原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

20日に福岡で講話した徳野会長は悔い改めて  ドラマ「イ サン」に サタンの謀略を学ぶべき!

20日に福岡に宋総会長が来る予定だったが、ピンチヒッターとして徳野会長が来られて話をされたという。

前半は「独生女」のお話しだったそうです。

「お父様は今までに189回も独生女と言う言葉を御言葉で使っておられます。」

と息巻いておられたという。

だから問題はないのだというわけです。

ところが、家庭連合の信徒が聞きたいのは、

「独生女」と言う言葉がお父様が使われた言葉かどうかにあるのではなく、

お父様がその言葉を使われた時と、お母様が使われる時は本当に同じ意味で使っているのでしょうか?ということです。

実際的には、お父様はお母様のことを無原罪で誕生したとは言っていない。むしろその逆の表現を使われてきた。

そこで、「独生女」というのはどういう意味でひとりむすめであるかと言えば、

実体の神様の妻、すなわち真のお父様の妻になることができる、たったひとりのむすめということになるでしょう。

お父様が地上に居られた時から我々が聞いていたように、サンクチュアリが主張している、お母様には誕生時に原罪があったとしているのか、それとも現在の家庭連合では、お母様がたびたび話されているように、お母様はお父様がおっしゃっていたこととは違って、生まれた時から無原罪だという意味の「独生女」なのかをはっきり説明され、根拠を示さなければならないはずです。

ついに、こんな会長で大丈夫なのかと思う者が出てきたり、信徒がレベルが低いのでこのくらいでお茶を濁しとけとでも思っているのかという疑いを抱く者すら出てくるようになるというのです。

 

日本の会長になるには御父母様と意思疎通が円満でなければなりません。

そこで、ハングルが堪能であることが望まれてきました。

徳野会長もそうでしょうから、韓国の時代劇を見られるのでしょうか?

 

韓国の時代劇はサタンが如何にして聖君である王の構想理想をなきものにしようとするのか、彼らの正体を知るための大変貴重で重要な教訓を秘めています。

 

東洋の儒教思想には、王が聖君を目指し陶冶する事を説いています。

神様の「はたらき」を「天」と表現しています。

人格神を信じませんから、その「はたらき」は絶対価値と言うこともできましょう。

絶対価値乃至法秩序による正義がである「天」が「命」を発します。

「命」命令のことですが、法秩序による正義のことです。

この「命」というのは全ての人々に当てはまる普遍的なものですが、

各自には千差万様の個性というのものがあります。

「天命」を受けた人物が、「個性」が何であるかを悟り、その一端を担って、

誰に言われるのではなく自らその責任を引き受けて実践することを「道」と言います。

自由と責任によって原理軌道に乗ることですね。

このようにして「道」を習得するものが「教」(おしえ)だというのです。

以上のことは孔子の孫の子思が書いたとされる「中庸」に簡潔に纏められています。

 

天の命ずる之を性と謂(い)い、性に卒(したが)う之を道と謂い、道を修むる之を教(おしえ)と謂うなり。

 

王様は中心であり全体の統括です。

ですから誰よりも先に天命を受けて王としての使命を全うしなければなりません。

そこで天命を正しく受けるに足る聖君になるべく、幼少の時から帝王学をたたき込まれます。王が民の見本にならなければならないと自覚されます。率先垂範で先頭に立とうと思います。

王の徳によって、民を中心に考え、如何にして民が幸福に暮らすことができるかを模索し実践していくのが徳治政治であり王道政治です。

しかし、、西洋のキリスト教がイエス様を失って家庭倫理の見本がないままに出発したが故に、独身あるいは個人の信仰として形成され、信仰は個人主義に飲み込まれてしまいました。

そこで、キリスト教を背景にしながらもエゴイズムが蔓延る政治が現れざるを得ませんでした。イエス様が導かれて地上の人物の基準に合わせて妥協して作り上げてこられたのが民主主義でした。

この民主主義とは個人主義の政治用語に他なりません。

ほぼ同一だと言ってよいでしょう。

 

だが、東洋に育った聖君が天命を受けて徳によって善政を織りなす場合の「民中心」とは西洋の民主主義とはまったく性格を異にしています。

民が民の為の利益を求めて立ち上がるのではありません。

王が民のための利益、すなわち民の至福を求めて立ち上がる民主主義が

東洋の王道政治なのです。

 

真のお父様は王の中の王として降臨されました。

多くの善王達が志し半ばにして倒れて行かれた道を収拾しなければなりませんでした。

では、どうして王は天命を拝受し、志を命がけで立てたにもかかわらず、挫折することが多いのでしょうか?

その理由を韓国の宮廷時代劇は我々に多くの点で諭していると言えましょう。

では少しドラマ「イ サン」を振り返ってみましょう。

 

主人公の「イ サン」の祖父王は側近である天使長たちの陰謀に翻弄され、罪なき実子の王世子が祖父王を暗殺する謀反を引き起こしたと思い込まされ、息子の王世子はついには米びつの中に閉じ込められ、食事を与えられず、無残な死にいたります。

この天使長の企みの背後には祖父王の先妻の娘であるファワンの存在がありました。

それどころか、その奥にはもう一人祖父王の後妻で正室である中宮が関わっていました。中宮こそが主犯でした。

立派な王様が善政を如何に実現していこうと努力されても、王様を最も支えるべき側近である天使長と妻と娘が、王様の足を知らざるところで引っ張って邪魔をしているのです。

 

つまり、

1,サタンは王を天使長によって試練する

2,サタンは王を妻によって試練する

3,サタンは王を子女によって試練する

 

1は見えやすい敵です。見えにくいこともあります。

ところが2と3はなかなかわかりづらく信じがたい盲点となっています。

いずれにせよ、最も信頼している者が裏切った際には手の施しようがないほど

王にとっては命取りの道を強いられることになります。

 

家庭連合においてもお母様が腹に隠された意図を持ってお父様に反旗を翻した際には、

大変わかりにくく、そのような兆候や振る舞いが見受けられても、これをそうすんなりとはなかなか信じようとはできるものではありません。

そこで、「イ サン」を見ることは我々統一食口が、どのようにして王の御心を知り、それにお応えしていくべきかを学ぶ優れた教訓となります。

 

韓国の優れた点は「血統を重んじる」ことですが、これが「自己中心性」という堕落性と結ばれた時には、簡単に「一族の繁栄主義」に陥ってしまいます。

これが大変な弊害になっていきます。

 

これは実際には「王位継承」と「嗣業の相続」という問題を引き起こします。

ですから、祖父王の側室は王世子や王世孫という血統とは別の者を擁立しようと思いますし、祖父王の先妻の娘は子供に恵まれませんでしたが養子をもらって、これを王にしたいと企みます。

このようにして側室や娘は堕落エバの正体を天使長の子女を妊んで王位に据える行動パターンをとることになります。

現在のお母様の行動や、お母様と行動をともにされる善進様の姿は残念なことにこのドラマの登場人物に非常に似ています。孝進様の相対者であられるヨナ様もです。

王の御心に生きているとは到底言えないのです。

だが、このようなことは食口なら誰もが口が裂けても言いたくも思いたくもないことでしょう。

 

王様はこのように側近が堕落天使長となり妻や娘も堕落エバとなって、大きな勢力を持たれては如何ともし難いものがあります。

同様の基台がなくては戦うことができず、戦う前に潰されてしまいます。

そこでドラマでも無残な死を遂げた王世子の子である王世孫が、王世子の潔白を証明し、善王として善政を展開するために、王世孫を支える様々な家臣が活躍するのですが、王世孫にもその中に右腕になる者が現れ王様を助けます。

これをやがて王世孫の母が評価して子宝に恵まれない王妃と側室を血統の維持のために準備するようになります。

王妃は王世孫の幼なじみのソンヨンがいいと思いますが、卑しい身分であったため、王世孫の母は、王の右腕ホンの妹を側室にする意向を告げ実行に移しました。

ところがこの妹は、エバの堕落性をである「葛藤」や「嫉妬」を克服している王世孫の王妃とは違い、堕落性に振り回されていました。

また、妹が生む子からやがて王が誕生することが予想されるようになると、冷静な判断ができなくなっていきます。

「王様の繁栄」より「一族の繁栄」を願う堕落した血統主義が蠢き出すのです。

賢明な王世孫の王妃はこれを予め危惧して、側近の妹を王世孫の側室にすることは、政治の混乱や王世孫に災いがもたらされやすいと考えて、反対していたのですが、王世孫の母親はこれを良かれと思い強引に推し進めてしまいます。

 

側近の子女がお父様の子女様とご結婚されることは、これらの問題を克服し蕩減復帰しなければなりませんでしたが、ドラマ同様の失敗の連続がわれわれの組織にも横行し続けてきました。

 

亨進様の相対者であられるヨナ様は幸いにも側近とよばれる両親ではなかったので、サタンの試練に直接晒されることはなかったようです。

 

サタンは外敵に存在します。

だが、最も恐ろしいサタンは、王の内戚と外戚に侵入して王の意図を挫き、天国の建設を阻止しようとするのです。

 

「イ サン」は祖父王ではなく、祖父王の正室が出てきてはいけない政治の舞台に主人として権力を振るうことが描かれています。

ちょうどお母様がお父さまの権能権威権力を奪って、王冠をかぶり杖を持って登場されたことに実によく似ています。

 

女性中宮とか正室とか側室、あるいは大奥奥方奥様と言われるように、主人が住むことのできる憩いの住まいであって、主人そのものではありません。

これを取り違えたり、取り違えている王妃を堕落性まるごと許容して仕えることは百害あって一利なしと言えましょう。

 

徳野会長は誰よりもそのことに気づき、

「お母様、何卒お考え直し下さいませ」

と訴えるべきなのです。

恐るべき大罪を犯していると言わざるを得ません。

 

 

 

 

祖父王:21代王英祖 ー 正室:金貞純中宮(15で60過ぎの王に後妻として)

 

王世子:思悼世子 謀略に陥り英祖を殺害する謀反を犯したと誤解され、米びつの中で

    死亡

 

王世孫:22代王正祖 ー 正室:孝懿(ヒョイ)王后、嬪宮(ビングン)

 

イ サン 相関図 - Google 検索

 

ファワン 正祖の叔母、英祖の側室の娘

チョン・フギョム 承政院同副承旨、ファワンの養子

 

ホン・グギョン 正祖の右腕

元嬪(ウォンビン)ホン氏 正祖の側室、ホン・グギョンの妹

 

 

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三部構成
 
一部 
Ⅰ は概要
ⅡはⅠの概要+主体対象の正統な理解について
ⅢはⅠ+Ⅱ+主体対象の一体化の摂理的意義について
 
二部 Ⅳ
三代王権について
1、亨進様の正統性
2,ヨナ様の正統性
3 ,信俊様の正統性
4,江利川会長の正統性
 
三部 Ⅴ
6マリアの理解の基礎
 

 


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