リポート:藤岡信介記者(科学文化部)
モスクワから東に、およそ1,400キロ。
針葉樹林の森を抜けると、高速炉の開発のために作られた街があります。
広報担当者
「あれが、ベロヤルスク原子力発電所です。」
原発の広報担当者が同行する条件で、撮影が許されました。
しかし…。
広報担当者
「これより近くには行けません。」
セキュリティが厳しく、撮影は1.5キロほど離れた場所に制限されました。
高速炉「BN-800」。
33年前、旧ソビエト時代の国家プロジェクトとして建設が始まり、去年ようやく本格稼働に入りました。
提供された内部の映像です。
BN-800は電力を安定供給し、商業ベースに乗せる一歩手前の段階にあります。
「実験の段階」だった日本のもんじゅより、大幅に進んでいます。
コストや安全面への懸念から欧米諸国が撤退し、日本も停滞する中、なぜロシアは開発を続けられるのか。
発電所の所長は、「研究開発に対する考え方」の違いが理由の1つだといいます。
ベロヤルスク原発 シードロフ所長
「我々は“ナトリウム漏れ事故が起きる”という前提で設計を進めてきました。
日本では“それは基本的にはありえない”と考えていたのではないでしょうか。」
所長が例として挙げたナトリウムの漏えい事故。
原子炉を冷やす液体のナトリウムは空気に触れると激しく燃焼するため、漏えいは火災につながることがあります。
日本のもんじゅは22年前に1度、ナトリウム漏れを起こした後、安全性への懸念や世論の反発などから、ほとんど動かすことができませんでした。
一方、BN-800の前身となった高速炉では、ナトリウムや放射性物質が漏れる事故を27回も起こしています。
それでも、開発は続けられました。
所長は、研究開発に事故はつきもので、数々の失敗を乗り越えてきたからこそ技術が進歩したといいます。
ベロヤルスク原発 シードロフ所長
「トラブルは起きましたが、私たちには対処する力があるのです。
高速炉開発は国家プロジェクトなので、続けるべきだと信じています。」
では、国民はどう考えているのでしょうか。
高速炉から40キロほど離れた人口130万人の都市で聞きました。
「特に問題になったり、心配したりすることはありません。」
「(ロシアが)発展するのはよいことです。
電気は必要だから、開発を続ければいいと思います。」
ロシアの国民が高速炉の開発を前向きにとらえる背景には、科学技術への期待と信頼があるといいます。
去年、行われた世論調査では、70%を超える人が「原発は安全だ」と回答。
およそ30年前、重大な事故を起こしたチェルノブイリ原発については、60%余りの人が「同じような事故は、近々起きることはない」と答えています。
原発や核の関連施設など、事故の犠牲者を追悼する式典でも話を聞きました。
かつてチェルノブイリ原発の近くに暮らし、事故で移住を余儀なくされた夫婦に出会いました。
ブージーロフ夫妻です。
事故を経験しながらも、国の原子力政策を支持しているといいます。
タチアナ・ブージーロフさん
「私たちはロシアの原子力専門家や技術者たちを信頼しています。
私たちに災難をもたらした原発を、彼らは完璧なものにしてくれるのです。」
今、ロシアでは、高速炉の技術をさらに高めるため、新たな実験施設の建設を進めています。
高速炉の開発につぎ込んできた国家予算は、ここ20年間だけでも、およそ8,000億円に上ります。
巨額の費用がかかる高速炉開発。
ロシアの研究機関のトップは、将来、国のエネルギーを支え、外貨の獲得につながると見込んでいます。
原子炉研究所 ツゾフ所長
「原子炉の技術は、何十年もかけて発展するものです。
高速炉開発に資金を投じても、すぐに採算が取れるとは考えていません。
これは今世紀ではなく、22世紀に向けた投資なのです。」