原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

スティーブ ジョブズに永遠について考えてほしかった人の証

「生前にスティーブ・ジョブズと信仰について語った」 米アップル元上級副社長

2010年6月に開催した米アップル社の開発者向けカンファレンス「WWDC」で、当時最新の iPhone 4 を発表するスティーブ・ジョブズ氏=2010年(写真:Matthew Yohe)

 

米アップル社元上級副社長のロン・ジョンソン氏(58)が最近、米ストリーミングサービスの番組に出演し、2011年にすい臓がんで亡くなった同社創業者のスティーブ・ジョブズ氏と生前、キリスト教信仰について語り合う機会があったことを明かした。

アップル社で7年余り小売部門を担当したジョンソン氏は、同社の直営店「アップルストア」や、アップル製品の相談窓口「ジーニアスバー」の考案者として知られている。米大手百貨店ターゲットの副社長や、同JCペニーの最高経営責任者(CEO)などを歴任し、現在は自身で立ち上げた新会社を経営する。

小売事業に長年携わる中でモットーにしてきたのは、「隣人を自分のように愛しなさい」(マルコ12:31)という聖書の言葉だという。「仕事を通じてどのように人を愛すのですか」と尋ねられると、「それがまさにアップルストア(が問い続けてきたこと)なのです」と語った。

ジョンソン氏は、ジョブズ氏からとても気に入られていたと言い、日曜学校の教師をしていることも尊敬してくれたと話した。

「スティーブは静かなタイプの人でしたが、彼の心の中には熱く輝く神の光が秘められていました。顧客、製品、人生、そして家族に対する情熱を持っていたのです。彼は多くの素晴らしい人材に囲まれていました。彼の心は複雑でしたが、偉大でした」

交流がそれほど頻繁にあったわけではないが、アップル社に在籍していた期間に、ジョブズ氏と「永遠」について話し合うことができたという。

「(2003年に)初めてがんと診断されたとき、スティーブは好んでハワイに行くようになりました。ある時彼は休暇のためにハワイに行ったのですが、その時、私と彼は電話で信仰について長い時間話しました。私にとって信仰とは何か、そして彼が信仰を持つことはどんな意味があるのかを

「生前にスティーブ・ジョブズと信仰について語った」 米アップル元上級副社長

ロン・ジョンソン氏=2015年(写真:TechCrunch)

 

「私は1つだけアドバイスしましたが、それはとてもシンプルなものでした。『スティーブ、君ほど頭のいい人間は、永遠について時間をかけて考えるべきだ。永遠は存在するのか否か、永遠とはどういうものかということを。分かり切ったことだ、と思わないことだ』と」

ジョンソン氏はこの時、永遠について深く考えてほしかったのであって、ジョブズ氏にキリスト教を信じさせようとしたわけではないと言う。

「9割の人は至高の存在を信じています。それは、『信じなさい』と言われて育ったからだけではありません。信仰を支える多くの証拠があるので、よく考えた上で信仰を持たないというのは、相当難しいからなのです」

ジョンソン氏は最後に、「彼に私自身がどういう人間であるかをさらけ出すことが、私の役目でした」と語った。

※この記事はクリスチャンポストの記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
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 人生のすべての時間の中で、仕事に就いている人にとっては働いている時間の割合が最も多いことでしょう。
教会にやって来て礼拝を受けるときだけが信仰生活なら、神との交わりのある時間は実に限られてきます。
日本人は仕事の中に道を求めます。
同様にキリスト教徒は仕事の中に信仰を求めます。
ああ疲れた、さあ風呂に入ろう、腹が減ったから食事にしよう、さてやすむか。
それが人生ならどうなのでしょう。
 
ヘレン・ケラーを指導したサリバン先生は、
ヘレンに食事の作法を教えるために彼女と闘いました。
暴君に負ければ教えて人並みの生活ができるようにしてあげれません。
だから、負けられませんでした。
食事の皿を払い落とされても、床に落ちた食べ物を拾って皿に戻して
何度も何度もスプーンを握らせしつけました。
どれほどスプーンを投げられ、どれほど食べ物を撒き散らかされ
口に入っていた食べ物をサリバン先生の顔に吐きつけられたことでしょうか。
彼女はヘレンに主導権をわたしませんでした。
先生であることを教えるために。
 
食べものをすくったスプーンを口に近づけて食べさせるとき、
はじめにそうしたときの心情と
10回目にした時の心情と
100回目にした時の心情が
変わらない自分でありたいと思う。
対象の態度や行為によって
自分の内にある愛や外に出た態度が変わるなら
自分に教えることができる資格はないのではなかろうか?
 
サリバンはどうわれわれに答えるだろうか?
 
 


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親日国家のトルコはオスマントルコ帝国の復興をもくろんでいる危険な側面がある

以下にオスマントルコ帝国の特徴がまとめられているので引用したい。

このサイトには歴史的経緯なども紹介されているが、ここでは特徴を押さえておきたい。

 

オスマン帝国 より引用

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(2)オスマン帝国の特徴

ヨーロッパの近代国家とは異なった国家形態をもっていた。

イスラーム教国であること

:政治権力者であるオスマン家のスルタンは同時にイスラーム教世界の統治者であり、特に1517年にマムルーク朝を倒して聖地メッカメディナの保護権を得てからは、スルタンはスンナ派の宗教的指導者としてカリフを称し、単に帝国の権力者にとどまらずイスラーム世界の中心にあると意識された。特にオスマン帝国の衰退期にはスルタンはカリフの継承者であるというスルタン=カリフ制が強調された。また帝国の統治下ではイスラーム法(シャリーア)が施行された。しかし、従来のイスラーム国家と同じく、他の宗教に対しては租税を納めるかぎりにおいてその信仰を認めるという寛容策がとられた。特にメフメト2世以降は、ギリシア正教アルメニア教会・ユダヤ教の産教団には自治が認められたという(ミッレト制)。19世紀以降の末期となると、オスマン帝国イスラーム信仰を核とした宗教国家として存続させるというパンイスラーム主義と、トルコ民族を中心とした世俗的な多民族国家として再生を図るというパンオスマン主義とが国家路線をめぐって対立することとなる。

激しい征服活動

イェニチェリ軍団を中核とした強力な軍事力のもと積極的な征服活動を展開してバルカン半島を支配し、さらにビザンツ帝国を滅ぼして、その後も数度にわたってウィーンを包囲するなど、隣接するキリスト教カトリック世界に対して大きな脅威を与えた。一方、東側で隣接するシーア派イスラーム教のサファヴィー朝イランとも激しく抗争した。オスマン帝国の征服活動を支えた軍事力は、初期においてはティマールという知行地を与えられたトルコ人の騎士であるシパーヒーであったが、次第に独自の常備軍制度であるイェニチェリといわれる軍団が中心となっていく。

多民族国家と「柔らかい専制」

オスマン帝国トルコ系民族による征服王朝であり、支配層はトルコ人であったが、その領内にはアラブ人、エジプト人、ギリシア人、スラヴ人ユダヤ人などなど、多数の民族から形成される複合的な多民族国家であった。その広大な領土と多くの民族を統治するため、中央集権的な統治制度を作り上げたが、その支配下の民族に対しては、それぞれの宗教の信仰を認め、イスラーム教以外の宗教であるキリスト教ギリシア正教ユダヤ教アルメニア教会派などムスリムにたいして改宗を強制せず、宗教的集団を基本的な統治の単位としていた(これをミッレトという)。このような、中央集権的な専制国家でありながら、支配下の民族に対して宗教的にも政治的にも一定の自治を認めていたオスマン帝国の特徴は「柔らかい専制」と言われてる。<鈴木董『オスマン帝国イスラム世界の柔らかい専制-』1992 講談社現代新書

中央集権体制

 オスマン帝国はスルタンといえどもイスラーム法の規制を受ける宗教国家であり、また「柔らかい専制」と言われる他宗派、他民族への寛容な性格を持っていたが、同時に専制国家としての中央集権体制の維持、強化に努めた。スルタンの直轄地は州・県・郡に分け、州には総督、県には知事、郡にはイスラーム法官を中央から派遣した。直轄地以外にはエジプトチュニスのように現地有力者を太守(パシャ)に任命して統治させた。また黒海北岸のクリム=ハン国などのように属国として支配した地域もある。
 スルタンを補佐し、実質的な政治にあたる官僚機構の頂点にいたのが大宰相(ヴェズィラーザムであり、形式的にはスルタンの御前会議で最高政策が決定された。官僚(書記を意味するキャーティプといわれた)は文書の管理にあたり、宮廷と国家の財政を実質的に処理した。

補足 オスマン帝国には公用語がなかった

 「公用語のない国家があると聞けば、そんなものは、お伽噺の世界にしかあり得ないと誰しもが思うことだろう。しかしそういう国が、少なくとも一つだけは、近代の世界に存在したのである。・・・オスマン・トルコ帝国には、はじめのころ、公用語と呼ぶべきものがまったくなかった。・・・オスマン・トルコ帝国の場合、特定の言語を被支配者に押しつけようという意図が、帝国崩壊にいたるまでついぞなかったのである。」イスラーム教徒にとってはアラブ語が、キリスト教徒はそれぞれギリシア語アルメニア語、アッシリア語を宗教用語として用いていた。一方、文化教養言語としてはペルシア語が幅をきかせ、商業用語としてはギリシア語を用いるのが普通だった。ずっとあとになってスルタンの宮廷で成立したオスマンル語は、トルコ語を基礎にアラブ語とペルシア語の語彙と文法構造を織り交ぜた混成語であった。公文書はオスマンル語で書かれることになっても、宮廷外で一般民衆に強制されることはなかった。トルコ語は支配民族の言語であったにもかかわらず、「無学文盲の輩」の言葉として蔑まれ、近隣のペルシア語、アラブ語、ギリシア語からおびただしい数の語彙を借用した。帝国末期にギリシア人、ブルガリア人、ルーマニア人、セルビア人、アルバニア人などが次々と民族国家を形成していく過程で、その反動として初めてトルコ人にも民族意識が芽生える。トルコ語が書記言語として成立したのはトルコ共和国が成立した後に、アラブ文字を用いるオスマンル語にかわってラテン文字を採用してトルコ語が真の意味でトルコの公用語となった。<小島剛一『トルコのもう一つの顔』1991 中公新書 p.22-24>
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最近の情勢を伝えている記事は以下にある
 

因縁の隣国・トルコとギリシャ“歴史的訪問”の背景 | 国際報道2017 [特集] | NHK BS1

より引用

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増井
「先週、トルコのエルドアン大統領がギリシャを訪れました。
エーゲ海を挟んで向かい合う両国ですが、かつてはオスマン帝国という1つの国でした。」



花澤
「今のギリシャとトルコになったのはおよそ100年前で、以来、両国は対立し、トルコの大統領が訪問するのは、実に65年ぶりのことです。
“雪解け”を期待する声もありましたが、ギリシャのメディアは『歴史的な失敗』と伝えています。」

エルドアン大統領の“歴史的”訪問

先週、ギリシャを訪問したエルドアン大統領。
ギリシャのパブロプロス大統領、チプラス首相と相次いで会談しました。
両政府は、鉄道やフェリーなど2国間の交通網の整備や、観光の促進、それに、難民問題での協力を進めていくことなどで一致しました。
しかし、100年近く前の条約で確定した国境線について、ギリシャ側が「見直すことは許されない」と主張したのに対し、エルドアン大統領が「再検討すべきだ」と反論。

翌日のギリシャの新聞は、エルドアン大統領を「征服者のような態度」と批判。
歴史的な訪問ではなく、「歴史的な失敗」と結論づけました。

松岡
「そのギリシャとトルコ、両国の間には、数多くの課題があります。
その1つが、シリア難民の受け入れ問題です。
イスラム世界のトルコと、EU=ヨーロッパ連合加盟国のギリシャ

多くのシリア難民は、トルコから船でエーゲ海を渡り、ギリシャへ。
そこから経済状況のいいドイツやフランス、ベルギーなどを目指しました。
しかし、EUに難民が殺到して大きな問題に。
EUはトルコに、難民対策のための支援金を渡す代わりに、難民をトルコ領内にとどめるよう求めました。
しかしトルコは、負担が大きいと、難色を示しました。
EUとトルコは加盟国交渉を続けてきましたが、なかなかな進まず、関係が悪化しています。
一方、ギリシャは経済の低迷が続いています。
今回の訪問をきっかけに関係を改善できれば、経済の底上げや難民問題の解決につながるという期待も出ていました。
しかし会談では、領土問題で意見が対立。
関係改善の難しさが浮き彫りになりました。
どうしてギリシャとトルコは折り合えないのか。
そこには根深い因縁の歴史があります。」


ギリシャとトルコ 因縁の歴史

ギリシャ第2の都市、テッサロニキです。
町には、多くのトルコ人観光客が押し寄せます。
彼らのお目当ては…。


森健一記者(カイロ支局)
「こちらには、トルコの初代大統領の土産物がたくさん並んでいます。





と言いますのも、あちらの建物、彼が生まれ育った場所なんです。」

トルコの初代大統領、ケマル・アタチュルクは、当時、オスマン帝国だったこの街で生まれました。
トルコ建国の父・アタチュルクが、今やギリシャにとっての観光資源となっているのです。
去年(2016年)博物館を訪れた観光客は、10万人以上
そのほとんどがトルコ人で、ギリシャを訪れるトルコ人の数は年々増加しています。


トルコ人観光客
「来てよかった。」

トルコ人観光客
「私も感動しました。」



トルコ総領事館 オルハン・オカン総領事
「博物館を訪れる観光客がテッサロニキの経済に貢献しています。
トルコとギリシャの文化的、経済的な結びつきを強めているのです。」

経済交流が進む一方で、ギリシャの住民の中には、トルコに対して複雑な感情を抱く人たちもいます。

テッサロニキから車で1時間ほどの村、人口500人あまりのモノブリシです。
住民の大半は、およそ100年前にトルコから移り住んだ人たちの子孫です。
住民は、祖父母の時代の記憶をとどめようと、当時の写真や道具などを大切に保存しています。


住民
「(聖母マリアの肖像は)トルコから持って来たものと思われます。」






村で生まれ育った、ディミトリス・キオツキスさんです。
幼いころから、祖父母が戦火を逃れてきた時の話を聞いて育ちました。

ディミトリス・キオツキスさん
「財産を持ち出そうとした人は、トルコの軍に殺されるような状況だったそうです。
祖母は、いつも泣きながら話していました。」

祖父母たちがトルコを追われたのには、ギリシャとトルコの争いの歴史が関係しています。

1832年、ギリシャオスマン帝国から独立した後も、両者は領土をめぐって激しい戦闘を繰り返します。
戦闘は拡大し、一般市民の虐殺までも行われるようになり、身の危険を感じたキリスト教徒のキオツキスさんの祖父母は1922年、着の身着のままでギリシャ側に渡ったのです。
その翌年結ばれたローザンヌ条約によって、今のギリシャとトルコの領土が確定しましたが、戦いの傷跡は、今も人々の心の中に深く残っています。
祖父母はトルコを恨んでいましたが、キオツキスさんは、今のギリシャの危機的な経済を考えると、トルコとの関係の改善が必要だと考えています。

エルドアン大統領がアテネを訪れた日。
その「歴史的」訪問を、キオツキスさん夫妻も固唾を飲んで見守っていました。
しかし。


ギリシャ チプラス首相
「領土問題に関して国境に問題はない。」






トルコ エルドアン大統領
ローザンヌ条約の新しい解釈が必要だ。
われわれは、長期的で実行可能な解決策が欲しいと言っているだけだ。」




「歴史的」訪問で噴出したのは、互いの不信感でした。

ディミトリス・キオツキスさん
エルドアン大統領は、無理な要求を突きつけていました。
それでも話し合いは必要で、(大統領の)訪問は価値があるのです。
憎しみを語るべきではありません。」

大きな期待の中行われた、65年ぶりのトルコ大統領の訪問。
しかし、両国の埋まらない溝を再確認する結果に、失望も広がっています。


なぜ今のタイミング?

花澤
「トルコのイスタンブールには、取材にあたっているカイロ支局の森記者がいます。
長い争いの歴史を抱えた両国ですが、なぜ、このタイミングで首脳会談が実現したのでしょうか?」


森健一記者(カイロ支局)
「互いの利害が一致したからです。
トルコは、EUへの加盟に向けて交渉を続けてきましたが、もはや現実味は完全に失われています。
それどころか、シリア内戦を通じてロシアへの接近を強め、EUやアメリカとの関係は著しく悪化しています。
ギリシャは、孤立するトルコに対し、EUとの橋渡し役として手を差し伸べて恩を売りたい。
さらには、財政の再建に向けて、金融支援を受けるEUに対しても存在感を見せつける絶好の機会と見たのではないかと思います。
トルコも、EUとの関係を立て直していくために、ギリシャにくさびを打ち込むことはメリットがあるととらえたのだと思います。」


なぜ領土問題?

増井
「ですけれども、せっかくの歴史的な訪問の時に、100年近くも前の条約に焦点があたって、火に油を注ぐような結果になってしまったのは、一体どうしてなのでしょうか?」

森記者
「トルコ側からしてみれば、不意打ちを食らった形です。
『この条約を見直すべき』というのは、以前から一貫して主張していることです。
エルドアン大統領が訪問前にギリシャのメディアのインタビューに対して言及したことが大々的に報道されました。
パブロプロス大統領がそれを意識してか、エルドアン大統領との会談の冒頭で、ギリシャの立場を伝えたという経緯なんです。
トルコのメディアは、ギリシャ側のぶしつけな態度にエルドアン大統領はよくこらえたという反応でした。
結果的には、ぎくしゃくした印象が強くなったんですが、今後の2国間関係への影響は限定的だと思います。
トルコ側は、首脳同士の対話が、まずは始まったことそのものを歓迎しています。
両者は、オスマン帝国の支配階層だったトルコ系と、少数民族だったギリシャ系という関係でして、トルコ側の方が今の段階では、どっしりと構えているという印象を受けます。
両国にとって共通の課題である経済の活性化、これは領土問題を置いておいても進めることはできます。
鉄道やフェリーなど、2国間の交通網の整備について、来年(2018年)2月には実務レベルでの協議が行われる予定です。
まずは、経済を糸口に少しずつ関係の改善を図ることになると思います。
ギリシャとトルコは、ヨーロッパと中東が接する最前線です。
難民問題をはじめ、この2つの地域が抱える問題に大きな影響を与えるだけに、今後も注目していく必要があると思います。
以上、イスタンブールからお伝えしました。」


エルドアン大統領の“歴史的”訪問

増井
「首脳同士の対話が、まずは始まったところですが、トルコとギリシャの溝は、やはり深かったということなのでしょうか?」

花澤
300万人ものシリア難民を抱えているトルコというのは、ヨーロッパの生命線を握っている存在です。
そして、シリアやイラクでのIS対策などでも存在感を高めて、非常に重要性が増している国ですよね。
NATO加盟国であり、EU加盟を希望していながら、最近は、欧米との関係が悪化して、逆にロシアと関係を強化している。
存在感を増すトルコをEUがつなぎ止めるのか。
ギリシャとの関係改善も1つの鍵となりそうです。」

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 さてトルコがイラクで取れた石油をヨーロッパに送る中継として重要であるが、

さらにパイプラインが増えるかもしれないという。

 

イラクの原油パイプラインネットワーク、トルコを含む近隣諸国への原油輸送で重要な役割 | TRT 日本語 より引用

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イラク原油パイプラインネットワーク、トルコを含む近隣諸国への原油輸送で重要な役割

イラク中央政府は、建設予定の新たな原油パイプラインネットワークが、トルコも含む近隣諸国への原油輸送において重要な役割を果たすことになると伝えた。

イラクの原油パイプラインネットワーク、トルコを含む近隣諸国への原油輸送で重要な役割

ジャバル・ルアイビ石油大臣は、新たな原油パイプラインネットワークがイラクを縦断し、高価で危険なタンカーによる輸送を停止すると述べた。

パイプラインは、トルコを含むイラクの近隣諸国に輸送する原油輸送で重要な役割を果たすことになる。

現在は、イラク北部からトルコに延びるパイプラインが1本ある。

 

(2017年12月16日)

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ロシアに対するテロ情報を提供したトランプ政権にプーチンは感謝した

フェイクニュースによるトランプ大統領バッシングは今ロシア疑惑の捏造がメインのようだ。

そんな折、バノンが訪日しているという。

誰か駆けつけたのだろうか?

 

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アメリカ・トランプ大統領の「最側近」とされるスティーブ・バノン前首席戦略官が、NNNの単独インタビューに応じ、北朝鮮問題で中国に対し、さらなる関与を求めた。

都内で行われた政治イベントのために来日したバノン前首席戦略官。8月の辞任後もトランプ大統領に対し、電話で頻繁に政策を助言しているという。

 焦点となっている北朝鮮への対応については、中国への不満をあらわにした。

――中国が今まで「北朝鮮の状況を変えられない」と言ってきたことは言い訳に過ぎない。額面通りに受け取らず中国に引き続き圧力をかけ続けなければいけない。

バノン氏は、18日にトランプ大統領が発表する国家安全保障戦略でも、北朝鮮問題における中国の役割を明確に位置づけるとした。

また、トランプ大統領は今月、中東・エルサレムイスラエルの「首都」と認定し、ヨーロッパなどから批判を浴びているが、バノン氏は「歴史の明らかな事実だ」と反論した。

――大統領は全ての「ノイズ」を遮断する。アメリカの人々は何が正しくて間違っているか、ヨーロッパ諸国のレクチャーを必要としていないし受けない。

一方で、トランプ政権とロシアを巡る一連の疑惑については証拠がないと強く否定した。

――(大統領選での)ロシアとの共謀はない。しかし今、捜査は幅広い範囲になっている。大統領は問題なく切り抜けられると思うが、この問題に時間とエネルギーを使われている。

バノン氏は、「去年の大統領選に敗れた人たちは選挙を無効にしたいのだろうが、大統領の支持者たちがそれを許さないだろう」と批判勢力をけん制した。

日テレ24NEWSより

 

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バノン氏 フェイクニュースの報道機関としてNHKの名称をあげる - ライブドアニュース

より引用

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会見するスティーブン・バノン氏=17日、東京都渋谷区(桐原正道撮影)

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 トランプ米大統領の有力側近で首席戦略官兼上級顧問を8月まで務めたスティーブン・バノン氏が17日、東京都内で記者会見し、情報を過去に誤って伝えたフェイク(偽)ニュースの報道機関として、「NHK」の名称をあげた。

 バノン氏は以前から、トランプ氏をめぐる報道について痛烈に批判しており、日本の報道機関がやり玉に挙がった形だ。

 バノン氏は会見で、トランプ氏が米CNNテレビなどの大手メディアを攻撃している問題に触れ、「私も個人的にメディアに反発したいわけではないが、(誤っているのが)真実だから語っている」と話した。

 その上で、米紙ニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト、CNN、英BBCテレビなど海外の報道機関とともにNHKを挙げ、「(大統領選中のトランプ氏の報道などを)調べてみれば全てが間違っていた」と批判。具体的な記事については言及しなかった。

 NHKをめぐっては、バノン氏が今年11月に放映された単独インタビュー中、北朝鮮問題について質問する記者に対し「あなたたちは日本のCNNに違いない」と皮肉を言う場面があった。

 会見では、18日に公表予定のトランプ政権初の包括的な安保政策文書「国家安全保障戦略」について触れ、「政権が9カ月間、(作成に向け)取り組んできた」と説明。「北朝鮮の行動は原則的に中国に責任があると明確にすると思う」と指摘した。

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アメリカではトランプ大統領がいつづけると困ることになる人々がトランプ大統領フェイクニュースで攻撃してきた。

木村太郎氏がフェイクニュースを暴いておられるのは頼もしい。

このたびプーチンがロシアで計画されていたテロ情報をアメリカから譲り受け、未然に防ぎ犯罪者たちを逮捕しているという。

 

テロ抑止のCIA情報に謝意 プーチン氏がトランプ氏に - BBCニュース より引用

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計画されていたとされる攻撃はカザン聖堂(写真)が標的だった

拘束された容疑者たちはカザン聖堂(写真)を攻撃しようとしていたとされるImage copyrightGETTY CREATIVE STOCK
Image caption拘束された容疑者たちはカザン聖堂(写真)を攻撃しようとしていたとされる

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は17日、ドナルド・トランプ米大統領との電話会談で、米中央情報局(CIA)による情報提供によって、サンクトペテルブルク中心部にあるカザン聖堂での爆発攻撃を抑止できたことに謝意を伝えた。

攻撃は16日に実施される計画だったという。

ホワイトハウスは発表文で、「テロリストたち」は、「多数の人が殺される可能性があった」攻撃が実施される前に捕まえられたと述べた。

ロシアの連邦保安局(FSB)は、過激派組織のいわゆる「イスラム国」(IS)を支持する7人の容疑者を拘束し、大量の爆発物や武器、過激主義の書籍を押収したと発表した。FSBの発表文(ロシア語)は、容疑者たちの集団は宗教施設を自爆攻撃することで市民を殺害しようとしていたと述べた。

ロシアの大統領府も発表文を出し、カザン聖堂や公共の場所を標的にした爆発攻撃が予定されていたとし、プーチン大統領トランプ大統領に対し、ロシアの特殊組織が米側の同様の機関に対してもテロの危険に関する情報を提供すると語ったと明らかにした。

両国政府によると、プーチン氏はトランプ氏に対し、CIAの長官およびCIA内の関係者に謝意を伝えてほしいと述べたという。

CIAなど米情報機関は、昨年行われた大統領選でロシアが共和党候補のトランプ氏を勝利させようと介入したと考えているが、共和党はそれを否定している。

司法省の指名を受けたロバート・ムラー特別検察官が現在、ロシアとトランプ氏陣営の関係者の間に共謀がなかったか捜査を行っている

両大統領が最も最近顔を合わせたのはベトナムで先月開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議Image copyrightEPA
Image caption両大統領が最も最近顔を合わせたのはベトナムで先月開かれたアジア太平洋経済協力会議APEC)首脳会議

トランプ氏はロシアとの共謀疑惑を全面的に否定しているが、ロシアと「建設的」な協力の重要性について触れている。

米ロ首脳が電話会談を行ったのは過去1週間で17日が2回目。ホワイトハウスによると、14日の会談では、北朝鮮問題が話し合われたほか、プーチン大統領が毎年年末に行われる記者会見で「米国経済が好調だと認めたことに」トランプ大統領が謝意を表したという。

17日の電話会談についてホワイトハウスは、CIAの情報提供によるテロ抑止が「両国が協力すれば前向きなことが実現できるという一例になった」との見方で両首脳が一致したと述べた。

サンクトペテルブルクでは今年4月に地下鉄で起きた爆発で少なくとも13人が死亡。イスラム聖戦主義者らによる犯行とみられている。

(英語記事 Trump Putin call: CIA helped stop Russia terror attack

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