原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

金孝南訓母はお父様のどんな心情を蹂躙したのか

わたしは復帰される前は家族と生活していたが、

夕ご飯時に、兄弟たちとテレビを見ながら他愛もない話をして賑やかに笑い声を出すひとときが、わたしにとっての天国のイメージだと後に教会生活をしていて気がついたものです。

大学の学舎に共同生活をされている信徒たちに会ったのは、

教えられた恵比寿の学舎に原理講論を購入するために訪れたのが始まりだった。

覇気のある兄弟姉妹もいたが、多くはとても暗い感じの人達だった。

 

それらの人々が卒業されると、まったく新しい人たちが集まってきた。

明るい人達だった。

それでも中には本当の兄弟姉妹の関係を築かなければならないとよく言われる兄弟がいた。みんな明るいのだが、どうも自分の家庭とは様子が違うかのようだった。

 

わたしは時々思い出す、

子供の頃に聞いた兄弟や妹たちの高笑いを。

シルビー・バルタンのファンではないが

彼女が歌うレナウンのCMソングが好きだった。

妹たちとTVの前で一緒に歌ったことが懐かしい。

バルタンのフランス訛の日本語が妙にオシャレに聞こえた子供の頃だった。

バルタンは昔の妹たちを思い出すひとつの引き金なのかもしれない。

 

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はじめての路程の中でどれほど泣いたかしれない。

お父様が愛した故郷の兄弟や姉妹、お父さんやお母さんを思いながら・・・

お父様にとって何よりも大切な人たちはすっかり置き去りにされ

替わりにわたしたちがちゃっかり愛されてきた。

 

お父様は自らの意志で断った妹をどこで復帰するというのだろうか?

 

  あの再奉春氏(金在奉氏)は、自分の妻は文総裁の妾だとまで考えました。妾の振る舞いをしているというのです。尋ねてみてください。(「いいえ」)。何ですか?(「考えていません」)。何が違うのですか、そのように考えたではないですか?早く死ねばよく、早く滅びればよいと考えたでしょう、永遠に生きなさいと考えましたか?かわいそうなので・・・・。

 訓母様は烈女です。先生が尊敬するというのです。わたしが訓母様に楽しくキスでも一度してみればよいのですが、してみたことがありません。(笑い)手を握って「わたしは愛している。」という話もしてみたことがありません。自分の妹を女王にしようと考えたのです。妹だと考えました。

2008年10月29日 天正宮博物館 第49回「真の子女の日」の御言

 

心情は見ることができない。

心情は量り知ることができない。

ただ、一度お父様の胸に溢れ出た心情は、

確かに私の心の中に溢れ出て止まない。

自分が受けた愛情が、

本当は別の貴い方が受け取るべきであったと気づく者は

幸いである。

彼は主人から家族と呼ばれるだろう。

人が受けた愛情を

自分が受けたと信じることができる者は

幸いである。

彼は人々から天国を創る者と呼ばれるだろう。

 

ああ、サタンは再び妹をお父様から取り上げました。

では、一体誰が、「お父様、不肖わたしがあなたの本当の子女になってみせます」

と誓うというのでしょうか?

実体になるというのでしょうか?

 

 お父様がどれほど愛した妹であったか御存知ですか?

 

 「母が多くの家族を率いることが大変だというので、私の母方の叔母が来て『ああ、お姉さん、子供が多く、苦労しているでしょう。・・・どうか娘を一人下さい。私が育てますから』と言うので、母は平壌の叔母の家に妹を送ったのです。先生が一番愛した妹でした。その妹を送って行って、先生は実にたくさん泣いたことが今も忘れられません。それが兄妹愛なのです。そして、私がソウルに行ったり来たりして、その叔母の家に寄って話をしたりしました。妹と会えば、互いに涙を流しながら話をしていたことが忘れられない思い出として残っています。

1989年2月12日

 

 そのような愛する妹に会ったとしても、公的心情をどうしてお父様が忘れ取り乱すことがあるでしょうか?

絶対に有りはしません。

 

先生は北韓に行った時、金日成のもとの最高の指導部の案内において、先生の両親の墓参りをしてきました。その時、姉さんと妹が同行しました。そこで姉さんは、お母さんが自分の弟をいかに愛していたかということを、悲鳴のような声で「お母様! あなた様が日夜、願い叫んだ、その誰々という名前が来ています! 地中でご覧になって、この時代を喜んでください!」と叫ぶのです。その声を聞いていた妹も、共に涙をポロポロ流しているのです。その真ん中に先生が立っているのです。そこで、涙を流すべきや、流さないべきやというのです。腸が切れるような、胸が引き裂かれるようなことがあっても、公的な立場と私的な立場を分別しなければならないのです。悪辣な金日成の指導者たちに、「文先生が墓参りして、父母の心情に涙をたれました」と報告されるのです。その時、先生が思ったのは、「二〇〇〇万人の民族解放を成した後に、墓参りして涙を流す!」。

1993年12月19日 韓国・済州研修院

16万訪韓女性修練会 「真の自分を探しましょう」

 

 


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