ダンバリーと侍義
神山氏が郭グループの日本責任者として、拠点を構えて攻勢に出るという話しを聞き及んだ。
今や亨進様が世界的なリバイバルをお父様と共に進めているというのに、それが本当なら的はずれなことである。
神様の軸とずれいく、ぶれていくという傾向は、ダンバリーの時から変わらないように伺われる。ダンバリーとは何か?神山氏はどの様に考え、今日を迎えてこられたことであろうか?
その時、父の御心は何処にあったとお考えであろうか?
勿論ダンバリーでお父様は様々なことをお考えであられたことだろう。
交叉する思考と感情の中で最も関心を注がれておられただろうことは何なのか?
当時神様はひとりひとりすべての御子女様に関心を持つようわたしに促された。
毎日毎日神様が切実に強く訴えかけてこられたことは、御子女様達をしっかりお支えしなければならないということであった。
そのことは実際には、未だ誰も御子女様を充分には支え守られてはいないということを意味していた。
何故こうした思いが復帰された当初より消えることなく今日に至っても続き続けているのだろうか?
末端の信徒が何故そのような疑念を抱き続けざるを得ないのであろうか?
われわれは何のために祝福を受けて、何のために誰に対するカインの子女としてくださったのだろうか?
メシアが降臨した今日、神に仕えることは、具体的には、神の子たる真のお父様に仕えることであった。
そうであれば、真のお父様に仕えるということも、当然具体的には、御子女様おひとりおひとりに仕えることであることだろう。
イエス様当時、東方の三博士は、イエス様を神の御子として証すことができたかも知れないが、そのまま仕えて、自分たちが与っていた一切の知恵を、本来受けるべきお方に捧げて、養育係としての使命を果たすべきであった。
三大天使長がアダムに充分に侍って養育すべきであったように、
今度は、東方の三博士がその使命を果たす役割を持って導かれてきたが、馬屋に生まれた赤ん坊を礼拝はしても、そのまま侍義の道理を全うせず、立ち去っていったのだった。
そこで最高の教育を受けるべく神が用意した御計画は水泡に帰してしまったのであった。
このようなことは、われわれ統一信徒なら誰もが知っていることではないか?
ところが、実際の子女様に対しては全く皆無といっていいほどこの点が活かされてこないまま、とうとう御子女様も中年期に突入し、御孫様も大きくなられてしまっているのである。
結局のところ御子女様を取り囲んでいた者たちは、形状的にしか情況を捉えることができず、信仰と心情によって判断し、なすべきことを果たしたとは言えなかったのである。大変口惜しいことである。
成約時代、侍義の時代においては、何を持って主に仕えるとするかによって、神が善しとして、おとりになるかならぬかの分岐点が生じてくる。
これを避けて通る道はない。
ところで、ダンバリーの刑務所で世界中の信徒の代表として、真のお父様をお守りすべく仕えられた神山氏は大変な使命を全うされた。
ご自分が出監する際にも親しくなった囚人にお父様のことをよろしく頼むと懇願し、先に解放される自分を恨んだ。
大変立派なことであった。
では、次に神山氏が神の名によってなすべきことは何であったのだろうか?
当時、全信徒は無実の罪を着せられ監獄におられたお父様とそこで仕えられた神山氏、お父様のため不正な裁判が行われたことに対する抗議をクリスチャン指導者と共に闘われた仁進様、そして長男の孝進様がお父様のために徹夜祈祷をされておられたことに関心が注がれていたのであった。
真のお父様に仕えるということは何をどうすることであろうか?
ダンバリーでお父様を守られ仕えた神山氏の実績には、ある種の威光があった。36家庭はおろか、お母様にも大変感謝されてきた。
たくさんの御言葉を監獄に持ち込んでいた神山氏はお父様と共に学習して、今までの疑問点をできる限りお父様に質問して、正しい理解を得ることができた。
また、放蕩息子の話のように、出監の日を迎え、お父様に愛され祝福されて新しい靴をいただいた。
さて、この威光と御言葉と愛とは、本来誰のものであっただろうか?
考えて頂きたい。
当然、お父様の血統を受けて、お父様と同じ心情を持たれる、孝進様や仁進様を初めとする。子女様であり、お母様であられたことであろう。
天使長と同じ立場のカインの子女であるわれわれ祝福家庭は、
天使長が神から与えられた威光も愛も御言葉も、すべては神様の子女であるアダムとエバに渡されるべき預かりものとして、大切に受けお返ししなければならないものであった。
食当の女性信徒ですら、料理をして兄弟の食事の準備をする時には、しばしば講義の録音を流しながら作業をし、修練会ではリアルタイムでスピーカーから流れる講義を聴くことができる環境にあった。
お母様が原理を学ばなかったとおっしゃられるのを聞くと恥ずかしい思いで一杯になる。お母様にとっても、その時々の摂理的な御言葉以上に統一原理の根幹に関する内容の理解はご指命を果たすために必要不可欠であったことと推測される。
お母様であれ御子女様であれ、お父様がカインの子女を優先するため、きっぱりと見放されて御言葉を与えることができないとしても、われわれがお預かりしてお返しできない原理はない。またお返ししない授受法もない。
神山氏は出監後、あらゆる手段を講じて孝進様を守る楯となり、支える自由を行使すべきであった。
誰もが認めうる実績を残した神山氏に反対できる者は、当時誰もいなかったであろう。
もし命がけでお父様に侍られたように、長子である孝進様にも同様に侍っておられたら、真の御家庭二代に仕え奉る栄光を彼は得ていたことだろう。
神が親である限り、父の心のあるところに子ありである。
幼い時から孝行息子であられた孝進様が、神様やお父様のために孝心を天に捧げられた祈りを、地で受けとめることのできる者が必要だったのである。
もし、そのような者がいれば、孝進様に不必要な受難が訪れるはずもなかったのである。信徒の中で孝進様の楯となり、あらゆる誹謗中傷迫害の楯となることができる、最も近い位置にいたのが神山氏であるとわたしは信じている。
誠に誠に残念なことである。
忠孝は日本人が果たすべき責任である。
それゆえお父様は「日本の情は忠孝の源」と評し、激励して下さっている。
神山氏を中心に三人の善の天使長が立って、孝進様を守ることができたなら、東方の三博士や洗礼ヨハネの真なる蕩減復帰をすることができたのであろうと思う。
これこそわたしにとっては無念である。
月初めにある動画を見た。
そこには、ある御子女様のもとにいって連れ戻してくる許可をお父様に求めた方のことが話されていた。この方は大変お父様の信頼を得ている方のようである。立腹されないように上手に話を持ち出しては否定され、とうとう三回も機会を見て懇願したという。
ついにお父様は、それでもどうしても行くというのであれば、離教届けを出して行きなさい。長年仕えてこられた方の名を出して、おまえまで失いたくないと言われたそうである。
お父様が言っても戻られないものを何をか言わんやである。
三度は完成を意味する。そこで御心のままにと引き下がったとのことであった。
それはしごくまっとうな判断である。
ただ、わたしが単なる末端の信徒ではなく、そのように信頼されて御側に仕えることができる身であったとしたら、躊躇せず離教届けを出して、今までお世話になった御恩に対して深く感謝の意を捧げて、旅立ったことと思う。
離教届けを出せば、万一背信した際には、これをもってわたしの非がすべての信徒に伝わり教会は損害を防ぐことができることは、結構なことであり、感謝すべきことである。
相対者はこれを聞いて、話者の心情を語ってくれたが、そういうことは重々わかっているのだが、心情というものはいったん湧き上がってきたら、その目的を達成するまでは留め置くことができないものではなかろうか?
203高地にひとつふたつと、やがてうず高く積まれた屍の山が、勝利の御旗を高々と掲げる礎になったことを振り返るならば、次々に玉砕するものが続こうとも、最後に御子女様が戻られればそれに超したことはなかろう。
お父様が唯一評価した日本人の乃木希典は、この時愛する息子二人を激戦の地で殉死させている。日本で家を守っていた妻は日本中から多くの戦死者を出したことを恨まれ袋だたきの状態であった。
乃木は常在戦場を胸に軍服のまま床につき生活したという。親子二代で主君に使え、夫婦一心で生きるも死ぬも、ただ主君のために奉じた。
この侍の侍義は日本人にしか到底理解されないであろう。
われわれ日本民族にはこの血が流れている。
主の心情の辺とは子女様がいますところである。
亨進様にしても、御言葉に苦労されておられる御下に、先輩方が誰も馳せ参じないことは、断腸の思いである。
海行かば 水漬く屍
山行かば 草生す屍
大君の 辺にこそ死なめ
かえりみはせじ