吟味されて読まれることを願う。

 

8段階 神 萬王の王・天地人真の父母様の完成 2017年9月23日 D-day

 ⬆

7段階 父 父子協助時代 一子相伝の時代 二代王の選定 ミレニアム2000年代

 ⬆

6段階 母 母子協助の時代 母を中心とした3子女の一体化 90年代

 ⬆

5段階 実子  真の父母 妾と正妻が逆転した7年路程勝利以降

 ⬆

4段階 庶子  再臨主 母マリア格がお母様時代 (崔元福お母様時代)  

 ⬆

3段階 養子  イエス 胎中からの血統転換

 ⬆

2段階 僕   ヤコブモーセ

 ⬆

1段階 僕の僕 ノア  

 

 

<僕の僕>

 

「神様は主人であり、アダムとエバは子女であり、天使は僕であった。堕落によって人間はどうなたのかといえば、僕が人間を主管したために、僕の僕の立場に落ちてしまったのである。そのために人間が神様の子女の立場に帰ろうとすれば、僕の僕の立場から飛び越えなければならない。・・・サタンが我々人間を僕として主管しているので、人間は堕落した天使長よりすぐれなければならない。堕落しなかった天使長の基準に立たなければ、堕落した天使長を屈服させることができない。」

(1975年1月26日)

 

「僕の僕の道に立ったとするならば・・・僕というものは自分も知らないうちに(その僕の僕を)憎くて憎くてたまりきれないんだね。仕事をやらせても『続けてやれ、死ぬまでやれ』という。・・・だから毎日を、十字架を付けられながら殺されないで・・・僕の僕としていじめられながら・・・耐えていかなければならないのが、神に帰る道である。そういうふうにしてサタンの僕が『あまりにも自分がやったことがひどい。彼に対してやらなかったことがない。・・・想像もつかないほどのことをやった』と・・・自分なりに感動するような、反省するような動機を持たなければならない。・・・そうなることによって結局・・・サタンが屈服して・・・『自分が迫害した以上のことをやってくれ』という立場に立つ」

(1981年11月13日)

 

「サタンは『・・・あなた方人間が役割を果たせず失敗したので、私まで犠牲になったのだ』と言います」

(1976年10月10日 『救援摂理の公式と伝統』)

 

「神様自体が結局は、サタン世界において僕の僕の道をたどっていったというんだね。・・・行く途中に反対した場合、新しい者をまた立たして何百回も何千回も繰り返しながらこの道をたどってきた」

(1981年11月13日)

 

<僕>

 

聖書に言う「僕」とは奴隷のことである。

たがって「僕の僕」の道を復帰摂理に即して説明すると、

サラには女奴隷のハガルがいた。

サラとは諸国民の母である。

そうであるならば、「父母の心情、僕の体」を実践しなければならなかった。

ハガルが僕であるから、ハガルの子供に仕えるのが僕の僕である。

サラはハガルに軽んじられ、イサクはイシマエルにいじめられていたが、

彼らを追い出すのではなく、真の愛で自然屈服させなければならなかった。

 

<養子>

 

「 本来神様の創造理想とは何でしょうか。真の父母の名を通して天の王国と地上王国を築くことです。真の父母の名をもってしなくては、天上天国と地上天国ができません。今日キリスト教徒に、「イエス様は神様の愛する長子であり息子であるのに、どうして天国に行かずに楽園にいるのか」と聞くと、答えることができないのです。天上天国と地上天国は、真の父母の完成と愛の基盤を通してのみ築かれるのです。霊界に行って王国を統一することが真の父母の使命であり、他の誰かの使命ではありません。」

(131-182,1984.5.1)

 

「養子にしかなれない自分です。それを考えると、堕落した人間は、庶子でもいいからなりたいと願うものです。 (祝福67 P43 祝福を受けた者たち)

 

庶子

 

選民の中で神様の息子・娘、これは庶子です。養子と同じです。」 

(ファミリー97/11 P25 私たちの理想家庭は神様の安息の家(後) 1997年 8月9日 中央修練所)

 

庶子は相続を受けることができません。韓国においても庶子が歴史的問題となってしまいました。庶子を見ても、外的にも、能力から見ても、嫡子より劣るところはないのに、庶子であるからといって軽視されるのです。

 堕落した世界においてなぜ庶子が軽視されるのでしょうか。それは歴史を知らなかったためです。韓国の伝統文化が崩れていっているのです。」

(ファミリー 1986年12月 P19)

 

<実子>

 

 宇宙の根本は父子の関係だというのです。そこで単純に考える人は、『父と子のいる関係が宇宙の根本なのだ』と思うでしょう。どうですか? 父母と息子といれば、それが宇宙の根本になるのでしょうか。父子の関係というのは、父母の関係でもなく、子女の関係でもありません。父子の関係というのは、永遠に切り離そうとしても切り離すことのできない、絶対的に一つになった関係をいうのです。それには何が必要かというと、真の愛なのです。

(祝福70号 P19~20 神のみ旨を中心とする宗教圏の統一 1988年10月14日 ソウル本部教会)

 

 

 

以下は可知講師の図解である。

王権・父母権・アダムエバ権・長子権が8段階に組み入れてありわかりやすい。

 

一、縦横の八段階

https://chofu-uc.org/?p=21331 より上図を引用

 

<母子協助> 

 

「復帰摂理を概観すれば、母子協助の基盤が重要でした。ヤコブの時、モーセの時、イエス様の時、皆そうでした。堕落の張本人であるエバの代わりに責任を果たすお母さんを立て、次子と母子協助をしながら、サタンの血統と生命を分立させるための摂理が存在してきたからです。神様は、堕落によって人類を先に占有したサタンと血縁的に直結した長子に、直接対することはおできになりません。神様は善側を代表する次子を相対として条件を立たせ、悪側を代表する長子を屈服させることで、善なる血統を復帰してこられました。」
(真の家庭と家庭盟誓 救援摂理史の原理観)

「母子協助の基盤を通じなければ、長子権は復帰されません。ですから、韓国の女性と日本の女性を連結させ、二世たちをすべて新しい伝統に導くのです。イスラエル民族がカナンを復帰したときのように、悪い伝統を伝授させてはいけません。天の伝統を新たに伝授しなければならないのです。」
(神の血統と平和世界理想王国 P153)

聖霊が来て何をするのかというと、イエス様を信じている人たちを中心として母子協助を行うのです。これが復帰原理なのです。母子協助なのです。ヤコブをリベカがコーチしたのと同じく、母がコーチするのです。母子協助によってイエス様を信じる人たちが聖霊の感動を受けて一つになるのです。そのようにして母が復帰された後には、父を復帰しなければなりません。父の骨の中に入らなければなりません。」
(み言選集55)

 

 

<長子権>


「このことについては原理を通して皆さんは学んでいますから、詳しくは言い ません。今日の重要な点は、神の祝福を受けるためには、長子権を相続しなければならないということです。ヤコブの基台は家庭的な基盤でしたから、次にアベルの氏族が家庭圏を中心としてサタン世界にいかなければなりません。長子権がサタン世界にあるので、サタンの代表国であるエジプトに入って闘うのです。数多くのエジプト人の迫害を受けるのです。イスラエルは400年間迫害を受けながら耐え忍んで、神のために出エジプトして、エジプトの国を屈服させてイスラエル民族が神の国を探すことのできる権限をもつために、荒野を経て行かなければなりませんでした。ここでは国を求めることが最高の希望でもあります。そこには息子、娘、夫、妻の飢えや死が問題でなく、すべての60万の人々が倒れたとしても、60名だけでも残って国を求めるように、皆が死に直面しながらも激励しなければならなかったのです。それなのに混乱が起きて、すべてが倒れてしまったのです。アベル圏の立場のイスラエル民族が親しくしたのは、社会からつまはじきにされた人たちでした。イスラエル民族を愛したのは、下層のエジプトの家族達です。しかし上流階級の人たちはイスラエル民族を蔑視したのです。そして、エジプトの地でイスラエル民族は次第に増えていったのです。やがてエジプトの民は、このままではイスラエル民族のためにエジプトの民がいなくなり、エジプトの地がなくなるのではないかと恐れるようになり、国王は王権が奪われ、国中が侵害されてしまうと危惧したのです。国王が、『さては長子の嗣業を奪いに来たのか』と警戒するのです。これは公式なのです。さあそこで、モーセがイエス様の仮の立場で現われ、カインがアベルを殺した歴史の、国家的基準を越えるのです。個人的犠牲を耐えなくてはならないのです。イスラエル民族は耐えること 400年間、怨讐に対して耐え続けたのです。イエス様が言われた『怨讐を愛せよ』ということはここから生まれたのです。既成教会はこれを知りません。イエス様が何をもとにして、『怨讐を愛せよ』と言われたのかを知らないのです。ヤコブも怨讐であるエサウを愛したというのです。兄弟を愛するのも、神様を愛するのも、父母を愛するのも同じことなのです。そのように、神様を愛しているから兄さんを愛することができたのです。兄さんから見れば、自分がアベルの立場ですから、ヤコブがカインであり、ヤコブはまたイエス様の立場でもあったというのです。イエス様の兄弟なのです。この兄弟が一つにならなければ必ず神様の仕事が複雑になるのです。分かりますか? 

(摂理から見たアベルの正道 P18~19  1979年12月30日 ベルベディア)

 

 

 

<父母権>

 

「 このように大変なことなので、歴史時代において苦労しながら今まで延長してきたのです。能力のある神様がなぜこのように苦労をしてきたのでしょうか。教えてあげられるものならば、もう既に教えていたことでしょう。アダムが知らなかったので、アダムが責任を取って取り戻さなければならないのです。天地を分けて探さなければならないのです。そのために、どれほど涙を流したことでしょう。涙を流して追い出されたので、復帰路程でどれほど涙を流したかというのです。そのような点で、文総裁は涙をたくさん流した大王です。
 歴史を代表して真理の道を探し求めて涙を流し、血肉を裂きながら受難の路程に打ち勝ってきた代表だということを知らなければなりません。そのような驚くべき父母に仕えているという 事実を知らなければなりません。これが最後の峠です。
 それゆえ父母権復帰基準とともに、次子権を一つつくらなければならないのではないでしょうか。先生は先生を中心として長子権、父母権を立てまし た。王権まですべて備えたので、一つとなれば、お母さんと次子の間に母子協助基盤さえ成せば終わりです」(221-241,1991.11.3)

 

「これは一遍に生まれて来るのではない。それは段階を経てである。その段階というのは、僕の僕の基準から、僕の基準を通して、実子の基準を通過して、その実子の勝利の基台の上に、いわゆる真の父母が地上に立つことができるのであって、実子の勝利圏を果たし得ない場合には、その真の父母として、父として立つ立場がない。そのメシヤが成す使命というものは、もちろん世界を救い、国家を救うのが使命であるけれども、それを救う前に民族がなければならない。その前に家庭がなければならない。家庭を求める前に、いわゆる『完成された一人の男』がなければならない」

(1972年4月30日)

 

<父子協助>

 

 「最後にはオモニが問題となります。オモニが堕落したので外れるのです。そして父子時代に入るのです。息子がオモニを呼び止めることができ、アボジもオモニを呼び止めることができるのです。」

(み言選集 318巻172ページ 2000.03.06 <父子協助復帰時代>)

 

「お父様を中心として連結される時は母親ではありません。
 血統が連結されアダムの継承を受けますが、地上世界を踏み越え永遠なる父、世界、父子時代に移るのです。父子時代はここで繰り広げられるのです。<中略>ですから母子時代は蕩減時代であり父子時代は栄光の時代であるというのです。その為、新千年を中心として、傘寿に向けた解放時代に移るのです。超えられたので7年以内に全てのことを整備しなければならないというのです。」
(み言選集314巻 P229 2000年1月14日)

 

 

<王権>

 

「神様は天上の王であり、アダムは地上の王であり、アダムの息子は天上と地上の王として育つのです。ある人に、『あなたの家庭はどのような家庭になることを願いますか』と尋ねれば、『私のおじいさんも王になり、私の父も王になり、私も王になることを望みます。それが人間の最高の欲望です』と答えるのです。

 皆さんは、三大王権の息子、娘だということを知らずに生きています。三大王子になるためには、おじいさんを天国の王のように侍り、自分の息子、娘を王子のように侍ることができなければなりません。そのような家庭の出発こそ、神様の理想を中心としたアダム家庭の出発だったのです。そこにはアダムの国があり、アダムの世界、アダムの天地がすべて内包されているのです。」

(横書き天聖経 P2263 280−168.1996.11.24)

 

<皇族権>

 

「神様が完成した成約時代と真の父母時代を発表する時は、五十億人類の世界万民をすべて皇族として扱うのです。皇族圏として認めます。しかし、皇族圏の資格は認めません。皇族圏に入ってくることは許可するのですが、皇族になるためには蕩減復帰原則によって、個人からこの世界まで、誰よりもアベルを愛したという歴史がなければなりません」

(『天聖経』「真の家庭と家庭盟誓」から、2586ページ)

 

「これは長子権復帰、父母権復帰です。神様の介入する王権、神様を引き入れないと王権は戻って来ません。その王権を中心として皇族圏を持つのです。王権は一つの家庭を中心として、周辺の千万の家庭がみんな相対圏になって皇族圏です。これが一つなって天国に入ります。公式です。これは我々の宿命的責任です。」 

(祝福79号 P35  救援摂理史の主流責任 1993年 6月4日 アラスカ)

 

「それゆえ、歴史を通して、今まで数多くの宗教家や数多くの聖賢、賢哲たちが現れましたが、そのすべてが真の愛とは何の縁もありません。このようなすべてのものを解決するために、イエス様がこの地に来て、新郎新婦の基盤を築いたのです。メシヤが来てすべきことは、新しい家庭と新しい氏族と新しい国家と新しい世界をつくり、新しい皇族を設定することです。

 皇族圏の先祖は誰でしょうか。堕落しない、神様の直系の子女として、真の愛を中心として、真の生命と真の血統の基盤を中心とした人です。そのお方が種です。その種から根が出てくれば、中心の根になるだろうし、そこからの中心の幹、中心の芽として大きくなっていくのです。これが縦的に大きくなるにつれ、それに対応して横的に世界に拡大していく立場として、家庭と氏族が連結され、民族、国家、世界が連結されるのです。」 

(祝福83号 11p~13p 完全な家庭理想 1994年 10月4日 漢南洞公館)

 

「一つの目的は何かというと長子権復帰であり、二つ目は何かというと、父母権復帰です。分かりましたか? 父母権復帰です。三つ目は何かというと王権復帰です。四つ目は何かというと、皇族圏復帰です。皇族というのは、レアを中心とした女と子供とラケルを中心とした女と子供の、両方の愛の敵対関係が残っているのだから、皇族というのはイエス様の直系の子供ではないのです。堕落した正妻の圏で、神に反対してきたカイン的な者たちは復帰されて、妾が神のほうの正妻になるのです。神の正妻になって、妾の立場で、それを慕っていくことによって蕩減復帰になるのです。反対にして帰っていくのです。分かりましたか?(はい)」 

(蕩減復帰の峠を越えましょう (摂理的総決算) P131 1993・12・20 済州島

 

「長子権、父母権、王権、皇族権は、指折りの計算で適当に出てきたのではありません。それは、避けることのできない復帰の公式路程です。れんが塀を積み上げて家をつくるのと同じように、一段でも積み過ぎて合わない時には全部合わないのです。その建物は不合格です。神様の救援摂理も公式摂理をしているために、サタンと反対の公式路程を通して収拾してきたのです。これが救援摂理路程です。

(祝福 82号 P18 成約時代安着と家庭完成時代 1994年5月22日 ソウル本部教会)

 

<所有権>

 

「なぜ夫婦は愛を中心として、神様の愛と一つにならなければならないかというと、そこにおいて相続権が与えられるからです。それが宇宙相続です。そこにおいては、すべてのものが神様の愛を中心として、神様と人間が上になったり、下になったりして、どこに行っても喜びが生じるのです。宇宙すべてのものが神様のものであると同時に、私のものとなるからです。そのような相続権決定の基準が立つと、所有権が成立するのです。」 (ファミリー89/9 17p~19p なぜ原理というのか)

 

「結婚する前は、神様が主人の振る舞いをします。所有の主人です。宇宙の主人であり、その主人の相続者がアダムとエバでした。ですから結婚する前は、その所有権が神様のものですが、真の愛の関係によって神様と一体理想を成せば、神様の所有が私の所有になるのです。結婚する前日までは、宇宙の所有権は神様にあるのですが、その所有権が私のものにならなければならないのです。私が二番目の所有の主人にならなければならないということです。

(環太平洋摂理と巨文道 P96、御言選集284 P103 1997.4.16)

 

「本来、神様は、エデンの園にアダムとエバを創造されたのち、彼らをご自身の祝福のもとで結婚させ、天の所有権までも完全に伝授してあげようとされたのです。宇宙の万象の所有権を、アダムとエバに相続してあげようとされたという意味です。」 

(平和訓経 P17 平和メッセージ1 神様の理想家庭と平和理想世界王国Ⅰ

 

 

<四大心情圏と三大王権(三代王権)>

 

「その次は何ですか。(三大王権です。) 三大王権とは何ですか。霊界と肉界、未来がありません。一代が神様であり、二代がアダム・エバですが、三代をもてませんでした。四位基台を築けなかったのです。それゆえ、中心がありません。軸がなくなりました。中心がなく四方へと回っていくのです。未来(子孫)が自分勝手に、ばらばらになるのです。垂直線がないのです。それが堕落です。三代を継続させられなかったことが堕落です。あなたたちはそれを知らなければなりません。三代の継続です。」 

(祝福家庭 7 P20 家庭盟誓について 第33、55の記事でも提示)

 

<四代>

 

「三代まで、孫までいればどれほど……。それが家庭です。三代が一緒に暮らし、四代が連結されて家庭を成すようになるとき、それが幸福な家庭なのです。それでは、自分の家におじいさんとおばあさんがいなければならないでしょうか、父と母がいなければならないでしょうか、自分達夫婦がいなければならないでしょうか、息子、娘がいなければならないでしょうか? すべての必要でしょう?(「はい」) それが世の中において、上下関係、左右関係、前後関係、すべてが必要なのです。三段階です。このようなことを中心として、四番目というものは何かというと実であり、そこから新しい出発です。孫、三代以降から枝が出始めるので、種の中にこの三つが、上下、前後、左右が連結された家庭的土台の中で実を結ばれたものが……。これがすべてを表しているのです。」

(ファミリー00/11 P29 第13回「世界統一国開天日」記念礼拝 2000年10月3日 中央修練院)

 

「「神様の創造理想の中心は、神様の愛であり、神様の生命なのです。その次に、神様の血統があったのです。神様一人だけではないので、一代、二代、三代、四代と、連結させながら拡大させるために血統が必要なのです。」

(ファミリー90/8 P9 父母の日と私 1990年3月27日 ベルベディア)

 

人間が幸福であろうとすれば、四代が必要になります。おじいさん、おばあさんは、なぜ必要なのかというと。お父さん、お母さんを中心にして見た場合に、その父母に当たるので、父母が愛するように、私もおじいさん、おばあさんを愛さなければならないのです。分かりましたか?」 

(ファミリー92/1 理想家庭へ向かう健全結婚キャンペーンにおけるメッセージ 1991年10月26日 忠清北道教区本部)



「曾祖父、これが四代です。これが何代ですか?(曾祖父なら四代です)。8親等までになります。四代が一家庭です。この家庭から四方に広がっていくのです。曾祖父まではレベルは四ですが、三段階です。この四代が家庭に連結されるのです。三つが中心になって、四代型を中心として、横的に栄えていくのです。東西南北に広がっていくことができるのです。ですから、この四代型が一つの種です。私たちが氏族的メシヤだというのは、四代型から広がっていくものをいうのです。これが結婚した相対を中心としていえば、百六十家庭以上にいくらでも拡張されるのです。ですから、血統転換をしなければならず、所有権転換、心情圏転換をしなければならないのです。これが一つのパターンです。」 

(ファミリー96/7 P21~22 本然の世界に向かう大転換時代 1996年5月1日 ベルベディア)

 

「先生を中心として見れば、先生の歴史があります。先生の先祖の長い歴史がありますが、特に先生から上の四代を中心として見て、曽祖父までの歴史なのです。曽祖父までが四代でしょう。(「はい」)。曽祖父の時代から先生の四代の期間をずっと見ることにしましょう。 私達の曽祖父は、現在の上思里(注・平安北道定州、先生の誕生の地)へ新しく移って来ました。引き移って来る時は、夫婦二人で故郷を離れて来て、本当に困難な環境でしたが、天が祝福してくださって、曽祖父の当代に成功して基盤を立てました。その方には三人の息子がいました。三人の息子の中で、私のおじいさんが長子であり、その次が文社長のおじいさん、次が坡州(京畿道)にいるおじいさんであります。ところで、その三人の息子の中で、次男が外地に行って客死したということです。次男が犠牲になりました。それに、先生のお父さんになる方が、一番目のおじいさんの長男として生まれ、二番目のおじいさんと、坡州にいる三番目のおじいさんの息子の中で、次男は全部客死したということです。(いとこの)龍善のお父さんも、家を離れて客死し、昇均(文社長)のおじいさんの次男は病気で亡くなりました。また、三番目のおじいさんの次男も、客死の道を行ってしまったということです。 その次には三代目ですが。段階で見れば、私達が三段階であり、私達の時代になって、私が二番目です。文社長が二番目であり、龍基も二番目の息子です。全部二番目です。この時代に来てからは、二番目の息子達は被害を受けないのです。 私達の家門には、勉強をするために外地へ行けば死ぬという噂がありました。私達の家門でこのような噂が広がったのは、次男達は外地へ行って、頭が良くて勉強はよく出来たけれど、皆客死したからです。それ故に、子女達に勉強をさせなかったのです。先生の代になっても、父母やおじいさんは子女達を学校へ送らなかったのです。しかし、漢文を教えていた私塾に通いながら、物心がついて、勉強のことが分かるようになると同時に、自ら進んで学校に通ったのです。

 このように見る時に、先生の代になっても、二番目の息子達が問題になるのです。二番目の息子である先生を中心として、サタンが総攻撃していた時代があったのです。私の背後には、皆さんが理解できない、そのような事件がかなり多かったのです。その時代を見ると、先生が生まれる三年前から凶年が続いたのです。その期間は、日本の統治下四十年の受難時代、韓国が国を失ってしまった環境の中で、受難を受けた時でありました。そのような環境の中で生まれて、私達の家庭においては、四代を中心として二番目の息子が被害を受ける事件が起こりました。先生の代になってからは、打たれたことはあまりなかったのですが、先生を中心として、またそのような事件が反復されたのです。それ故、私達の喜進君も次男として客死したのです。また、興進君も次男として客死したのです。また、恵進を見ると、やはり次女として亡くなりました。いつも二番目が問題になるのです。 」

( 祝福56号 「愛勝日の意義」 1988年1月2日 漢南洞公館 )

  

統一教会の家庭は、四大心情圏と三大王権を復帰するのです。

 自分の祖父は天の特権大使です。もしも、アダム家庭が堕落しなかった場合には、おじいさんには神様と同じように侍ればよいのです。歴史を経て霊界に行って先祖達の一番最後の者として残された主人がおじいさんなのです。ですから神様の代わりです。そして、お父さんは、この世界の地上の家庭の王様です。君達の父母はみんな50億の人類家庭の現代の王様です。過去の王様がおじいさん、現代の王様がお父さん、そして未来の王様となるのが、霊界の天国と地上の天国の両国を合わせた二つの国を相続し得る王子王女であり、アダムの子供であるべきだったのです。これが三大王権です。」

(ファミリー93/9 32p~33p 日本人特別修練会における御言 1993年 4月16日 ベルベディア)



「そのための完成したアダム家庭の公式的な教育指針は何かというと、四大心情圏と三大王権、皇族圏を探し立てなければならないということです。」

(ファミリー93年7月 P32 成約時代と私 1993年2月14日 ベルベディア)

 

天一国はフラットな心情組織> 

 

「今まではピラミッド式の組織でしたが、今からは違います。反対に引っくり返すのです。ですから、本部がありません。地方にも県がありません。郡がありません。先生を中心として本部は全家庭なのです。

 堕落する以前もそうです。父母だけしかいないのです。祝福家庭は、全部ご父母様を中心として、神様を中心として特命を受けて、その命令の一元化実体圏を整えて、天の前に奉献しなければならない責任を、地上に生きる血族たちは全うしなければなりません。これが天国に行くことのできる準備なのです。 

(ファミリー1991年3月 P68)

 

 

 「周囲に散財する数多くの人々が父母に侍って孝行している生活環境において、父母の前に孝行するということは難しくありません。しかし、多くの人が、みな父母を排斥し、自らの行かなければならない道を避けようとする時に、たった一つしかない自分の生命を捧げることがあったとしても、行かなければならないその道において父母のために生きようとする立場に立つならば、それこそ、環境を超越した立場で孝行の道理を果たした、ということになるのです。それゆえに、そのような人は孝子として立てざるを得ないという事実を、私たちはよく知っています。」

(横書き天聖経 P2013 42−182.1971.3.7)

 

  

 <天地開闢

 

「真の父母の血族を中心としてカインとアベルです。カインとアベルが戦って兄が弟を殺しましたが、弟が兄を助けて、追い出した神様と真の父母と真の師を訪ねて行くのです。本然の基準において孫が祖父を助け、息子がアボジを助け、弟が兄を助けて、逆になって、これから天地開闢、解放釈放の時代が連結されることにより、一つの国と一つの祖国ができます。」 

(み言選集 609巻246ページ <韓国が神様の祖国> 2009.3.12 天正宮)

  

 

  神の最終目的は、一人の完成されたアダムの創造でありますが、そのためには、エバを見出されずしては、アダムは生まれ出てきませんし、エバを通してのみ、アダムも完成することができるのです。言い換えればアダムは、神によって送られた中心人物でありますが、アダム一人だけでは全責任分担を全うすることはできません。エデンの園における人間堕落の動機については、全面的にエバに責任があるのですから、復帰においても、堕落の蕩減をするエバが現れて、その責任を果たさなければ、アダムの完成の道がないというわけです。

 しかしまた、そのエバもまた、アダムなしには完成する道がなく、エバが完成するためには、まずアダムを生み出し、そのアダムから創造されなければなりません。結局、まずアダムが、この地上に生れ出てこなければならないことになりますが、そのことに対しては、直接責任があるのは神でもイエス様でもなくて、その責任はエバにあるのです。エデンの園でも、エバがアダムを破壊させたのですから、アダムを育て、生み直す責任はエバにあるというわけです。」 

(創立以前の内的教会史 P579)

 

2017年9月23日祝勝会 ; 康賢実チャムオモニムの御言葉youtube(日本語字幕)

 

 

2017年9月23日祝勝会
■康賢実 チャムオモニムのみ言葉(日本語字幕 8分半)



康(カンヒョンシル)真のお母様の完成級聖婚後の祝勝会、最後のマルスム◆日本語訳 2017年9月23日(PA時間)

 

 <天地開闢

 

 「 妾みたいな者が正妻になるし、正妻のようであった者が妾になるのです。そういうことが天地開闢というのです。分かりましたか? 

 こういうことをはっきり分かって、日本に帰ってどこでも堂々と言うのです。

 そうすることによって、自分を探して、一家族、一国を探して国に帰ることができます。自分一人だけではないのです。真の自分だけではありません。

 真の家庭、真の氏族、真の国を生かしてあげなければならない、日本民族としての使命があるというのです。こういうような内容をまとめて告げてあげるのです。最後だからこんなことを言うのです、分かりましたか? (はい)。」

1993年12月19日 16万人訪韓女性修練会  「真の自分のを探しましょう」

 

その結果、神様から人類の真の父母として御印を受けた。
​本体のみ言葉の実体になられ昼の神様となられた。
​夜の神様と一体となり、天地人真の父母となられた。
天地人真の父母が、今日私たちと同時代圏に生きながら
私たちと同じ空気を呼吸しておられる。
​この奇跡中の奇跡を事実として受け入れるなら、
私たちは寝ても覚めても感激の中で感謝を捧げなければならないだろう。」
(2005年9月12日)

  

 

 

 

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「あなた達は誰がアダムであるか知っているのか? 

あなた達、このスピーチのタイトル

天地人真の父母定着実体御言宣布天宙大会)の

意味もわからずにこの場に来ては去っていく者達よ。」

(2012年1月4日 天正宮、安侍日の訓読会) 

 

 

 

 


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