わたしが徳野なら、災害復興祈願大会なんか止めるね。
善進様にこう進言するね。
「善進様、この度は真のお母様の代身としてみ言葉を語られに来られたことが目的でしょうが、
御存知の通り岡山は災害にあって今も復興の途上です。
恐れながら、敢えて進言させていただきます。
どうか岡山の復興のためにわれわれ一万人の食口と共に、
一日ボランティアで災害の町の回復のため、
泥まみれになって活動してくださいませんか?」
お父様は「為に生きる」という思想をわれわれに叩き込んでくださった。
岡山から遠く離れた人が、岡山の人々のために祈ることは美しいことだ。
だが、岡山に集まった人々が災害復興を祈願するというのは、
常識を逸脱してはいまいか?
「困ったときの友こそ真の友である」
と言うではないか。
求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。
魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。
マタイによる福音書 7章7〜12節
彼らは何を求めているのか?
祈願なのか?
それとも誰かが手を貸してくれることを求めているのか?
日本の歴史上、1万人が災害復興のためにボランティアをした宗教団体をわたしは知らない。
おそらく、左翼マスコミはこれを取り上げないだろう。
とりあげてもいいことは言われないに違いない。
それはそれでいい。
だが、一万人の人が助けに来たことを岡山の人々は決して忘れないことだろう。
家庭連合の会長職の仕事とは一体何なのだろうか?
さて、こちらは独立者が出たと言う。
わたしは彼を支持はしていなかったが、自分の手を汚さず後輩に独生女神学の擁護をさせるがままにしていた悪党の小山田に語らせたことは一定の評価をしている。
小山田は本当に汚い奴だ!
それどころか、はじめからお父様はお母様に原罪がないと言っていたかのような語りぶりである。信じがたいお方である。
家庭連合はどうでもいいが、お父様のみ言葉を荒らされることだけは、
どうにも我慢ができない。ただそれだけだ。
徳野や小山田に恨みはない。
帰ってきたらけろりと迎えるだろう。
かって井口さんと独立者が口論をされているのを動画で見たときに、
これはチャンスだねと思ったものだ。
教義の正しい解釈を巡っての議論は、一般信徒がついていけないレベルのもので、
多くの信徒には分かりづらかった。
会長がああいうのだから、教会長がこういうのだからと、
羊飼いではなく羊になるよう教育されてきた間違ったアベルカイン観によって
思考は停止し、判断はアベルがするものと信徒は思うのものと相場は決まっていた。
独立者のように、ゲリラ戦なのか持久戦なのか、
じわじわねちっこくするのも一つの方法であるとは思うが、
性急な性格の江戸っ子の自分にはまどろっこしくていけなかった。
せっかく「断食王」と呼ばれている井口さんがお出ましになったのだから、
こんな有り難いことはない。
「私と100日や120日断食で、独生女が正しいか間違っているか
神様に審判していただきませんか?」
こう切り出す手もあったことだろう。
もったいない。
40日断食を10回もやり遂げた者は井口さんしかいない。
言ってみれば、断食のゴリアテだ。
誰が見たってこんなにわかりやすいことはない。
信仰を横においても、彼に太刀打ちできるものなんかいるはずもない。
だからこそ、それがいい。
人間の力では彼には勝てないと100%食口は思うだろう。
つまり独立者が勝てば、彼の力ではなく、神の100%の力であったと証明される。
まあ、95%でもいい。
あの井口さんが敗北したというニュースは家庭連合に轟き渡るだろう。
ただし、人間は誰でも年を取れば一つや二つ持病を持つこともある。
だからそんなときには、本人ではなく代理者でもいいと言えば良い。
家庭連合には40日断食をした者が何人もいる。
その中から代理者が出れば良いといってやるんだね。
家庭連合さんは大勢の組織だから志願者もたくさん出るかもしれない。
そんなら、めんどくさいから全員参加されたらよい、ご自由にと言ってやれば良い。
十把一からげに相手をしてあげるんだね。
いずれがエリヤか!?
独立者が勝てば神を証すことが出来る。
お父様が亨進様に働かれていることを証し出来る。
たった100日、たった120日で全てが決する。
水も食べ物も無しでいい。
圧倒的な条件をだしてねじ伏せてしまえばいい。
「井口さん、面倒だから120日断食で結論をお父様に出していただきましょうよ。
そうしましょう。」
どんな顔をするか考えただけでも楽しいじゃないか?
まあ、この世の人にも何年も前に、オーストラリア人だったかと思うが、
何ヶ月も何も食べないで生きている人がいて、確か日本でも講演をしていた記憶がある。
まあ、不可能じゃない。
これも一つの方法だね。
三年もちんたらやっていたら、食口はみんな反キリスト運動のツケが
多いに溜まってサタンの讒訴でがんじがらめになって動けまい。
ああ、早稲田か、早稲田の腐れ縁共、糞食らえだね。
再臨主に名誉博士号さえ贈れなかった愚かな大学じゃないか!
大学にさえ入れなかった。
何人もの韓国人が当時入学していたものを。
そこの出身者の誰がそういう名誉博士号の運動を起こしたかっていうんだ。
虚飾ばかりに走る奴ら、うんざりだ!
その大学が再臨主と何の関わりがあらんや!
学歴詐称なんかする必要があるもんか?
大学時代、うだつのあがらない自分に
韓国人の安 利淑が書いた「たといそうでなくとも」に出てくる男の信者に
信仰とはこういうものかと教えられた。
みんな聖書を自分と関係のない物語のように思っている。
何故なのだろう?
わたしたちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手からわたしたちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。
そうでなくとも、ご承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません。
ダニエル 3章17〜18節
死に至るまで忠実であれ、そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。
黙示録 2章10節
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