原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

神様がエバを先惟し(先に考え)たのは、神様には男性生殖原器しかなかったからである だから天の父である

原理本体論には、どのように神様は説明されているだろうか?

 

  神様は男性格主体なので、女性を先惟し、男性をつくりました。女性を先惟したという話は、その女性に合うように男性をつくったという話です。神様はエバのものが凹だという事実を先に知っていらっしゃったので、凹に合うようにアダムを凸としてつくったのです。アダムの凸は、父なる神の凸に似たのです。

 本陽性と本陰性の中和的統一体としていらっしゃる神様は、格位で見るときは、男性格主体です。それで神様を父と呼ぶのです。

 ところで、解放神学を主張する南米の女性神学者は「なぜ神様が父なのか」と問題を提起しながら「神様は母だ」と主張します。創世記1章27節のみ言(神は自分のかたちに人を創造され、男と女とに創造された)のとおり、「神様の形のとおり男と女として創造したのに、なぜ神様を父とだけ呼ぶのか、母と呼ぼう」という主張です。それは原理が分からなければ、理解できない内容です。根本を問い詰めるなら、神様は父だけでもなく、母だけでもありません。神様は父の性禀と母の性禀をすべてもっている私達の父母です。

 神様は、本陽性と本陰性の中和的統一体としていらっしゃる「絶対性」の本体であり、すべての陽性と陰性の主体なので、格位で見れば、男性格主体になります。それで神様を「父」というのです。神様という単語には、「絶対性」の男性格主体という意味が含まれていると同時に、わたしの父、わたしの父母という意味が含まれています。

 主体という言葉は、対象を念頭において使う言葉です。心が主体ならば、体は対象です。同じように、男性が主体ならば、女性は対象です。今後、男性と女性の秩序は、ここから立てられます。したがって、主体と対象という言葉は非常に重要です。神様の形状に従ってつくられた被造世界はすべて神様に似たので、主体と対象の秩序と法則の中で運行されます。

原理本体論 第一章 創造原理 P83〜84

 ここの表現はまだまだ曖昧である。

信俊様が将来完全版を出されることだろう。

これは、お父様の見解を一義的に説明することに充分成功しているとは思われない。

構想段階での話と創造段階の話が区別されずに話を進めている。本来であれば創造の二段階を意識して説明すべきであるのに、その二つが混同した状態のまま説明しているので実にわかりにくい文章になってしまっている。

その結果として、創世記のアダムとエバの創造の記述とは順序が逆であるという表現になってしまったと思われる。

本当にこれでよいのか?

お父様は一貫してアダムが兄でエバが妹だとしてきた。

つまり創造に於いてはアダムが先に誕生したことになる。

したがってこの点を考慮すれば、アダムの性器よりもエバの性器の方を先に考え、先に構想をつくりあげたということであろう。

 

 

 堕落とは何でしょうか。天を見忘れ、地を見忘れ、神様を見忘れ、人を見忘れたことです。堕落は天と地を見忘れ、人を見忘れ、神様を見忘れ、人間を主とした愛を行ったところから始まったのです。それゆえに、どの社会でも、淫乱が膨脹した社会は滅びるのです。(83)

 堕落は天使長とエバが合わさって夫を滅ぼすようにしたことです。(84)

 堕落は男と女が別々になり、アダムとエバが怨讐になったことです。(85)

 罪の中で最も重いのは神様の愛を破綻させた罪です。そのような天理を私たちは知らなければなりません。明らかに、アダムは兄としての本分を誤り、エバは妹としての本分を誤りました。天使長が誘惑すればエバはアダムに尋ねなければならず、アダムは神様に尋ねなければなりませんでした。ところが、自分たちなりに判断して、堕落の道を行ったのです。(86)

 堕落とは何だと思いますか。堕落とは本然の理想的人間として、神様が願われた真の愛の夫婦となり、神様とともに愛を中心にして生きることができないことです。(87)

 堕落は、神様を中心としてアダムとエバが一つにならなければならないのに、神様の僕である天使長と一つになったことをいいます。神様の血統を受け継がなければならない人間が僕の血を受け継いだことです。ですから堕落した人間がいくら神様を「父」と呼んでも実感がわかないのです。

祝福家庭と理想天国 第一章 創造理想と男女の愛 7、アダムとエバの堕落 

 

 

お父様に確認して原理本体論は書かれたという。

 

「神様は男性格主体なので、女性を先惟し、男性をつくりました。女性を先惟したという話は、その女性に合うように男性をつくったという話です。神様はエバのものが凹だという事実を先に知っていらっしゃったので、凹に合うようにアダムを凸としてつくったのです。アダムの凸は、父なる神の凸に似たのです。」

 

実際にはこういうことではないのか。

 

神様は男性格主体なので、無形の男性生殖原器を持っていた。そこで、男性生殖器の対極になる自分にはない有形の女性生殖器を先惟(先に考える)して、次にエバの有形の女性生殖器に合うように、アダムの有形の男性生殖器を構想した。

 

創造の二段階

構想段階:御自身が神は男性であられたので、自分のことはよく分かっていた。

     そこで先に女性生殖器とエバについて構想理想を築く必要があった。

     エバの有形の女性生殖器に合わせてアダムの有形の男性生殖器を構想

実体段階:神の男性器を持つアダムを造り、アダムの男性器に合う女性器を持つエバを

     造った。

 

ここの原理本体論の記述が曖昧であるが、

ここで重要なことは、神には男性生殖器しかなかったということである。

 

神は性相的男性格主体である。

男性生殖器は性相的であり、女性生殖器は形状的だからである。

本陰性はあったが、女性生殖原器は神の内には存在しなかった。

 

そこで、神にはない女性生殖器を、先ず考えなければならなかったのである。

神には女性生殖原器が存在していなかったので、本陽性と本陰性の中和的主体という。

 

中和体ではない。もともと天の父母様ではない。

 

 

神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、

本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、

被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることがで

きる。

創造原理より

 

 神の定義の部分であるが、被造世界を想定する以前から、「中和体」ではなく、「中和的主体」とうい表現が用いられている。ここがポイントである。

「本陽性と本陰性の中和的主体」とは、実質的には何を物語っているのであろうか?

これは、神様には男性生殖器しかなかったということの別表現である。

 

芸術家の中には、両性具有の願望を持つ者が出てくることがある。

男性的な才能と女性的な才能を併せ持って作品を表現できれば、自分を超克でき、従来のように性の特定によって制限された表現の限界を超えることができるかもしれないと考えたのかもしれない。

だが、そのような試みは精神的にせよ肉体的にせよ性的な倒錯を招き、神の神性ではなく、サタンの堕落性を賛歌する馬鹿げた人物と作品をつくるにすぎなかった。

これが神学的に表現されたものが解放神学であろう。

誉進様の神学論文もまた、この延長線上にあり、韓鶴子独生女神学はその完成形と思って間違いがない。

 

 :27)神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

創世記1章27説

 

 

 神は自分のかたちに人(a man)を創造された。 ⇒ 男を本陽性の形に創造

すなわち、神のかたちに創造し、 ⇒ 神の男性生殖原器の形に男性生殖器を創造

男と女とに創造された。 ⇒ 神の本性相と本陽性の対極概念の女性を先惟し引き出し

              女(a woman)を創造した。

 

男性生殖器を元にして、その対極概念を構想して造ったことを男からつくったとして、womb-man として創造されたのが女性。子宮を持つ人。

語源的にはwoはwifeに関係があるとか。

ヘブライ語ではmanがイーシュで、これを元に作られた単語が womanのイシャーだとか。

 

さて、

本性相と本形状の中和的主体 = 心情存在としての神

本陽性と本陰性の中和的主体 = 無形の男性生殖原器を持つ神

そこで、

天の父に対して母なる大地

性相的男性格主体としての父とアダム

形状的女性格対象として神が先惟した対極概念(実体ではない)とエバと大地の相関性

 

  :18)また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。 :19)そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。 :20)それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。 :21)そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。 :22)主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。 :23)そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。 :24)それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。  :25)人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。

創世記2章

 

「ふさわしい助け手」= 対極補完存在、もともとの神自体には存在していない

男から取ったものだから、これを女と名づけよう

 

正分合作用の視点から、

 

正:男性生殖原器だけを持つ神(創造以前の神)

分:男性生殖器をもつアダムと女性生殖器を持つエバ(創造以後の被造世界)

合:真の父母の完成とともに臨在される神が成長し父母なる神へ

  (韓鶴子オモニは真のアダムに絶対信仰・絶対服従・絶対性愛の対象格位に失敗)

 成功したエバには自分のいう主体意識が微塵もあってはならない。

絶対対象意識に生きているので、父母なる神という表現は可能となる。

神はアダムエバとともに成長される。

 

父なる神 ⇒ 地上の真の父母 ⇒ 天上の真の父母 ⇒ 父母なる神(天地人父母)

 

中和的主体はを原理本体論では中和的統一体としているが

中和とは区別され得る2つのものがあって、それが後に一つに溶け合うというようなニュアンスがある。

神の世界ではそうではなく、初めから一つである。

おそらく、統一的主体と表現されるべきであろう。

 

神は100%完全投入して女性生殖器をもつ女性を創造された。

そこで、全ての女性は男性に真の愛の100%完全投入を期待するのである。

それは神の似姿として創造された男性の責任でもあるからである。

 

独生女神学は、文鮮明先生が神に似た再臨主であられることを

完膚なきまでに破壊する反キリストの教義なのである。

 

  

以下のブログにはお父様の御言葉がいくつも引用されている。

4.独生女真の母の再創造と真の父母様の血統問題(2) - gildong2

 

=== 

「先生の血統が違う。イエスの血統とは違う。16歳まで自然の血統として出てきた。イスラエル民族の骨髄内容の伝統を支持することができるような血統に生れついた。家門を見ると、驚くべき家門である」(※30)
 
「16歳以前、堕落する前の本性の基準がある。血統がそうなので、先生も16歳に天の選びを受けた。血統が違う。イエスの血統と先生の血統は違わなければならない。イエスが残したものが何処にあるのか。イスラエルの国に残っている血統、根源があるか。先生は『学而知之』(学んで之を知る)でも『生而知之』(生まれながらにして之を知る)でもなく、『天而知之』(天によって之を知る)である」(※31)
 
皆さんは『文総裁も堕落の血を受けている』と言ってはならない。アダムとエバが、エバが堕落したとしても、神様の血統が汚されていないものを引き抜いて堕落させることができない。先生は幼い頃からこの全てを皆知っていた」(※32)
 

 

「全て皆、関係だ。関係はそのまま結ばれない。因縁がなければならない。因縁の因の字を見ると、四角(□)の中に閉じこめられた大の字ではないか。神様が原罪のある先生を使うだろうか。16歳まではアダムとエバの血統と違わない。何故16歳を重要視するのかというと、16歳までは堕落しなかったからだ。その継代を引き継ぐのである。その前まで掘り下げていって先生に原罪があるかないかということを自分たちが決定できるのか。無駄なことをしている。私がそういうことを考えずにここで教祖稼業をしながら血統を正そうとしているというのか。私は幼い頃から天が教えてくれた。血統が正常か否かを尋ねてみなかっただろうか。私が尋ねてみると、天は口にも出すなということだった。天が責任を負うというそのことを夢にも考えずにいるのに、自分たちがそれを知って裁判長の役をしようという輩たちが皆いる。盗賊のような奴らだ。先生の言葉を聞いて損害を被ったことが何かあるのか。その根っこを中心として、その名前に乗って今どうなっているのか。その名前を尊重する立場で自分たちが出世もしたのではないか。そのとおりなのか、違うのか。(そのとおりです。)区切りをつけながら話してみよう」(※35)
 
お母様も38度線を越えなければならない。貴女は貴女が行くべき道があり、私は私なりに行く道があるなどと言って行ってみるがよい。分かれてしまうだろう。僅か1%、零点何%の差があっても分かれるのだ。天国の門に一緒に入って行かなければならない。堕落する時に一緒に堕落し、一緒に追い出され、地獄の底に一緒に行った。『先生は堕落の血を受けたか、浄い血を受けたか』と論じているが、皆さんはそうする自信があるのか。16歳で堕落したなら堕落する前のエバの名前をして、その次にアダムの代身の立場から歴史時代の代表として責任を引き受けて、蘇生段階の代表者、長成段階の代表者、完成段階の代表者、全部で8段階を越えていくことができる6千年の代表の血統を浄めずして、どうして代身して神様の血統を連結させることができるのか。原理を解釈もできない者たちが先生が純血か否か、何の血統か、先生の血がどうのこうのと議論できるのか。堕落前に血を汚したのか。16歳にしたことは何かといえば、その時に決心した内容が、その詩(栄光の冠)が何か、皆さんを教育する為のものなのか。それは私が越えるか越えられないかの闘いの宣言文である」(※36)

 

 

※30:『文鮮明先生み言選集』、第557集、46. 
 
※31:『文鮮明先生み言選集』、第541集、199.
 
※32:『文鮮明先生み言選集』、第613集、309~10.
 
※33:『文鮮明先生み言選集』、第596集、20~1. 
 
※35:『文鮮明先生み言選集』、第608集、276~7. 
 
※36:『文鮮明先生み言選集』、第608集、303. 
 
===

 

私が重要視するのは、赤い字のところです。

皆さんは『文総裁も堕落の血を受けている』と言ってはならないアダムとエバが、エバが堕落したとしても、神様の血統が汚されていないものを引き抜いて堕落させることができない。先生は幼い頃からこの全てを皆知っていた

 

「先生は幼い頃からこの全てを皆知っていた」

何故?血統が我々堕落人間とは違うからである。

 

お母様も38度線を越えなければならない。貴女は貴女が行くべき道があり、私は私なりに行く道があるなどと言って行ってみるがよい。分かれてしまうだろう。僅か1%、零点何%の差があっても分かれるのだ。天国の門に一緒に入って行かなければならない。

 

ましてや天聖経を改竄したオモニについて行けば、アボジと違う世界に住むことになる。

独生女、独生女とやかましい限りである。

かっての優しい慈愛に満ちたお顔は今や微塵も見ることができない。

人相がここまで変わってしまわれるとは!

誰が想像できたであろうか?

 

神様の弟|現役食口Unrestorableの不信仰告白 より引用

===

天地人真の父母国民支持世界大会

堕落が何か知らないでしょう?堕落が分からなければなりません。どのように堕落したか。例えれば、神様一人ではなく、神様に弟がいたのです。アダム・エバ、天使世界を創ったのは、神様が一人で創ったのではないのです。
このように間違ったのを、正し得る創造的なプログラムがありません。それ故、この責任を持った人が、教えてあげなくても、原理原則に従って分かるのです。お兄さん(※神様)が、結婚した後に、その息子娘を尊敬して育ててあげて、お兄さんが家庭を成した後に、弟(※天使長)が家庭を成したなら堕落がなかったのです。カインがアベルを殺すような破壊的な現象があり得なかったのです。

神様は、今まで女性を知りません。「天のお父様」という言葉は聞きましたが、「天のお母様」という言葉を聞いた事がありますか?「天のお父様」だと言うなら「天のお母様」がいて、天のお父さん、お母さんが人類始祖の父母となって、神様の息子娘になって生まれた息子娘は、血筋を通して連結されたので、同じく似た息子娘として生まれるのです。血筋が似なければなりません。

問題が何か?神様の弟の位置が、ルーシェル、天使長です。聖書に出てきます。誰が堕落をさせたかと言うと、このアダムの妻となる、お兄さん(※神様)の妻が、裸になって、弟(※天使長)に任せられていたのです。

毎日のように育って、大人になるまで守ると言う事にしたのに、誰よりも、アダムよりもそのような時間を近く過ごす事によって、エバは、夫に会うよりも、あの弟に会うほうが近かったのです。ルーシェルに会うほうが近かったというのです。そして、黙ってみてみると、横にいた動物たちもオスとメスが出会えば、かわいい子供が生まれるのです。

神様は、女性に子宮というものをつくってあげたのです。その子宮に、弟が上がれば、子供を持つようになっています。神様の弟であり、アダムの弟です。そのため、弟に根こそぎ奪われて、反対になって、弟たちがお兄さんまでも殺してしまって、お兄さんの相対もなくなってしまって今まで来ているので、それでカインがアベルを殺したのです。アベルの子供、お兄さん(※神様)が息子を生めば自分たちが追い出されるからです。

===

 

 神様は、今まで女性を知りません。

それはそうだろう。

神様自体内に女性生殖器はなかったからである。

何故人間には霊人体が必要だったのであろうか?

何故人間にある肉身を天使長は羨ましく思ったのであろうか?

神様にも天使長にも女性生殖器はなかったからである。

 

神様がエバを先惟し(先に考え)たのは、

神様には男性生殖原器しかなかったからである

だから天の父である

 

 


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