原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

真のお父様御生誕100周年記念、お父様の生涯路程の価値とイエス様の価値 5,先生の血統が違う。イエスの血統とは違う。

 5、先生の血統が違う。イエスの血統とは違う。

 

「死んで霊界に行ったらね。先生の生涯を知れるよ。詳しく説明してやれば、君たちの蕩減条件が大きくなる。聖書がイエス様の生涯を記録しなかった。なぜかというと蕩減条件になる。だから先生の生涯は話せない。それでも聞きたい?それでは全世界の人々の蕩減基準に責任を持つか。自信ないのにそんな、でかいこと言うんだからね・・・。人間としての体力で耐えられる苦労は、今のいかなる人にも、比べ物にならない苦労をした」

(1965年10月7日)

 

原理はイエス様までを説明しているため、イエス様以降、先生に関することを皆さんは知りません。それゆえ皆さんは、これから本当に勉強すべきことが残っているのです。」

(1971年1月10日)

 

「皆さんが分かる原理を教える程度の先生だと思いますか。皆さんが分かる原理は、イエス様までの原理です。先生の時の原理ではありません。」
祝福家庭と理想天国Ⅰ P802 

「祝福の意義と価値」第四節 祝福を受けるための蕩減条件

 

最初から、聖書という冠をかぶり、聖書を標本としていたなら、このような道を開拓できなかったでしょう。妥当な理論を中心として、私たちの心情世界に関係する内容を中心として、最高の深い谷になることのできるものが何かということを探り出して見る時、そのとどまることのできる錨の中の最高の錨になるのが、まさに心情なのです。」

(1989年2月12日)

 

先生の血統が違う。イエスの血統とは違う。16歳まで自然の血統として出てきた。イスラエル民族の骨髄内容の伝統を支持することができるような血統に生れついた。家門を見ると、驚くべき家門である

文鮮明先生御言選集557巻 P46)

 

 お父様とイエス様とでは、厳密には生まれた時からの蕩減復帰の条件が違う。

血統転換の講義ではあまり触れないかもしれないが、イエス様とお父様が生まれるために成されてきた血統転換は同じであるという前提あるいは推定によって話されていると思う。しかし私は言う。お父様の血統とイエス様の血統は明らかに違う。

 お父様は、イエス様が誕生された蕩減復帰以上の条件を神が立てて誕生されたお方である。

これはお父様を誕生させた人々の実績となる。

何故、神はそうなさったのか?

神は愚かではないからだ。再び失敗することがないように、イエス様の時以上の準備をされてお父様を誕生させたのである。

そうでなければ、イエス様のときのように再臨主も失敗する可能性があるからである。

したがって神様はお父様に酷いほどの蕩減を与えて愛されてこられた。

 

「神は先生を愛したと思いますか?先生に対して最も冷遇したのが神なのです。」

(1986年9月21日)

 

完成された独生子が先にあってこそ、完成を成すべき独生女を探し始める事ができる。

マリアとは、母の体ではなく僕の体を借りたに過ぎず、ほんとうの意味ではイエス様の母ではなかった。

マリアでさえもキリストの前に誇ることができないのだ。

 

「男を造った後に女を造った。それは原理である。だから、神の立場に立って完成された男が生まれない以上は、完成を成すべき女を捜す道は絶対にうまれてきません。」

(1972年4月30日)

 

金栄雲先生は霊界でお父様に質問したという。

彼女が書いた神学書は「統一神学」と命名された。

だが、血統転換も書かずに何が統一神学だというのだろうか?

偽物の神学者がひとり増えたに過ぎなかった。

 

「文氏の血統がメシアの血統ですか。それとも韓氏の血統がメシアの血統ですか。この問題に対するお父様の考えはどうでしょうか。私は実際このことをお父様に霊界でお尋ねしました。お父様は何と言われたと思いますか。かれは、韓国語で「サタンよ引き下がれ。」と言われました。
 
私はこのことを聞くべきではありませんでした。しかし、私は学者です。ですから私は聞きました。これが学者のすることです。学者たちは愚かな質問さえするのです。」

(自動書記による金永雲先生)

http://h2fanclub.blogspot.jp/2016/05/dr.html

 

 

 

何故お父様に愛された者ほどお父様を知らないのだろう?

 

 

(1)イエス様の時とは違い国家的蕩減条件の成立の中でお父様は生まれた

 

A、神は失われた真のエバ探し求め国家的祭壇の供え物として受けられた。

柳寛順のことである。

 

柳寛順を知っていますか?彼女は、16歳の身の上で体を6つに切断されながら、万歳を叫ぶことをためらわなかったのです。・・・受難の道を行きながら、一つの貞操と伝統を奪われず、千辛万苦して勝利した標石を残していったので、その期間に先生は胎内に宿って、この地に現れてくるのです。

(1997年8月9日)

 

柳寛順はエバの代表です。神様の御旨を去らせてしまった、崩壊させてしまったエバではなく、韓国の地に真のエバとして立ったのが16歳の柳寛順です。彼女は生きた聖なる捧げ物となったのです。日本に完全に占領された中で独立運動をしたのです。その条件によって先生が生まれたのです。

(1993年4月16日)

 

16歳で殉国した柳寛順烈士は、堕落しないエバと同じ立場にありました。・・・その柳寛順烈士の体を、サタンが6片に分けてしまいました。6数はサタン数です。柳寛順烈士は、国家に忠誠を尽くしながら、一身を犠牲にしながらも解放運動をしたのです。独立運動が最盛期だった1919年に、先生は母の腹中にいました。独立しない地で、そのまま生まれることはできなかったので、先生の生命を中心として、そのような戦いがあったのです。その時から10カ月後の1920年に、先生が生まれたのです。堕落したエバの罪を蕩減するために、天の側の心情圏をもって、この地上のすべての女性を代表して、韓国の地を守りながら死んでいった人が柳寛順です。

(1992年4月9日)

 

B、お父様の血統に見る国家的蕩減条件を捧げた文潤国先生

 

愛国者・・・として生きた私の大叔父さん(文潤国先生)がいました。その人は立派な牧師であり、崔南善の友人でした。李承晩博士が独立宣言書の起草をする時、大叔父さんも参与したといいます。大叔父さんは神学を勉強したので文筆を大変得意としました。しかし、愛国運動のために全財産を売り払ってしまい、牧師としてもやっていけず、官憲に追われて一生を逃げ回った人です。また独立軍のための資金が必要な時、兄の家までもみな売り払ってしまった人です。上海臨時政府の軍資金として、当時のお金で7万円を送りました。これは当時としては大変な額です。また、おびただしい米やラジオなどを買って、ソウルを中心にして独立運動の組織も造りました。ある時はまさにギャンブルのように鉱山を買い、独立運動をして、兄の財産すべてを売りつくして夜間に逃避しました。その時代は他に方法がなかったのです。私の母はそのような大叔父さんを見て、先祖の財産すべてを売り尽くしてしまったと思ったのです。

 

先生が幼い頃見たその大叔父さんの姿は、とても背が高くて美男子でした。李承晩博士の友人であり、李博士がゾンソン警察署からヘリコプターを二度も三度も送って『李承晩を助けてくれるように』と頼んできたそうです。・・・先生はそういう愛国者の家の出身なのです。

(1989年6月18日)

 

C、再臨主を迎えるべき国民の国家的蕩減条件

 

「兄弟たちは私のためにたくさん犠牲になりました。私の家門が犠牲になり、その村が犠牲になりました。韓国はその時凶作でした。7年の凶作が続くそのような環境は、国家的運勢を蕩減して、一人の人が生まれるためのものだったのです。
(1986年1月3日)

 

D、家庭及び氏族的蕩減条件

 

「神が文先生を愛していたようですが、生まれる時に、なぜそれほどまでに歴史的に追い込んで、最たる艱難、谷間に立たせたのでしょうか。また先生が生まれる時には、先生の一族が、いとこ、七親等もでが蕩減を受けるのです。・・・事が始まると一回しながら、良きものをすべて打って越えていくのです。それで、私の一族においては、先生一人のために目茶目茶になったのです。

(1986年2月16日)

 

「私たち(文一族)の家庭においては、四代を中心として二番目の息子が迫害を受ける事件が起こりました。」

(1988年1月2日)

 

「私たちの曽祖父(文善玉氏)は、現在上思里(真のお父様の誕生の地)へ新しく移ってきました。移ってくる時には、夫婦二人で故郷を離れてきて、本当に困難な環境でしたが、天が祝福してくださって、曽祖父の代に成功して基盤を立てました。その方には三人の息子がいました。・・・私のおじいさん(致国氏)が長子であり、その次が文社長のおじいさん(信国氏)、次が坡州(京畿道)にいたおじいさん(潤国先生)です。ところで、その三人の息子の中で、次男(信国氏)が外地に行って客死したということです。・・・それに・・・二番目のおじいさん(信国氏)と、坡州にいた三番目のおじいさん(潤国氏)の息子の中で、次男は全部客死したということです。龍善のお父さん(致国氏の次男の慶福氏)」も家を出て客死し、昇均のおじいさん(信国氏)の次男(慶勲氏)は病気でなくなりました。また三番目のおじいさん(潤国先生)の次男(慶浩氏)も客死の道を行ってしまったということです。」

(1988年1月2日)

 

 

E、文家の家風

 

お父様は幼いときから家に訪れた大人たちの話を聞くことが好きであった。その中には愛国者たちも多くいた。

 

「当時は、独立団という団体の人々がたくさん先生の家を往来しながら、国家独立を唱えてきたのです。」

(1995年1月19日)

 

「先生が・・・生まれ育った当時、私の家では、日本人に追われて満州に移民して行く人々をいつも助けてあげました。・・・往来する多くの人々をお世話することで私の家はいつもいっぱいでした。母は接待するのに大変でした。朝早くから御飯を炊いていました。そのようにしてもお金を受け取らず、すべて奉仕したのです。これが我が家の家訓なのです。」

(1989年6月18日)

 

「ですから先生の家には別楝があって、そこにはいつも10人、20人のお客さんが泊まっていたのです。そしてその人が帰る時には『この家が栄えますように』と皆涙して帰るのです。あまりにも自分の生涯で忘れられない待遇をされたので、自分の住所をちゃんと記入して、『私は今、乞食のような生活をしているが、いつか時が来た場合には、あなたに驚くほどの幸福を与えるでしょう』という手紙を残していった人もいるのです。」

(1995年1月19日)

 

「そういう家系だったからこそ、先生のような人が生まれたのです。」

(1982年6月27日)

 

 

(2)イエス様は霊的堕落の蕩減復帰で生まれたか独生子だが、お父様はさらに肉的堕落の蕩減復帰も勝利された独生子

 

0歳の時からお父様の血統は神様の血統を汚されてはいない

 

皆さんは『文総裁も堕落の血を受けている』と言ってはならない。アダムとエバが、エバが堕落したとしても、神様の血統が汚されていないものを引き抜いて堕落させることができない。先生は幼い頃からこの全てを皆知っていた
文鮮明先生御言葉選612巻 P309〜310)

 

幼い頃から全てを知るきっかけになった事があった。

 

 

「私の母は,双子の弟と妹を生んだ。そのような歴史があったのだ。

 私は、母に尋ねた。「あなたの兄弟は結婚したのに、どうして、あなたのおじい様達は結婚しなかったのですか?誰のためにですか?」

 お母さんは「それはわからないね」と言って,目を閉じて向こうを向いてしまいました。それで,それはお母さんのためだったのだという事がわかりました。

 もう少しはっきりさせましょう。

 わたしはお母さんに”お母さんは間違った事をしたね”と34回言いました。するとおかあさんは私の方に向き直って,私におおいかぶさるようにして言いました。

 ”私は間違いを犯したんだよ。わたしには秘密がある。”わたしは更にその事について尋ねました。

 お母さんは”何のためにそれが知りたいのだい?何が出来たというのだい?時がたてば分かるようになる。わたしは最後までこの事に対しての責任はとるつもりだからね”

 私は,この女とはもう一緒にいれない、彼女を追い出してしまわなければならないとおもったのです。」

2011年9月22日

 

『わたしが幼いとき、「お母さん、悔い改めなければなりません。」と言いました。すると母が、「こいつ、何も知らない小さな子が、お母さんをつかまえてどうのこうの……。」と言いますが、そのような話をしてはいけないのです。
 母がいくら言っても、「わたしが知っている母は、そうではありません。」と言うのです。わたしを叩こうとすれば、「叩いてみなさい。」と言いました。
 びくともせずに、気絶するまで叩かれました。逃げません。そのような人です。そうしてそこで気絶しました。母も大変な女性です。
 母の実家は有名な両班の家なのです。そこに行けば、大臣だったかたたちを祠堂に祭ってあり、そこに入っていって、その服を着て遊ぶのが、いちばん楽しいのです。母方のおじに、褒められるよりも、たくさん叱られました。』
(第三十九回「真の神の日」記念礼拝のみ言葉 2006年1月1日 韓国・天宙清平修錬苑)

 

「私は、たくさんたたかれました。細い木の枝でたたこうとするので、私がこん棒を持ってきて、『これでたたいて良い人にしてください』と言ったのです。私は、母の性格に似ました。火のような性格です。それで、母が、『こいつ。お前が一言間違っていましたと言えばすべて終わるのに、それが言えないのか』と言うのです。そのような人です。ですから、たたかれて気絶し、村中に死んだとうわさが立ったこともありました。」
(第六回「安侍日」のみ言葉 2004年6月14日 麗水・清海ガーデン)

 

 

 A、16歳以前、十六歳、十七歳以降とは何か?

 

 <16歳> 

 

人類始祖アダムとエバの堕落は16歳であった。

先に引用したクリスチャンの柳寛順も16歳で殉国した。

当時はクリスチャンであれば愛国者であった。

エバが神を捨てて堕落して死んだ年齢で柳寛順は死んでいった。

蕩減復帰である。

 

堕落はエバから始まった。何歳の時か。16歳。未成年。天が信頼すべき父母の基準を女性が犯した。だから復帰の原則によって、真の母になるべきそのお方は20歳を越えてはいけない。そういう原則なんだよ。そして、先生の聖婚式は40歳を越えてはいけない。そういう理由で先生は若いお母様を迎えて、娘のように愛した。それで最初の7年間は何をする期間なんだね。天的な家柄や家法による教育、そうなっている。だから先生は、夜が明けた時にはそういうことはしないのだけれど、寝る時にはずっとそのことをお祈りする。お母様には分からないけれどね。そのようにして堕落の結果失われた、娘とその相対基準と神の前に真なる父母の基準、この3つを家庭において復帰する。これは堕落した人間としては、誰もが行くべき道なのである。」
(1969年2月4日 東京教会 「理想相対」)

 

エス様はアダムとエバが堕落した長成期完成級の16数を堕落なく越えて、17歳で結婚しなければならならなかった。

 

「堕落は16歳で行われたので、イエス様は新しい年を迎えて、17歳で結婚についてマリヤに話したのです。 17歳の時に結婚で行くべき道を説明し、10年後の27歳で説明したのです。また、3年後に(30歳でも)3回説明してだめなので、涙を浮かべてエス様は出家をしたのです。

だれがイエス様の相対にならなければならないのでしょうか? それが洗礼ヨハネの妹です。サタンが汚した血統は完全に切ってしまうのです。完全になくなるのです。」

ファミリー1997年3月号「第14回愛勝日の御言」1997年1月2日サンパウロ

 

 

  <16歳以前とは何か?>  

 

16歳までは堕落しなかったのでそれまでの霊人体も肉身も神の直接主管ではないにせよ、神の主管下にありサタンの主管下にはなかった。

これを引き継ぐということである。

したがって、イエス様もお父様も霊的堕落の蕩減復帰が成されて霊人体が復帰されれば、肉身も堕落とは関係がない。霊肉ともに堕落とは関係がなくなる。

 

「あなた達が、何、先生が原罪があるのか、ないのかと言うことができません。神様が原罪のある先生を使うと思うの? 16歳までアダムとエバの血統が間違っていません。なぜ、16歳を重要視するのですか? 16歳までは堕落しませんでした。その継代を引き継ぐのです。それ以前まで掘り下げて先生が原罪があるのか、ないのかということを自分たちが決定できますか? 意味のないことをしています。私がそのようなことを考えず、ここで教主の役割を行い、血統を正すと言えますか? 私は幼い時から、天が教えてくれました。血統が正常的なのか、そうでないのか、聞かなかったと思う?」

(2012年ご聖誕日記念出版マルスム選集608-276、正式版マルスム選集608-262)

 

16歳までは堕落しなかった。

 

 

「全て皆、関係だ。関係はそのまま結ばれない。因縁がなければならない。因縁の因の字を見ると、四角(□)の中に閉じこめられた大の字ではないか。神様が原罪のある先生を使うだろうか。16歳まではアダムとエバの血統と違わない。何故16歳を重要視するのかというと、16歳までは堕落しなかったからだ。その継代を引き継ぐのである。その前まで掘り下げていって先生に原罪があるかないかということを自分たちが決定できるのか。無駄なことをしている。私がそういうことを考えずにここで教祖稼業をしながら血統を正そうとしているというのか。私は幼い頃から天が教えてくれた。血統が正常か否かを尋ねてみなかっただろうか。私が尋ねてみると、天は口にも出すなということだった。天が責任を負うというそのことを夢にも考えずにいるのに、自分たちがそれを知って裁判長の役をしようという輩たちが皆いる。盗賊のような奴らだ。先生の言葉を聞いて損害を被ったことが何かあるのか。その根っこを中心として、その名前に乗って今どうなっているのか。その名前を尊重する立場で自分たちが出世もしたのではないか。そのとおりなのか、違うのか。(そのとおりです。)区切りをつけながら話してみよう」

文鮮明先生御言葉選608巻 P276〜277)

 

 

<17歳> 

 

『天而知之』天によってこれを知る)とは、母マリアとの結婚で完全に血統転換されたということである。

主の路程の講義では、先に一人で完成期を全うしたお父様が、お母様のために長成期の完成級まで降りてこられて、一緒に完成期を通過されたというものであった。

それなら、いつお父様はどのようにして完成したというのだろうか?

 

「16歳以前、堕落する前の本性の基準がある。血統がそうなので、先生も16歳に天の選びを受けた。血統が違う。イエスの血統と先生の血統は違わなければならない。エスが残したものが何処にあるのか。イスラエルの国に残っている血統、根源があるか。先生は『学而知之』(学んで之を知る)でも『生而知之』(生まれながらにして之を知る)でもなく、『天而知之』(天によって之を知る)である

文鮮明先生御言選集541巻 P199)

 

16歳で堕落したのだから、アダムはその死亡線を越えて、つまり長成期の完成級を越えた17歳で結婚しなければならなかった。

 

「一つ皆さんが知るべきことは、皆さんが祝福を受ける位置は、完成した位置ではないということです。父母が歩んでいった十字架の橋があるならば、その橋をそのまま歩んで行かなければなりません。飛んでいくことはできないのです。
山の頂上に登るには橋を渡らなければならないというとき、危険から逃れるためにその橋を鉄筋で完備することができるかもしれませんが、橋の上を行くことは、どうすることもできないというのです。それゆえ、先生が歩んでいった七年路程は、永遠に残されるのです。個人的七年路程と家庭的七年路程があるのです。

この道は永遠に残されるのです。人間は長成期完成級で堕落したために、そのまま完成段階に上がることはできません。私たち人間が長成期完成級で堕落したために、堕落したその線以上に上がっていってこそ、初めて原罪を脱ぐことができるようになっているというのです。長成期完成級で脱ぐのではありません。そうではありませんか。」

祝福家庭と理想天国Ⅰ 完成のための公式路程 P953

 

 

「原理からすれば、一人の男が二人の女とつきあうことはできないから、妾の旦那さんを、アダムを、接ぎ木して、ハンダ付けしてつくってあげるのです。先生は完成された旦那さんの立場ですから、弟の立場、第二番目のアダムをつくるのです。あなたたちの旦那さんたち、天使長を連れて来て、昔十六歳の時に堕落した、その堕落前の基準が残っているから、そこに完成されたアダムの勝利の実体を接ぎ木するのです。偽りの実体から生まれたものを皆接ぎ木して、ハンダ付けして、サタンの讒訴圏を逃れるような解放圏に立たせて、真の父母様が、これは自分のものということを認定してあげれば、第二のアダムとして立って、自分の前の奥さんと共に結婚することができるのです。だから、天使長は昔のアダムに、世界に忠誠を尽くすより以上、先生に忠誠を尽くさなければ相対圏を迎えることができません。原理がそうなっています。」
(第十一回愛勝日のみ言葉 1994年1月2日 漢南洞公館)

 

 

「堕落は16歳で行われたので、イエス様は新しい年を迎えて、17歳で結婚についてマリヤに話したのです。 17歳の時に結婚で行くべき道を説明し、10年後の27歳で説明したのです。また、3年後に(30歳でも)3回説明してだめなので、涙を浮かべてエス様は出家をしたのです。」

 ファミリー1997年3月号「第14回愛勝日の御言」1997年1月2日サンパウロ

 

わたしはこの御言は、イエス様が母マリアと結婚しなければならないことを言っているのか、それとも言葉通りイエス様の結婚のことなのか長年思いあぐねてきた。

結論を言えば、後者の結婚のことだと分かってようやく、

「イエスは母マリアと結婚しなければならなかった」という肉的蕩減復帰を

エス様は理解されていなかったのだと了解した。

エス様はアダムとエバが堕落した起点において正しい子羊の祝福結婚をしなければならないと考えられた。

 

  イエス様はご自分が果たせなかった恨みを再臨主には味わわせたくなかった。

そこで、その時点のお父様に現れて結婚式のことを訴えたのである。

 

 「私が17歳の時、イエス様が私に〈文龍明さん、一緒に祝福を受けに行こう〉と呼びかけてきた。私は言った。(声を張り上げられる)『お前は誰だ、阿呆め! お前は何も知らずに祝福のことを言っているではないか。お前は夜の神様と昼の神様を知っているのか、阿呆めが。』」

2011年12月4日 天暦11月10日 天正宮でのみ言葉

 

わたしが17歳の時エスが私の所に来て言った『文龍明さん、私と一緒に祝福に参りましょう』(声を大きくして)私は言った『あんたは誰なんだ?結婚の日取りも媒酌人も決まっていないのにどこへ行くのだ?この馬鹿者め。あなたは夜の神様と昼の神様が別れてしまっている事を知っているのか?』と。私は今日あなた方にすべてを教えているのだ。

2012年1月4日 天歴12月11日 天正宮 安侍日の訓読会でのみ言葉

 

「私が17歳になった時、自分をイエスと名乗る男が私の所にやってきて言った。
『文龍明さん』
 私は言った。
『なんだ?』
 彼は続けて言った。
『これから私達は結婚式に行かなければならない。祝福にいきましょう』。
 私は言った。
誰と? どうしてそんな事が可能なのか?
 彼は言った。
あなたが望むなら神様が相手を用意して下さるでしょう。さあ行きましょう。
 それで私は尋ねた。
あなたは夜の神様と昼の神様が分かれてしまっていることを知っているのか?』」 

2012年1月4日 天正宮 安侍日の訓読会

 

「私がそのような人生を生きていた間、17歳になり、イエスと言われる人が私の所に来てこう呼んだ。『龍明お兄様。』 私はその頃日本人たちのゆえに、自分の韓国名を使っていなかったが、彼はその名を知っていた。私は彼にこう言った。『私が今日ここに来たのは、あなたと結婚式に参加するためです。あなたにとって難しいこととなるでしょうが、私と一緒に行って結婚することをどう思いますか?』」

(2012年7月16日)

 

「私が17歳の時、2月にイエスが突然現れ、私を『龍明お兄様』と呼び、『祝福に行きましょう』と言った。彼は、夜の神様と昼の神様が分かれて争っていることを知っていたのだろうか? 私は、彼が誰かを特定するため、『あなたは誰ですか』と聞いた。すると彼は微笑んで言った。『もう知っているのになぜ聞きましたか? 時がくればまたきます。もしあなたが聞いてくれないなら、私があなたを捕まえるか、私が捕まえられるかどちらかを選ばなければならない。』」 

(2012年7月16日 訓読会)

 

 

エス様はお父様に普通の結婚式をしようとおっしゃっている。

母との結婚は語られなかった。

知らなかったからである。

 

 

B、マリアと忠母様

 

エス様の母マリヤ

 

「 マリヤが本当の意味で、この地上のいかなるサタン世界の母親よりも、イエス様を愛さずして愛の道を訪ねていくようになれば、天理の法度から外れるのです。マリヤは、イエス様のために選ばれた女性です。したがってマリヤは、イエス様の母としてイエス様を懐妊して出産すれば、誰よりもイエス様を愛さなければならないのです。

 愛する際には、この世のいかなる母親よりも高い立場で愛さなければならないのです。自分の命を捧げ、自分が引き裂かれて死ぬことがあっても、愛を守るために行かなければならないのです。死と引き換えるようなことがあっても、愛を守るために行かなければならないのです。」

(『イエス様の生涯と愛』 P93〜94)

 

信仰者の代表のような方でも、「大母」と名づけられた。

お父様のお兄様も「大兄」と名づけられた。

 

真のお父様は、「お兄さんの名を『大兄』(文龍寿様)と付けました。」

(1995年8月30日)

 

「私の兄は弟の私に対して、他のことは知らなくても、歴史上には数多くの兄弟がいたけれど、自分の弟は歴史的な弟だと知っていました。それゆえに私が何かを言えば、絶対的に服従でした。その頼みがどんあに難しいことでも、そのことを行うのに躊躇しない兄でした。

(1970年2月)」

 

先生を産んだお母様(金慶継様)

 

何故お父様はお母様に「忠」の字を差し上げたのか?

天に対する忠誠を示されたからではないか。

 

「先生はお母さんは『忠母』と付けました。

(1995年8月30日)

 

「先生のお母さんは、先生に精誠を尽くしたお母さんなのです。この世の母親の中で、先生のお母さん以上に先生を愛した人はいません。それは私が知っています。

(1996年4月18日)

 

母子協助の根本の意味が、母格のエバが息子格のアダムを誘惑結婚することによって堕落したことを蕩減復帰することであるなら、忠母様はイエス様の母マリアが勝利できなかったことを成し遂げてくださったに違いないだろう。

 

「 この地に神様の愛と生命の種をもって生まれるためには、母親がいなければなりません。母親が息子を生むとしても、ただ単に生むことはできません。必ず復帰の公式を通して生まれなければならないのです。

 復帰摂理の中に現れた母子協助お抜け出したは、すべて天の息子がサタンの讒訴を抜け出した新しい生命の種をもって着地するための準備であり、条件なのです。母子と共に、サタンの攻撃を抜け出し得る条件を立てた土台の上で、サタンを代表する長子を屈服させることによって、サタンが先に占有した愛と生命と血統を復帰していけるのです。 」

『イエス様の生涯と愛』 P60

 

 

「私がこのような人になることを母は既に知っていたのか、身内で私しか信じる人がいないと思って、私が何か言えば、母はどんなことでもしたのです。ですから蕩減復帰もしらずに、母子協助がすべてなされたのです。

(1990年5月6日)

 

 

だが、16歳時点のお父様はどれほど御旨が分かっていただろうか?

 

「原理を発見したのは、20代前半です。・・・・27歳前に、すべてのことを完結させました。そして行動を始めたのです。」

(1999年4月16日)

 

27歳直前で全てが分かったのだからそれより前の10代、

それも17歳や召命された16歳では天輪の秘密を知りえただろうか?

こんなみ言がある。

 「先生は、15歳以前に、みんなもう父母はもちろん、親戚はもちろん、兄弟はみんな先生の作戦圏内に皆動かしてしまった。」

(1971年3月25日)

 

ある時には、一人なりに神に対して、逆らったことがあるんであります。一人の男として生まれて、こういうような天地の秘密の内容を暴露することによって、世界は動揺し、自分の一生が滅茶苦茶になる。『この道以外に治める道はないのですか』と何回も拒否した立場があります。しかし、神は、『君が責任を持たなければ、誰かがしなければならない』と。それで奮起して30余年の歴史を費やしてまだ果たされていないこの道に、戦いをその合戦を続けていかなければならない、そういう立場に立っている。それがどうして落胆するでありましょう。『雄々しく、尊く、目的に向かって、神のために進んでいこう』、その決意は、日が変わろうとも年が変わろうとも頭の毛が白くなろうとも、その心情は、変わりません。」

(1975年2月13日)

 

お父様は自分が成し得たことしか語られない。

エス様が母マリアと結婚しなけれなならなかったというならば、

当然自分は勝利してきたということであろう。

 

「(このスピーチの題名によると)それは実体み言葉であり、み言葉の実体ではない。み言葉による(再)創造というのは堕落の後にのみくる。」

2012年1月8日 文鮮明

 

 

18から20歳までに結婚懐妊して、19から21歳までに生むことが理想である。

 

「息子・娘を早く結婚させるのがよいですか、遅く結婚させるのがよいですか?(早くです)いくつの時ですか? (18歳です)。なぜ18歳ですか? 6数の3倍が18です。18歳を越えなければなりません。それを越えて19歳、20歳、21歳まで、その3年間で赤ん坊を産まなければ難しくなるのです。その時が血気が最も旺盛な時です。女性は24歳になると下がっていくのです。統一教会では、18歳から20 歳までに結婚させるのが理想的です。」 

(真の父母の生涯路程② P56)

 

 

 

 

 


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