原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

真の父母経には「第三エバ」が加筆され登場?

ソウルに住む6500双の男性によると、韓国版の真の父母経は8万ウォンほどで提供されたようだ。

今回もたらされた経典の特徴は、小見出しが施されているだけではなく、赤字で御言葉の補足説明が為されているという。

この赤字での説明中には「独生女」や「第三エバ」という言葉が随所に盛り込まれているというのである。

この方はこれは問題であるとしている。

真の父母経の問題点: 天一国主人、真の愛とは何でしょうか

 

私は前回のブログ記事で、神様は被造世界に対してではなく、自体内においても中和された主体として、かつ男性格として存在することを御言葉で確認してきた。

元々そのようなお方であるから、そのお姿に似せて展開し創造された世界に対しても、同様に男性格主体としておわされるというわけである。

この様相はお父様とお母様の関係性においても当然、同格ではなく挌位があると言うことである。

この点を御言葉を扱う際に準じて説明すると、

ちょうど太陽が月を照らすことによって、はじめて月が輝きを持つように

お父様という太陽の光、すなわち御言葉が、お母様という月に差し込めて、はじめてお母様という月は輝き始めるということである。

もう少し具体的にいうと、女性格対象であるということを、御言葉を語るということに当てはめていうならば、お母様のスタンスは、

「お父様が~とおっしゃられたので、そのようにしなさい。」

という形式に基本的にはならなければならない。

お父様の光に照らされて、その光ゆえに輝いたお母様が、その光をそのまま我々子女に注がなければならないのである

これこそが、女性格対象として存在する真の母の位相である。

すなわち、自ら発する光を私は持たず、ただ真の父の光によって私は初めて輝き、その光によって万民を子として抱くのが真の母の位相である。

そうであるならば、「独生女」の言葉でことさら強調する必要もなく、「第三エバ」という聞き慣れぬ言葉で説明することも意味がないどころか、弊害が生じる。

かえってお母様の価値を引き下げる結果となるような編集は避けるべきである。

夏には日本語版が出版されるというので、実際にどのようにそれらの言葉が現れ、用いられているかはっきりすることであろう。

お母様を月ではなく太陽にする必要があるだろうか?

甚だ疑問である。

お父様は宗教的体験の中から御言葉を復帰され信仰してこられた。

お母様は宗教的体験そのものによって信仰してこられた。

お父様にとっては15歳のイースターでイエス様にお会いして使命を継承され、神のみ旨を歩む以前の人生は、正しい人生であったが神に対して申し訳なく思う負債を感じておられた。この恨を信俊様が解いて差し上げた。

ところが、お母様は生まれた時から神の子として徹底教育を施されている。

ここにサタンが御旨を攻略するモチーフがあった。

これを匠に利用し最大限の成果を挙げるべく、サタン「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました。」と活動しているのである。

 

M氏は真の父母様は成長されず、子女様には成長があるとお考えのようである。

それなら、聖婚式を3度する必要があるだろうか?

 

お母様はお父様より23歳も年下である。

かりにお父様とお母様は、真の父として、真の母として、それぞれ等速度でご成長されたとしよう。

するとお父様とお母様の間には「成長のタイムラグ」が発生していることになる。

この「成長のタイムラグ」は「心情のタイムラグ」でもある。

最初の御聖婚の情況は如何であっただろうか?

お父様は1960年当時、蘇生・長成・完成の三段階を経て個人的には直接主管圏に至っている。しかし、厳密には完成期は二人で成長する過程である。

そこでお父様は完成した立場、メシアである基準から、お母様がおられる長成期完成級のところまで、一旦降りていって、そこでお母様と共に再び完成期をあゆまれるという形になったのである。

これがタイムラグである。

私たちで喩えるなら条件的祝福である。

御聖婚は三度行われ、三度目はお父様が聖和された以降なので、ちょうど興進様と薫淑様のときのように、女性のみ地上に立たれて行われたのであった。

そこで三度目の御聖婚も成立可能であったはずであった

 

最近以下のような内容を目にしたが、あえて意見を言う価値もなかろうと考えて、筆を止めていた。だが恐らくこの見解は韓国ばかりか日本の中央本部の方々の見解でもあることだろう。それでも永らく信仰してきた人々であるので、それぞれの御意見もお持ちであることだろう。

『亨進ニム擁護者に対する反論』M氏 2015年6月26日

文亨進様と一緒に真の御父様に帰ろう!참아버님 문형진님 !: 『亨進ニム擁護者に対する反論』 2015年6月26日

 

この方は5つの点で亨進様の主張に反論している。列挙すると、

 

論1●お母様の完成と一体を何度も宣布されたお父様

반론 1   어머님의 완성과 일체를 여러 번 선포하신 아버님


反論2●『天聖経』増補版出版はお父様の遺志に基づく

반론 2   "天聖経"증보판 출판은 아버님의 뜻에 근거


反論3●父母様と違い成長期間の責任分担がある子女様

반론 3   부모님과 달리 성장기간의 책임분담이 있는 자녀님


反論4●父母様が内室で語られたことを論ずる過ちについて

반론 4   부모님이 안방에서 말씀하신 것을 논하는 잘못에 대해


反論5●お父様の聖和とお母様の赦しによって迎えられた基元節

반론 5   아버님의 성화와 어머니의 용서에 의해 맞이하게 된 기원절

 

 特に反論1に関する事は、我々にとっても難問中の難問であるように感じられる。

私はこの問題を上記に記した「成長のタイムラグ」や「心情のタイムラグ」に関係するのではないかと考えている。

 

亨進様の語ったことをM氏は以下のように引用している。(今後引用文の太字は私の処理であることを明記する)

 

亨進ニムは5/24の「天の基準」という説教で、お父様が2007年5月11日に語られたという、「今やお母様は2013年6月16日までに自分を完成させなけばなりません」というみ言葉を根拠に以下のように語られました。


2007年にお父様は、お母様が完成されなければならない期限を2013年6月16日に設定されました。お父様の聖和後になりました。聖和後約9カ月です。お母様にはまだ果たすべき責任分担が残されていたことが分かります。その責任分担をお母様は果たさなければなりませんでした。神様の直接主管圏に入っていないことは明らかです。自分で完成されなければなりませんでした」
 
 
お母様が勝利しなければならない内容とは何かと言った場合。
普通の信徒に推測できることは、
一つがお父様に対する絶対従順であり、
もう一つは子女様、特に男性の子女様3人を一体化させてお父様に繋ぐことである。
ノアを迫害したノアの妻にはこれができなかった。
 
後者については、M氏は孝進様を中心とした3人の事が説かれている御言葉をあげている。
 

「先生にとって死が恐ろしいでしょうか?私はお母様にいいます。『私が霊界に行く日が近づいてくるので、私がいる間に早く急ぎなさい』とお母様にいうのです。お母様と息子娘を全部皆、訓練しなければならないのです。今や分かっているのです。みんな準備して置かなければならないでしょう?そうしなければ泥棒に奪われるでしょう?お母様が第2教主の資格がありますか、ありませんか?(『あります』)大講堂に初めて現れるのに、あれほど堂々として男の度胸をもって、お母様以上にできるという人、手を上げてみなさい。(お母様から)多く学んだでしょう?お母様がそうするとは夢にも思わなかったでしょう?どうですか?(『そうです』)たくさん尊敬しなければなりません。先生は今や70を越えたので、ゴミ箱の近くに行きましたが、お母様は今ゴミ箱を収拾して、それを皆、掃除できる主人となったので、先生よりもお母様をもっと重要視することができる統一教会の教徒となれば、福を受けるのです。分かりましたか?(『はい』)お母様は、生きている間に孝進を完全に訓練させなければなりません。3人の息子を訓練させるように指示しているのです。(1991.10.19)

 

この時孝進様が28歳、顕進様が22歳、国進様が21歳である。

弟子たちの不忠によって、なかなか檜舞台に上がることができなかった孝進様が活動し始めた頃である。お母様に重心が置かれたことは当然であろう。

成長された御子女様を迎えた今日では、状況が違ってきている。

 

 

 アダム家庭を取り戻すためには、父母とカインとアベルとセツのそれぞれ相対者の合計8人が必要である。

3男子はカインとアベルとセツ。

現在では、顕進様と国進様と亨進様の3人か、

それが難しい際は、

国進様と亨進様と権進様の3人になる。

 

亨進様はお母様がお父様と一体化していないと言われ、

我々は3人の御子女様が一体化していないことを見ている。

いずれにせよ、お母様には残された責任分担があることが予想されるのである。

 

2007年にお父様は、お母様が完成されなければならない期限を2013年6月16日に設定されました。お父様の聖和後になりました。聖和後約9カ月です。お母様にはまだ果たすべき責任分担が残されていたことが分かります。

 

 

ここにはタイムラグがある。

最初の御聖婚の時と同じように

最後の御聖婚においてもである。

2013年6月16日というタイムリミットは、最後の御聖婚のなされた後である。

それ以前にお母様は勝利されているという考え方もある。

しかし、M氏が引用したように、お父様は3人の男性の子女様を一人の人格としてみている。

 「お母様は、生きている間に孝進を完全に訓練させなければなりません。3人の息子を訓練させるように指示しているのです。」

 

お父様が俳優の三つ子につけられた名前は、月明かりさんによると

大韓 民国 万歳

 

子女様の名前の由来は、繋がりを持って一つの人格のようである。

 

孝進というのは、孝行することによって祝福家庭が勝利するのである。興進の「興」はさかえ、顕進の「顕」はあらわれるという意味である。祝福を受けて初めてあらわれるという。国進様はどこで現れるかといえば国に現れる。国進様はそのような責任がある。権進様は国に現れて権勢をもたらし、統一教会の権進様は、権勢をもたらしてくれる。

 

亨進様の子女様たちの場合は

 

<信八様>

君の名前はお父様が下さったものだが、信は信仰、八は「完成」だとお父様は説明して下さった。

君の名前は「信仰の完成」を意味するんだよ。

 

<信満様>

お父様が下さった君の名前の意味は「信仰」が「満ち溢れる」ことだよ。
お父様を中心に置き、人生の目的にする時、君の祝福は満ち溢れるものになる。

 

<信俊様>

君の名前は「信仰」「優れている」だ。
君の使命はその信仰の上に立ち試練と迫害を越えていつか真の信仰を見出し神様のために優れた者となることだ。
おまえは将来、真実な永遠の王の上に栄光をもたらすだろう。
命を懸けて、たとえ命を失うことがあっても神様に栄光をお返ししなさい。

 

<信得様>

君の名前は、豊かな実りを得る、収穫する信仰だ。
キリストを中心とする信仰を持つ時、神の勝利を得るだろう。
祝福され、多くの勝利を得るだろう。

 

王アッパがおまえたちをどう呼んだか覚えているかい。
「パル・マン・グン・ジュン・ドゥク」一つにして呼んでおられたことを覚えているかい。
韓国語の意味は「八万の宮殿を得る」という意味になります。

 2015年5月24日「天の秩序」The Standard of Heaven より

 

3人の子女様は一つにならなければならない。

それが聖和されたお父様の悲願だからである。

3人の子女様が欠落しているので、お母様は存在の基盤を失い、必要にない試練にさらされるようになってしまわれた。

我々が子女様を支えて一つの如くにお仕えできなかったためである。

 

もう少しだけM氏の主張を見てみよう。

 

Mさんが最初に出された、亨進ニムが切り札とされている亨進ニムに対するお父様の宣布文は、それを書かれる時の映像をご覧になっても分かるように、お母様がお父様に願われて、お父様が書かれたものであり、「万王の王は神様、真の父母様も一方の父母」で始まり、「以上の内容は、真の父母の宣布だ」で終わっています。つまりお父様とお母様が出された宣布であるため、それを訂正できるのはお父様とお母様だけです。そして、お母様は、亨進ニムが悟られ、戻ってこられることを待ちに待たれましたが、今回のような行動を始められた時に、世界会長の職位と権限を停止され、代わりに善進ニムを立てられたわけです。すなわち、私たちはカインの子女として、アベルの子女である善進ニムと一つになってお母様のもとにつながり、お父様と一つになることで神様と一つになることができます。それが実体基台です。

 

「それを訂正できるのはお父様とお母様だけで」

これは誤り。

訂正できるのはお父様と、お父様に指名された亨進様だけである。

お母様に変更可能であるものを、お母様があれほど執拗に、お父様に対して色紙に書くことを求められるだろうか?

お母様にも変更できないものだからであろう。

 

M氏はお母様にも変更できる根拠として

 

そしてここで書かれたお父様の文章でも、お父様は亨進ニムをその時、「代身者、相続者」と書かれたのであって、「後継者」と書かれたわけではありません。なぜならば、「後継者」という言葉が、ふつうの国語的な意味として、真の父母様を後継する、つまり第二の真の父母とならざるを得ない用語だからです。もちろん、亨進ニムが「自分は真の父母ではない」と否定していることは誰もが知っていることです。しかし、「後継者」という言葉がそのような意味を持ってしまうのです。「代身者、相続者」ならば、私たちすべては世界の前に真の父母様の代身であり、子女である以上皆、相続者であるという言葉になります。

 

この方は頭が混乱しておられるのだろうか?

これを王様と王権に喩えてみれば一目瞭然である。

「(王の)代身者(であり)、(王権の)相続者」

これを一語で別の言葉に置き換えると、「後継者」

何か問題があるだろうか?

亨進様は真の父の代身者であり、真の父の権能の相続者である。

M氏は自ら異端者・爆破者にならぬよう気をつけることである。

中途半端にお母様を愛しているので

真の愛でお母様を愛されている亨進様が見えないのである。

 

昨日この記事を書きながら、ふと自分が好きだった文章が、新天聖経では削除されていたことを思い出した。

その事を忘れ書いていたが、随分経ってから横にある旧天聖経を見ろと神が催促される。そこで天聖経を持ちいつものように開こうとした。ふと、左側の方を開くように願われている気がして開くと、その削除された文章が現れた。

 

天が直接的に現れて関係するのです。神様の直接主管圏内ということです。神様が現れても、皆さんは分からないために、先生が現れて代身になるのです。そのように直接主管を受ける圏内で生きなければなりません。

地上生活と霊界より ⑥君臨(実体役事)

 

 まさに現在の亨進様を表すのための言葉である。