原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

天意がどこにあるかを独立者は見分けられなかった 今後には大きく羽ばたくと期待したい

立派な退会届を出された独立者には、

天意も民意の多くも会長の右腕として活躍されるだろうとの期待があった。

行動力は素晴らしいのですが、

方向性に問題がしばしば現れました。

こうして度々重要な局面で天意の方向性から逸脱していく様子をみると

家庭連合時代からの習慣なのでしょう。

 

王様が被っている王冠とは全く違うものを造られて被られました。

本来王冠を被ることができて後、思いあってそこに責任を持ちたいとして

別のものも被るのは良いかもしれません。

だが、王冠を守らずしてどうするというのでしょうか?

本来王冠は、王だけが被っても意味をなさず、

王妃だけが被っても意味をなしません。

韓鶴子オモニは偽の基元節で、お父様の王冠を用意せず、

自分だけが王様用のクラウンを被りました。

 

強硬な態度に出れば相対者が心を閉ざすのは誰が見ても明らかでした。

もし、相対者を取り戻したいなら、温厚な路線を取るべきでしょう。

敢えて強硬に行くなら、再婚を考えて戦うのが主の路程です。

そうでなければ、結局のところサタンに王冠を奪われてしまうからです。

そのことを知らなければなりません。

 

何を独立者は重視するというのでしょうか?

大物復帰がしたいなら、人脈のある会長と一体で

何故歩まないのでしょうか?

自分の実績ではなく、会長の実績になってしまうことが寂しいというのでしょうか?

そんなことはどうでも良いことです。

多くの食口に家庭連合の歴史上かってないような反乱が

オモニによってなされていることを知らせて

お父様の権威に戻ってもらうことが望みだったのではなかったのでしょうか?

そうであったはずです。

勝利した洗礼ヨハネになるためには

「彼女は安らかに栄え、私は淋しく衰える」

この心情を克服しなければなりません。

 

神は、忙しい、本当に忙しく動く会長に

洗礼ヨハネのような人を与えました。

だが、その人は洗礼ヨハネのように

別の道を行かれました。

 

現在、海洋摂理は誰の主管にあるのでしょうか?

その摂理は今王様が取り組んでいるものでしょうか?

 

栄進様のことを語る霊能者は誰に繋がっているのでしょうか?

それが重要な啓示であるとして、

何故、王様に直結するようできないのでしょうか?

 

私がここに来て危惧するのは、

我々男性が通過する「摂理をきちっと説明できて一人前」

という感覚の落とし穴のことです。

摂理は語れるがみ言で自分を聖別できない。

これがわれわれ男性が天使長たる所以です。

 

勿論、時系列でどのような摂理がお父様によって進展し

これを韓鶴子がおかしくしていることを

誰もがわかるように説明することは立派なことではあります。

 

エス様の時は12弟子がイエス様を捨てました。

再臨主の時は再臨主の妻が再臨主を捨てました。

われわれが捨て去っても36家庭が捨て去っても

誰もがオモニは残ると信じていた方が

クーデターを起こしました。

 

会長と歩めば派手ではないかもしれません。

会う人は会長ばかり見て、誰にもその歩みは知られないかもしれません。

だが、神もお父様も会長もその人の心を知るでしょう。

たとい神もお父様も会長も信徒も道端のどら猫も

知らない道であったとしても

この道に導かれてきたことで我々は十分すぎる恩恵に与ってきたではありませんか?

 

わたしは幾度か井口さんと独立者が一緒に10度の40日断食をギネスに登録に行ったことを書いています。

お二人とも大変素晴らしい賜物をお持ちだが、

せっかく天に捧げた精誠をバールに奪われる「習慣」があるのではと、ふと思うのです。

ギネスというバールに奪われてしまいました。

神様に捧げたので、神様が所有されていましたが、

バールの神に承認を求めたので、

神はこれを手放さざるを得ませんでした。

大きなため息を付きながら。

 

得意泰然、失意淡然。

 

どこか神山に似ている。

また彼を絶賛する者も、どこか三男派に似ている。

何故だろう?

 

お父様に無駄だと言われても顕進様のもとに行った神山。

最後までお父様を裏切って戻ってこなかった神山。

霊界も神も審判も信じないお方たち。

 

でも、最後まで神様は戻ってくることを待つだろう。

さしずめ、天下のホン・ギルドンを目指す身であれば。

 

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 母親に乱暴をしようとする両班に思い切り石を投げつける幼いころのギルドン。

奴婢が両班を傷つけたので取り押さえられそうになると、子をかばって私がやったのだと言う父親、この父親の眼差しに応じて母親も切なく夫がやりましたと応じる。

父は子供が天寿を全うするためには奴婢から解放されなければならないと考えていた。

商才あって溜め込んだ財産は、主人の知るとことなり、奴婢にも所有権があるため、主人を傷つけざるを得ない情況に追い詰めて、財産を没収しようとした。

手配された両班に倒されたとき、妊娠していた母は、岩にお腹を打ってしまった。

その後、難産の末に夫が願っていた女の子を産んだが、

帰ってきた夫が母子ともに生きていた姿を知って喜ぶのも束の間。

寝床は大量の出血であった。

夫は医者を呼びに行こうとするが、妻は死が迫っているのを感じて

「私のそばに居て欲しい」とやすらかな顔で願った。

そして、

「わたしはあなたに会えて幸せでした」と

微笑みながら天に登っていった。

 

この父と母から主人公は生まれた

第二話です。

 

我が子を守るために自分が身代わりになろうとする父、

その父の心情を知って夫を売っていく妻

いたいけな妻の死に天罰を加えに主人のところにいく父の行動を

息子は近くで見ていた。

 

心情の境で父にお会いしましょう。

 

 

 


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