原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

ものみな寝静まった夜に神は

ものみな寝静まった夜に神は

 

ものみな寝静まった夜に神は 

純白の裾ひだを柔らかく被造世界に触れながら

ひとり厳かに進みゆかれた

 

闇の中ですっかりうなだれていた草木は

生気を取り戻してその顔をもたげる

彼らには神のみ顔を仰ぎ見ることは許されないのに

父の進みゆく気配にその瞳は釘付けられている

 

花という花がゆっくりと開いては会釈するとき

街々は凍えるように死んでいた

やがて薄っすらと朝を告げる陽の光が地平から波打って世界に広がり

その代わりに神の姿は儚く消えていった。

 

父よ

大聖殿の伽藍のなかの礼拝堂の中にではなく

おるべきところに

我らを確かに立たしめてください

私の愛でも 人間の愛でもない ただあなたの全き愛を

あなたの導きの中で出会った人々に手渡し

言葉ではなく真実を

あなたがわたしに臨在されるままに

注がれますことを!

 

我らが背負う咎は すっかりわれらの眼を塞ぎ

盲の如く幾世代も果てしない徘徊を重ね

いたずらに命を消耗して来たった

われらは目が見えねど 主はわれらの盲目を栄光の現れと呼ばわる

 

蕩減を栄光と呼ばわる主に感謝します

おお 神の御姿を何処に求めよう?

それは変哲もない日常の直中

 

父よ 渇きでわれらは死にそうです

父のような全き愛は幾千年も前から枯れ果てているのです

わたしはどこにいるのでしょうか?

 

恵み多き潤沢な生活に暮らすときも

サタンに身包み剥奪され荒野に放り出される日にも

味方に災いや負債を積み上げられ揺さぶられる中でも

平安を失うことはなくなりました

 

ただ今は あなたの真の愛をわが身に得たいのです

 

父よ 今やあなたと顔と顔を合わせてお会いすることから

さらに近づきすぎてお互いの区別もつかないほどです

それなのに私の魂は依然としてあなたを探しています

父よ 何処にいまし給いますか?

わたしは一体何処にいるというのでしょうか?

 

すると晴れ渡っていた世界は あっという間に純白の雪で埋め尽くされていく

音という音はかき消され 静寂だけが残った

凍てついた世界にはただ一つ わたしの魂だけが燠火のように熱く燃えている

 

その時 わたしの心の深淵から何かが響き出し

その振動はわたしの眼にはっきりと見えた

私の口は無意識に祈りを唱え 跪いて礼拝をするのだった

 

見える! 何が? 私が!

 

息絶えたわたしの魂を天使たちが天上の高みへと誘い連れ去って行く

地上に腐りゆくわたしの肉体を遥かに置き去りにして

 

 

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朝4時頃目が覚めてみると、祈りの言葉が次々と浮かんできました。

そこで起き上がって書き留めようと思ったら

すっかり忘れて思い出せません。

こりゃだめだなと思っていたら

別の言葉が次々と浮かんで来たので

少しばかり手を加えて整理したのがこの詩です。

 

 


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