エデンの園では、秘密がありました。
家族に隠し事がありました。
正午定着の時代では影があってはならないのです。
何か問題があれば、家庭でオープンにして解決しなければなりません。
家庭裁判所ではなく家庭でなされるべきです。
お父様は我々を実子と分け隔てなく接してくださいました。
お母様の間違いなのに、どうしてお二人のときに注意されないのでしょうか?
お父様はご自分と我々食口や、お母様と我々食口に、境界を造ることを為さいませんでした。
心の底からわれわれ足りないものを家族として接してくださいました。
だから、お母様にもそのようになってほしいと思われました。
何故お父様がわれわれの前で洋服を脱いでくださる必要がありましょうか?
一切、隠し事のない世界にお父さまは我々を導いてくださいました。
お父様がお母様に、亨進様や顕進様とおられる中で、叱責するのと同じように、
我々の前でもされたのです。
お父様はわれわれを実子として扱ってくださいました。
だが、われわれは実子としてお父様にどれだけ仕えることができたでしょうか?
皆さん、心と体が一つにならなければ駄目なのです。そこに焦点を合わせなければなりません。祈祷するとき、心と体が呵責を覚えるものがあれば、悔い改めなければなりません。悔い改めるときは一人ではいけません。東西南北を備えなければなりません。自分の一番近い人、父母の前に通告しなければなりません。師の前に通告しなければなりません。その次に、自分の息子、娘に、自分の弟子に通告しなければなりません。「私にこんなこんなことがあるのだが、許してもらえるか」と、こうして心を合わせて後援することのできる、このような道を行かなければなりません。何のことか分かりますか。
成約人への道 第1章 人生観 4)人間本性の真なる生活 ③ 心が正に師であり近い神様
私たちが本当にお父様と親子の関係かどうかが問われているのです。
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