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原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

12双の桜井節子夫人の信仰判断の誤りを正す!顕進様支持を表明しお父様の遺志を無視!

桜井夫人が統一家の分裂と混乱について語ったという。

私自身は今日の問題の根幹は「人間的なあまりに人間的な信仰判断によるもの」だと考えている。

桜井夫人の場合も例外ではないようである。

以下に長文だが、全文を掲げ、私の所感を青い文章で書くことにしたい。

 

ところで、忠誠というものは、たとえ自分が王のために精誠を尽くしたことが報われず、むしろ正反対に、愛する王から糾弾され牢獄に繋がれ、毒杯を仰ぐことになろうとも、王のため至誠を捧げることができたことこそ本望であるなら、笑ってその刑に甘んじて死んでいくものであろう。

 

我々は侍義の成約時代に生きている。

この侍義を理解する要が「孝子」「忠誠」である。

そしてそのことが詳細にお父様によって説明されている、み言葉の精髄のような文章が天聖経の「真の孝の生活」にある。

これを充分に理解できないと、最後の信仰の試練を乗り越えていく判断を誤ることになる。

 

失礼ながら、顕進様に欠落していると感じてきたことは、孝子の孝子たる「心情」である。

桜井夫人の引用する祈祷にも確たるものは感じることができない。

過去に「心情文化の主人」「心情文化創造の主人」を書かれたが、その本の内容には

肝心の心情に対する説明はほとんどなかったので私は落胆した。

我々は顕進様に、そこで神様やお父様をうならせる心情の説明を期待していたものである。

 

復帰摂理は神とサタンの善悪闘争史でもある。

桜井夫人は家庭連合に対しても顕進様に対しても八方美人でおられるようだが、

それで本当に解決するのであろうか?

 

顕進様は家庭連合に次いで政治的組織を持っているはずであるが、天使長国家の大統領選にどう動かれたのか?

オモニは2020年までに国家復帰をするというが、摂理的国家が一つもない。

摂理音痴なのである。

お父様のみ言葉を重視しないから、初歩的なミスをしてしまうのだ。

顕進様は南北統一の本まで書いて公演をされたのだから、次期大統領選はどうするおつもりか?

神側の人間がトップになるか、神が祝福する人物がならなければならない。

そうして国家元首アベルカインが揃って統一に向かうことができる。

NGOのトップと国家元首ではレベルが違うので、アベルカインにはなれず、前進できない。

それゆえ、ヤコブは民族的・国家的基盤を後孫に託すことになった。

 

家庭連合も顕進様も現在の摂理観が希薄である。

とうてい中心には成り得ないということである。

だいたい、三男派の人々はよっぽど顕進様にたいして自信がないのか、顕進様の状況やみ言葉を公表して知らせることが殆ど無い。

あっても秘密結社のごとくクローズされた空間でなされているのだろう。

アダムのごとく咎を隠すか?

 

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祝福家庭の皆様へ

統一家族としての悔い改めと真の家庭に対する祈り

― 対立と分裂の時代を越えて ―

最近、「統一教会の分裂」という本が出版されました。内容の真偽はともかくとして、私たちの教会が今、決して一つではなく様々“分裂”していることは、否定できない事実でしょう。

こうした現実を前に、多くの兄弟姉妹が、この数年間、深い心の痛みと魂の渇きを覚えてきたに違いありません。

私たちは本来、神様のもと、真の父母様のもとに結ばれた一つ家族でした。

それゆえに、私たちはお互いを“統一家族(食口)”と呼び合ってきたのです。

言語や文化が違い、皮膚の色が違っても、私たちは共通の親をもった家族であることに変わりはありません。

それ故、私たちの運動は、教派や宗派を超え、思想や文化の違いを超えて、分裂している世界を一つに結ぼうとする運動だったのです。

今の私たちはどこに向かおうとしているのでしょうか?

私はもうこれ以上、分裂を助長し、闘いを熾烈化させるようなことはしたくありません。

しかし、だからと言って、問題に蓋をし、現実から目を背け、沈黙を守っていたいとも思いません。それはどちらも、お父様の願われることではないと思うからです。


私はもう78歳の老齢となりました。

先頭に立って人々を導くリーダーでもなければ、そうした力を持ち合わせているとも思いません。

古い者のこうした呼びかけがどれほどの意味を持つのかも分かりませんが、しかし、全国の兄弟姉妹と同様、真の父母を愛し、真の家庭を愛し、教会を愛し、この運動がもう一度、一つになる日が来ることを心から信じる者の一人として、この数年間、私自身が考えさせられ、思い続けてきたところを、正直に記してみたいと思います。



(1) 神様の願いは真の家庭の実現 

-復帰摂理歴史6000年の結実

神様の創造理想とは何だったのでしょうか?それは、言うまでもなく、神様を中心とした理想家庭の実現であり、その真の家庭を基軸として、そこから拡大されて行く、神様のもとの一家族世界の実現でした。

人類始祖アダムとエバを失って以来、神様が出発された復帰歴史6000年は、ひとえに、本然のアダムとエバ、つまり“真の父母”を地上に取り戻し、“真の家庭”という核を基盤とする一つの世界を実現することにあったのです。

神様の愛と生命と血統とは、真の家庭にあって、子女様の生命がお母様の胎に宿ったところに結実します。

3家庭から始まった祝福行事がいつも子女様の受胎時にとり行われてきたのも、真の子女様の中に宿った真の愛と生命と血統とを、祝福家庭に相続させることを意味していました。

即ち、血統的には赤の他人であった私たちが祝福家庭となり、真の父母様を父母として侍ることができるようになった理由は、子女様ゆえなのです。

そのため、真のお父様は、幾度となく、私たち祝福家庭が子女様の双子の弟妹として、子女様と愛において一体とならなければならず、父母様を慕う子女様の心情と一つになって初めて、真の父母の血統の子女の立場に転換されるのだと教えて来られました。

「我々は、真の父母および、その父母から生まれられた真の子女と一体化することによって、再び生まれるための条件を立てていくわけであります。…

カインの立場にあるものは、アベルであるところの真の父母、真の罪なき子女と一体化しなければならないのであります。彼らと一体化することにより、我々は復帰された子女として、同じ恵みを受けることができるのであります」(御旨と世界 p140)

真の家庭理想の定着なしには、神様の創造理想を天地に拡大していくことは不可能なのです。

父母様が子女様方を公的に立てられ、その勝利を願われたのも、真の家庭における三代圏の定着と勝利基盤こそ、天一国理想の中心軸となるからであり、私たちはその中心軸と心情一体をなし、真の家庭の勝利圏を横的に拡大させていくことを通して、初めて、天一国を実現することができるのです。

たとえ教会が崩れ去ったとしても、真の家庭がある限り、神の摂理は続いて行くでしょう。しかし、真の家庭が崩れてしまった場合、神の摂理はその時点で途絶えてしまうのです。

 

「真の子女と一体化」真の罪なき子女と一体化しなければならない」

では、「真の子女」とは誰であり、「真の罪なき子女」とは誰であったか?

当然、晩年までお父様とともにみ旨を歩んでいた者のことである。

お父様とともに最前線で歩んでいたのは亨進様ご夫妻であった。


(2) カインの子女とアベルの子女 

-対立と分裂を生み出した原因

 私たちは長らく、真の父母様を絶対的なアベルとして侍ってきました。

しかし、お父様は70年、80年代の頃から私たちに何度も言われてきました。

「真の家庭の子女たちがまだ歳が幼いので、今は先生が君たちのアベルのような立場に降りて指導しているけれど、君たちの本当のアベルは、先生の子女たちだよ」と。

祝福家庭の本来のアベルは子女様方であられ、アベルの子女とカインの子女とが一体となって初めて、父母様が定着することができ、摂理を推進することができるのです。

2000年代を迎え、父母様はいよいよ父母の立場に立たれ、子女たちが御旨の主人となって摂理に責任を担っていく時代を迎えました。

天一国の実体化に向かう最終段階の摂理にあって、その内的摂理の中心は“子女間の一体化”であったに相違ありません。

しかし、私たちは長年の習慣性からか、ただ父母様のみを見つめ、父母様に喜んで頂きたい、何より父母様から愛されたい一心で歩んできたように思います。

その姿は、子女様から見つめる時、僕とは言わないまでも、極めて自分本位で独りよがりな幼い子女の姿に映ったに違いありません。


子女様方は皆、生まれながらに本性的で、真の愛の感性においては、人一倍、敏感でいらっしゃいます。

私たちの内に誤った姿勢や正しくない動機を見出す時、それを黙って見過ごすことはできなかったことでしょう。

兄の立場から私たちを強く、時には激しく指導することもあったに違いありません。

そんな時、私たちはとかく天使長のような情に流され易いものです。

「私はあなた方が誕生する前から父母様の傍らにいたのだ!」と。

両者の間に軋轢や葛藤が生じてきた時、お父様は決まって、アベルの子女様を打ち叱責されました。

お父様が子女様の勝利を願われないはずがありません。

しかし、カインの讒訴がある限り、お父様はアベルの子女様を認め、愛することも、かき抱くこともできないのです。

責任者たちの多くがこう言います。
「子女様は結局、父母様と一体となれず、絶対服従できなかったのだ」と。

しかし、そうだとすれば、子女様の前に果たすべき、カインとしての私たちの責任はどうなるのでしょうか。

極めて人間的な目で、自らの判断基準アベルの子女様を見つめ、これを批判し、讒訴する時、そこにサタンの付け入る隙ができるのではないでしょうか。

カイン・アベル間の対立はアベルの子女様同士の対立へと飛び火して行きました。

サタンは子女様がズタズタになるまで攻撃し、次には、子女様の問題をもって、父母様を讒訴するでしょう。

「何が真の家庭だ!こんな状態で、どうして真の父母が勝利したと言えるのか!」と。

 

桜井夫人自身こそ極めて人間的な目で判断しているのではないでしょうか?

一体誰がお父様とともに最後まで歩んでいたのかお忘れだとは?



(3) 顕進様にみる真実 


-7年間の非難と迫害の中で


私が真の家庭に深刻な問題が起こっていると感ずるようになったのは、顕進様がお父様の命に背いて独自の活動を展開し、お父様の摂理基盤であるUCI財団をも占拠してしまった、という情報に触れた時でした。

2013年の基元節勝利に向け、摂理の最絶頂期を迎えていた2009年のことです。

顕進様は常に率直な方であり、時には、お父様に対してもご自分の意見を直言する、そんな子女様でした。

しかし、父母様への愛情や御旨にかける情熱においては、誰よりも深い世界をもっておられたに違いありません。

それだけに、顕進様の一件は、私には理解し難いものでした。

しかし、それ以上に目を疑い、深刻な思いにならざるを得なかったのは、その後起こってきた、教会組織を挙げての顕進様批判キャンペーンでした。

顕進様にどれほどの事情があったにせよ、アベルの子女様を“堕落したアダム”として排斥し、糾弾するあり様は、サタン的な動機や感情が見え隠れする、実に行き過ぎ、やり過ぎと言うべき行動以外の何物でもありませんでした。

さらには、内部の問題を公の場にまで持ち出し、外部の法廷に訴え出たり、メディアを通して誇張宣伝するなど、教会の不祥事を世間の目にさらして、一体、誰が、どの部署が得をし、勝利を得たと言えるのでしょうか?

 

我々は影なき正午定着の時代に生きている。

この世の都知事でも透明化、見える化を推進している中で、

臭いものに蓋を閉めるような隠蔽体質でどうやって創造本然の世界が現れるというのであろうか?

組織には常に問題が生じてくる。だが、本当の問題は問題が起こってくることよりも、それを放置して見て見ぬふりをすることである。

そちらの弊害のほうがずっと大きいからだということは、誰でもわかるだろう。

統一家は数十年前から、組織に生じてきた問題に対する自浄作用が働かない伝統があった。それ故多くの兄弟がつまづき去った。

総会長になって一山当てるような輩が跋扈して来た。

それをカインの信仰と言って容認する醜態を日本は続けてきて、髪結いの亭主のようなアダム国家を助長してきた。大変恥ずかしい歴史であった。



もし、それを“父母様の指示だった”というのであれば、一体、どんな報告を、どのように説明すれば、父母様がそう判断されるのでしょうか。それは真の父母様の生き方とも、真の愛の思想とも、全く相容れないものでしかないからです。

教会では、顕進様がお父様に従わなかったことが発端だとされてきました。

確かに、たとえお父様の指示が事実と異なる誤った報告によって下されたものだったとしても、ひと度、お父様が下された判断には絶対服従すべきというのが私たちの一般的信仰観であるかもしれません。

 

そのとおりである。

顕進様が離れていかれたのは、

誰が強いたわけでもなく、顕進様が自ら選んだ道である。

お父様が戻ってくることを願われていたことは周知の事実であった。

顕進様がその時、自らの考えをも捨てて、お父様に従われたなら、そこに別の道が開かれたであろうと考える人々が多くいました。

しかし、もし顕進様が誰よりもお父様の御旨を思い、誤解や迫害をも覚悟で、子女としての責任を果たそうとする動機で行動されたのだとしたら、私たちはそれを非難できるのでしょうか。

 

できる。

なんともったいなくも、孝子の孝子の道を捨ててしまわれたと。

「いや、それなら少なくとも、UCIの基盤を持って行ってはならなかった」と言われるに違いありません。確かにお父様がトップである以上、その許可なく組織を動かすことは容認できることではありません。

 

そのとおりである。

盗賊である。

放蕩息子は父が生きている時に悔い改めることができた。

そこで、再び父と暮らすことができた。

生きているうちに悔い改めることができなかったので、盗賊であることが確定してしまったのである。

神山氏はそれを回避すべく仕えるべきであった。

役立たずであった。



しかし、もし本当に、当時、顕進様側の人々が語るような深刻な課題があり、顕進様がお父様の願われる御旨を守り、摂理的基盤を守ろうという一念だったとすれば、私たちはどう考えるべきなのでしょうか。

 

関係ありません。お父様の判断が全てである。

自分勝手な忠誠ではなく、父の意志に従うべきであった。

様々な情報が錯綜する中、何が偽りで、何が真実なのかを判断することは容易ではありません。

しかし、もし私たちに判断基準があるとすれば、それは統一原理のみ言以外にありません。

 

そうではない。み言葉ではなく、み言葉の実体である真の父の御心が判断基準である。

お父様は生きておられたのだから。

真理と神霊をもって、天のみ意と真実を祈り求めるしかないでしょう。

人はその言葉と行動を見れば、動機や心情を感じ取るものです。

ここ7年間、顕進様がとって来られた言動とはどのようなものだったでしょうか。

教会に対する反対運動だったのでしょうか。

父母様や祝福家庭に対する恨みや批判の言葉だったのでしょうか。神の摂理に反する非原理的活動だったのでしょうか。

私は顕進様というお方を熟知している訳ではありません。

しかし、その言葉と行動から感じ取れる世界は、変わることのない神様、父母様への孝情であり、原理のみ言に対する確固たる信念であり、御旨に対する必死な思い、そして祝福家庭に対する兄としての愛情でした。

 

お父様がお父様と別行動をされる顕進様を誇りに思っていたとお思いなのか?

どれほど父の心を傷められたことか?

お父様が生きておられるからこそ許される道があった。

彼は帰ってこなかった。

判断の失敗は彼が一番知っていることである。

顕進様がイシマエルにならない道は、ただ一つお父様が立てられた亨進様の前に悔い改めることである。

それができてこそ、お父様の孝子であり、神に与えられた天稟をみ旨に用いることができるというものである。

それこそ栄光の王者である。

神は人間の失敗に関心があるのではなく、人間の信仰に関心があるのである。

神山氏が未だにできない回心を顕進様がなされて、立派にお父様の血統を証ししていただきたいものである。

そのような崇高な顕進様に誰が文句を言おうか?

そのような真の子女様に侍るべき我々ではないか?




(4) 真のお母様の位相 


-お母様がお母様であるために


2009年以降、真の家庭を巡る問題が激化の一途をたどる中、2012年9月、真のお父様が聖和されました。

それはまるで、真の家庭と私たち祝福家庭の課題の全てを背負って行かれたようでもありました。全世界の食口たちがあまりのショックに言葉を失い、茫然としていた中、毅然として立ち上がられた真のお母様のお姿が、どれほど私たちの心を奮い立たせてくださったか知れません。

しかし、それとは裏腹に、真のお母様を取り巻く環境は難しくなる一方に思えました。


仁進様の問題、亨進様・國進様の課題、清平の出来事。

そして今や、お母様の言動そのものが、全国の食口たちに大きな波紋を呼び起こしています。“独生女(独り娘)”という言葉は、お父様が語られたものだとしても、お母様の生まれながらにしての胎中聖別、血統転換というお話は、お父様から教えていただいた内容と、いま一つ一致し得ないからです。

 

「いま一つ」という媚びた表現に、現在の桜井夫人の課題がある。

ずれているにもほどがある。

あなたは我々に信仰生活における動機を正すことと、動機の成長を講義された。

その凛々しい講義をされたお方がなんとも歯がゆい物言いである。

「全く一致しない」というべきではないか。

お母様に対しても、食口に対しても矜持を正されてほしいものである。

12双たる者が何をか言わんやである。



 私はお母様の言動を批判したいのではありません。

今、この時代にあって、真の母がおられることがどれほど感謝であり、天がどれほどの思いで真の母を待ち詫びたのか…、お母様は私たちにご自身の特別な価値について語っておられるのだと思います。

しかし、お母様の御言がお父様の御言と微妙に食い違ってしまう場合、或いは、お父様以上にお母様の価値を高め、強調されているような印象を受ける場合、多くの食口がそこに動揺を覚えざるを得ないのです。

 

ここも「微妙に」ではなく、「全く食い違っている」というべきであろう。

微妙なわけがあるものか!

 仮にお母様の周囲に、「お父様亡き今、お母様の権威を立てることが食口の支えになるのだ」と上申する人がいたとすれば、それは違います。

全世界の食口たちは、お母様に“お父様”を求めている訳ではありません。

私たちはお母様が“お母様”であることを願い、妻としてお父様をその傍らで支え、誰よりもその生涯を共にして来られたお方としてお父様のご生活やみ言を証しされ、母として子女たちを愛で包み込んでくださる、真の母としてのお母様の姿を慕っているのです。

私たちはお母様のお生まれや出生の背景によってお母様を慕ったのではありません。

お母様が人類の真の母として、如何なる困難な中でもお父様を支え、思春期の子女様たちの苦悩に心を痛めながらも、人類を思い、全食口の母として立ってくださった、そのお母様を心から愛しているのです。

 

では、何故12双は立ち上がらなかったのか?

口先だけの詐欺師なのか?

お母様に助言が必要なことを知って、何故黙っておられるのか?

それを忠誠というのか?

12双は卑怯者である。



子女様もまた、そうしたお母様に侍りたいと思っておられるに違いありません。

  顕進様は自らが迫害され続けた7年間、決して、お父様、お母様を攻撃したり、辱めるようなことはされませんでした。

しかし、お母様が“独り娘”のことを語ることに対しては断固、反対し、食い止めようとされています。そのことは逆に、真の母の位相を崩してしまうものだと、本気で危惧しておられるからです。

お母様が今、お父様に代わる権威をもつ存在として、ご自身の立場を強調されざるを得ない理由は、子女様方、特にお父様の使命を代身して立つべき男性の子女様方が傍らにおられないからではないでしょうか。

 

オモニは、男子の子女様がお父様の代身として立つことを願われなかった。

 

自分が権勢を振るいたかったからである。

基元節にお父様の王冠が用意されないことがあろうか?

絶対に有り得ない。

しかし、そうだとすれば、“独り娘”を語ることは逆効果と言えるでしょう。

今、私たち祝福家庭が見たいものは、その深い愛情で、全ての子女様方を包み込むお母様の姿です。

もし、子女様に対するカインの糾弾や批判の声が、お母様の子女様を愛し抱こうとする行為の妨げになっているのだとしたら、どうぞそうした言葉には耳を傾けないで頂きたいと申し上げたいのです。

子女様方の言動にも課題はあるでしょう。

しかし、周囲にいるどんな指導者たちよりも、父母様のことを本当に思っておられるのは子女様でいらっしゃるに相違ありません。

 

いくら父を思っていてもしょうがないというのだ。

動機の純粋性の本質とは何か?

ゲッセマネの祈りを考えてもご覧くだされ。

いくらイエス様が父を純粋に思っていても仕方がないのだ。

父の御心と一致していることこそが重要なのである。

顕進様も桜井夫人もそれがお分かりであろうか?

 



(5) 統一運動の未来と可能性 


-希望の灯はまだ消えていません! 


一度、分裂した宗教はもう二度と戻らない、それがこの世の通説だと言われています。

しかし、本当にそうだとすれば、私たちはこの世の宗教と何ら変わらなくなってしまうでしょう。自体内の分裂も収拾できない私たちが、どうして宗教統一・思想統一を果たせるでしょうか。

今、「全ての対立を越えて一つになりましょう!」などと言えば、両サイドから批判の矢が飛んでくるに違いありません。教会ではこう言います。

「子女様が過ちを認めて戻って来る以外に方法はない。そのためには、資産が底を尽き、従う者たちがいなくなるしかない」。

一方で、UCI側やサンクチュアリ教会では、こう言います。

「家庭連合は沈み行くセウォル号であって、教会にいては生き残れない。従う者がいなくならない限り、お母様も危機に気付けない」と。

双方が“中立はない”と言います。

教会内では、少しでも子女様を擁護したり、一つになるべきだ、などと発言した時点で“分派”とされてしまうでしょう。

現実をシビアに見る人々は言います、「戦争が起こってしまった以上、訴訟であれ、何であれ、行き着くところまで行くしかない」と。しかし、その闘いに勝者などいません。

不信から生まれた対立や分裂は“力”で解決し得るものではないからです。

この問題が続く限り、統一運動に未来はないでしょう。私たちは、過去の宗教が辿った歴史を、再び繰り返さなければならないのでしょうか。

私たちは今、この運動の中に、埋め難い溝ができているのを知っています。

しかし、もし神様が生きて働いておられるのだとしたら、希望はあるはずです。

一つになれる道もあるはずです。

私はその第一の可能性を、顕進様の中に見ています。

もし顕進様が周囲から言われている通り、真の父母を不信し、御旨の道から離れ、自分本位に生きているのだとすれば、希望は全くないでしょう。

また、自らの立場を恨み、父母様の権威に挑戦し、弟たちやカインの指導者たちに牙を剥くような状態でしかないとすれば、神様はそこに存在し得ません。

私が顕進様に可能性を見る理由は、顕進様がこの7年間、必死に守ろうとされてきたものは、自らの位置や立場などではなく、神様の御旨であり、摂理の方向性であったと信じるからです。

お母様が信じてくださり、顕進様を中心に立ててくださるなら、お母様を支え、弟の子女様方をかき抱かれながら、この運動を正しく導こうとされるに違いありません。

また日本には、今々の現状を憂い、この運動を本気で建て直そうとしている心ある指導者たちがおり、二世たちがいます。

また、どんなに厳しい状況でも、神様を愛し、父母様を愛し、自らの生活も、立場も、事情もかなぐり捨てて、御旨のために生きようと、涙ぐましい歩みを成してきた篤実な食口たちがいるのです。

真実を知り、正しい原理観に立てたなら、この勝者のない闘いを終わらせ、神様の願われる御旨を共に成そうとする人々も立ち上がるでしょう。

互いの非を糾弾し合い、家族の間に垣根を作り、「あっちだ、こっちだ」と分裂している昨今の教会を見ながら、「私たちは何のために生涯をかけてきたのか…」と思い悩んでいる全ての兄弟姉妹の皆さんに申し上げます。希望の灯はまだ消えていないのです!



(6) 私たちが果すべき使命 


-共に悔い改め、祈りましょう! 


今日のこの状況はどこから解決し得るのでしょうか?

もし、この一連の問題が、本当に父母様と子女様の間で起こったものであったとすれば、また、子女様同士の葛藤であったとすれば、そこで解決して頂く以外にないでしょう。しかし、そもそも、天が保護すべき真の家庭に、どうしてサタンが侵入できたのでしょうか?


ユダの荒野で、サタンがイエス様を試みることができたのは、洗礼ヨハネの基台が崩れたからです。

 

日本家庭連合では、歴代の会長が崩れてきたからである。

内的刷新運動を怠ってきた。

また、イエス様が最後に十字架の道に行かざるを得なかったのは、12弟子の基台が崩れたからでした。

 

そうである。日本の12双がだらしなかったからである。

今も昔も。


お父様が興南の刑務所に行かれたのはキリスト教の基台が崩れたからであり、多くの子女様が数々の試練を受け、困難に陥り、真の家庭が多くの犠牲を払ってきた主原因は、私たち祝福家庭の基台が立たなかったからなのです。

とはいえ、それは大半の食口からみれば、身に覚えのないことでしょう。

しかし、ユダヤ民族は、当時のたった一握りの指導者たちと中心人物の過ちゆえに、イエス様を十字架の道に追いやったことの全責任を共に背負うようになりました。

キリスト教は神様と共に生きた2000年の涙ぐましい歴史をもち、全世界に数々の篤実なクリスチャンを有しているにもかかわらず、数名の中心人物の一時の不信によって、真の父母の基台となり得る選民としての資格を失ったのです。


こうした観点から見る時、神様の摂理はどれほど厳正で、且つ無慈悲なものでしょうか?また、天一国時代、いつの時よりも子女様との一体化が求められていた時に、これを果たせなかった事実はどれほど深刻でしょうか。

無論、子女様に何の落ち度もなかったと言うつもりはありません。

しかし、どんな事情があったとしても、私たちのアベルとして、兄として、真心の限りを尽くして侍るべき私たちであったはずです。

仮に、お父様に誤解が生じたなら、“それは違います”と、お父様にとりなすべきが私たちの立場だったのではないでしょうか。しかし、私たちはこれと逆のことをしてしまったのです。

顕進様の非をあげつらい、理解し難い部分を讒訴し、父母様との間の信頼を損なわせるようなことも多々あったに相違ありません。

 

何を人間的なことを言っているのだろうか?

兄弟が非難しようが、教会組織が非難しようが、それは枝葉の問題である。

重要な事は、お父様と顕進様の父と子の関係性なのである。

サタンがそれを讒訴しないでしょうか? 彼は最大の実力を行使して、真の家庭を破滅に導こうとしてきたのです。

「お母様とだけ一体化していれば、全て解決される」という人も多くいます。

しかし、原理はそうなっていません。問題は、私たちの“父母様に対する姿勢”にあったのではなく、“子女様に対する姿勢”にあったからです。

 

それは間違いである。

父母様に対する姿勢としては、真の父母とは真の父を代表とした言葉であり、真の母とは真の父の御心と御言葉に奉じて初めて存在価値が生じる位相であり、オモニのお父様に対する姿勢の堕落とその堕落したオモニに追随する信徒の姿勢に問題があったのである。

また、子女様に対する姿勢の問題とは、誰がお父様と心情一致し行動一致し生活一致している子女様であり、聖和直前までお父様が公認された最も信仰があるとされた子女様であり、その子女様に対する姿勢はどうであったかが問題の本質である。



摂理的観点からみる時、私たちはサタンの讒訴を免れ得ないでしょう。

しかし滅亡を免れ得ないソドム・ゴモラの町のため、アブラハムが必死にとりなしの祈りを捧げた時、神様は「十人の義人がいれば滅ぼさないだろう」と約束されました。

私たち統一家に、十人の義人がいないでしょうか?私は統一家全体が共に生きる道を見出したいのです。

子女様の行動が父母様の心に傷をつけたとして、子女様が父母様に悔い改めるべき点があったとしても、その前に悔い改めるべきは私たちなのです!

特に、孝進様が困難に陥ったその時から、自らがお兄さんに代わって長子の立場を守ろうとし、真の家庭に責任をもち、祝福家庭を正しく導くために、必死な思いで歩んできた顕進様の胸に、私たちはどれほど多くの心情の矢を突き立ててきたことでしょうか。

顕進様に浴びせられてきた迫害の一端を知る者として、顕進様のその間の御言や祈りを伝え聞いた時、悔い改めの涙を禁じることができませんでした。

顕進様は今もこう言っておられます。

「祝福家庭は私の家族だ。私には彼らに対する責任がある」と。

 

もしそう思うことが本当なら、

亨進様と国進様に従い一体化して、アダム家庭の三子女家庭が復帰された条件を立てるべきであろう。

そうすれば母の復帰は早く訪れることであろう。

それが、我々祝福家庭に対する責任というものである。



私たちが今すべきこと、それはまず、統一家族としての深い悔い改めであり、祈りではないでしょうか。

そうした悔い改めの渦が巻き起こり、その量が満ちる時、摂理の道も、統一家再生の道も開かれるのではないでしょうか。


私たちが見たいのは、顕進様をはじめ、真の家庭の全ての子女様が、父母様のもとに一つとなった姿であり、このような分裂した統一家族が再び一つになる姿です。

顕進様、國進様、亨進様が、天一国創建のビジョンと目的のもとに手を取り合う姿です。それが私たちにとってのビジョン2020の核心ではないでしょうか。


真の家庭さえあれば、この教会は何度でも立て直せるでしょう。それが神様の摂理の中心だからです!



(7) さいごに 


-真の息子・娘になるために


 こうした声を挙げるに至るまで、悩まない日はありませんでした。

できることなら、こうした重荷を背負いたくない、そんな思いも強くありました。しかし、祈れば祈るほど、霊的に突き動かされ、これを言わなければ、生涯、悔いるだろう、そう思えました。

古い者のできることはここまでです。

具体的に、今後、何をどうすべきは、志のある指導者たち、二世たちが教えてくれるに違いありません。

私などよりも顕進様をよく知り、子女様方を愛し、この7年間、より大きな痛みを覚えつつ、解決の道を模索しようと努力された方々がおられることを知っています。

こうした呼びかけが、そのような方々の心に届き、泥沼化した状況から、統一家全体を天願われる方向に導く一助となることを心から願ってやみません。最後に、お父様の御言と、顕進様の祈りを紹介して終わります。




お父様の御言 
― 1961年2月12 “七年の大患難時代” 


『 神様は終わりの日になれば、人類の前に7年の大患難があるだろうと予告されました。

この患難時期は6000年の歴史路程において、天の悲しい曲折が聖徒にぶつかる時です。

人間の絆がみな壊れていき、信じられない環境にぶつかる時です。

自分がどんなに良心的に正しく生きたとしても、その良心で自らの生涯を主張できない時です。

(中略)

その時は、希望が揺れる時であり、私たちが信じている信仰の中心が揺れる時であり、信じて従った指導者が揺れる時です。

(中略)

では、神様はなぜそのような世の中をつくっておかなければならないのでしょうか。

(中略)

そのような患難の中でも「神様を愛する」と言う、そのような難しい場でも「神様と共に生きる」と言い得る真の息子、娘を探すために、そのような時が来るというのです。

(中略)

神様が私たちに苦痛を与えるのは、神様との貴い一日、神様が経てきた苦痛の因縁を私たちに結んでくださるための、大きな約束であることを知らなければなりません。

そのような場で天を抱き締め、「一緒に行きましょう。

共に闘いましょう。

共に行動しましょう」と叫んで立つ人を探すために、そのような世の中が必要だというのです。

(中略)


神様が皆さんをいかなる苦痛の場に追い込んだとしても、その場で父を呼ぶことができる心をもたなければなりません。

いかなる場に落ちても、その場で天の心情のひもをつかんで上がろうと努力しなければなりません。

(中略)

その父を私の父と知り、その父の事情を私の事情として、その父の心情を私の心情として、その父の願いを私の願いとして訪ねてこられる父の前に雄々しく立って、

「(中略)私があなたの願いの実体であり、事情の実体であり、心情の実体です」と自信をもって立たなければなりません。

このような者であってこそ父の息子であり、またその父に侍ることができる者になるということを皆さんは知らなければなりません。』



顕進様の祈祷 
-2016年1月1日、真の神の日、零時の祈祷


『 (前略) お父様、私たちがあなたの真の息子・娘になること以外の、価値のない諸々のこと全てを捨てさせてください。

あなたの真の息子・娘として立ち上がるために、私たちに高潔さと神聖さを与え得るものだけを掴んで行けるようにして下さい。

(中略)

私はあなたがこの地上で摂理を実現するために、自らの責任を全うしようとする、真の担い手たちの舞台を準備して来られたことをはっきり知っています。

(中略)

お父様、あなたの種はまだ死んでいません。

あなたの主権はまだ消えていません。

そして、この身に一握りの力でもある限り、あなたのみ旨…あなたのみ旨…(涙)あなたのみ旨は必ず成し遂げられるでしょう。

そしてあなたの霊と恵みは何千何億の生命を感動させるでしょう。

また、永遠なる恩恵と救いのための約束の根となるあなたの祝福は、サタンの無知と恥辱の束縛の運命にある息子・娘たちをあなたのもとに取り戻し、彼らを神聖、且つ高貴な息子・娘にするでしょう。

そうしてこの子女たちは地上天国を建設する偉大な夢に鼓舞され、一家庭一家庭ずつ立っていくでしょう。

お父様、今日、この場を共にできない私たちの家族全員を心にとめてください。

彼らにあなたの愛と恵みを感じさせてください。彼らの心情を開き、謙虚さを見出し、その門を通して、あなたと出会えるようにしてください。

そして、お父様、もう一度、私たちの家庭が一つになるようにしてください。』

2016年11月30日 櫻井節子

 

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 孝子の中の孝子は、現在のところ亨進様と国進様のお二人である。

 

 孝子とは、家庭において、父母の前に絶対的な忠誠を尽くす人です。愛国者とは、国に対して絶対的な忠誠を尽くす人です。それでは、聖人とはどのような人でしょうか。彼らは、自分自身を主張した人々ではありません。神様を主張した人々です。神様を中心として生きた人々です。

天聖経 真の孝の生活

 

 

 孝子は、父母が生きている時に孝行しなければなりません。忠誠も、国王が生きている時に尽くさなければなりません。死んだあとでは、1000万倍の孝行も無益であり、1000万倍の忠誠も無益です。そのようにする者は、ずる賢い者たちです。

 死んでから大きな祭祀の膳を捧げるよりも、生きている時に一言でも慰労するほうが勝っているのであり、自分が悲しみの相対となってその心を慰労することのほうが、1000万種類の食物で整えられたその祭壇よりも美しいということを知らなければなりません。死の道を追慕しながら行く人よりも、その死の道に行く前に、目的のために行く人のほうが尊いのです。

天聖経 真の孝の生活

 

 

 

孝子になろうとすれば、父母の心の方向と常に一致していなければなりません。孝子の道を行く人は、父母と掛け離れた行動をする人ではありません

 父母が東に行けば東に行かなければならず、父母が西に行けば西に行かなければなりません。行く目的を提示したのちに、行く途中で回れ右をすれば、一緒に回れ右をしなければなりません。そこに異議があってはなりません。10度行き、10度回れ右をしたとしても、また回れ右をして従っていかなければなりません。

 反抗すれば、孝子の道理を最後まで守ることはできません。父母が狂ったことをすれば、子供も狂ったことをしなければなりません。父母の命令ならば、狂ったことでもしなければなりません。狂ったことをすること自体はいけないことであり、父母が分からずにしているならば知りませんが、分かってしているというのです

 それでは、何故父母は狂ったことをするのでしょうか?孝子の中の孝子を選び出すためには、その道しかないからです。100人の孝子がいるとすれば、その100人の中から1番になれる孝子をつくるために、その父母は狂ったことをするのです。

 しかし、その気まぐれを真実だと思い、生命を捧げてその父母の命令の前に絶対従順すれば、その人は、孝子の王になるのです。

天聖経 真の孝の生活

 

 

 神様に、「あなたが息子を引き離すような疑わしいことばかりを私におっしゃったとしても、私は信じます。『信じることはできないだろう』とおっしゃったとしても信じます。愛する父母が最も悪なる父母となって、むちで打ったとしても、私は、愛する孝子以上の心をもってあなたに従います」と言わなけれななりません。神様はそのように思っていらっしゃいます。

天聖経 真の孝の生活

 

 

 


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