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原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

洪順愛大母様が東京教会で1973年12月21日に証しされた内容によって韓鶴子オモニ無原罪説を斬る!

大母様の霊界からの「愛のメッセージ」によれば

大母様ですら、

霊界に行って初めて気づいたというのが、

お父様がイエス様に会ってから再臨主として歩まれたというのではなく、神様においては生まれた時から再臨主として摂理されていたということでした。

お父様は、誕生時から再臨主の使命を持たれていたのでした。

 

ところで韓鶴子オモニの場合は自分の子供です。

彼女が原罪があるのかないのかは、大母様が誰よりもご存知のはずです。

もし、韓鶴子オモニが生まれた時から、無原罪の独生女であったとするならば、

何故かくも重要な内容を一度も公表されなかったのでしょうか?

 

「成約時代の清平役事と祝福家庭」には、洪順愛大母様が東京教会で1973年12月21日に証しされた内容が書かれています。

これは訓母を通さない大母様の生の証です。

そこには何が語られていたのでしょうか?

 

韓鶴子オモニが三歳の頃から、

母子そろって再臨主を待ち望んで敬礼してきたというのなら、

再臨女たる韓鶴子オモニに何故敬礼してこなかったのでしょうか?

それは、韓鶴子オモニが我々同様堕落人間であることを知っていたからです。

無原罪で生まれてきたのではないことを知っていたのです。

ですから、敬礼が始まったのは再臨主の相対者と決まった時からでした。

 

お父様の相対者が決まったと噂された頃、大母様は夢を見られました。

「天から鳳凰が降りてきて、また地から鳳凰が昇り空中で一つになりました。

天の鳳凰の目は、真のお父様にそっくりでした。」

 

無形実体世界から夜の神様がお父様に臨在されて降臨されます。

有形実体世界から昼の神様であるお母様が空中に昇り一つになられます。

大母様の悲願はこの夢の如き真の父母の姿でした。

 

 大母様の母親は熱心なクリスチャンであられたので、大母様は帰属教会の牧師から順愛と名づけていただきクリスチャンになっていました。

李龍道牧師の下3年修行され、モットーは「もっと高い教会はないか」「もっと高い宗教はないか」というものでした。そして、

 

洗礼ヨハネの使命を持った金聖道女史に出会い、15年間弟子となって学びました。金聖道女史は啓示を受け、弟子の中のある一組の夫婦に「韓国に天国ができるから、あなたの家庭からマリアとヨセフの使命を果たす人が現れなければならない」と教え、「兄がヨセフの立場であり、その妻がマリアの立場である」と言いました。ところがその使命を二人が全うできなくて、奥さんが霊界に連れて行かれ、夫も悲惨な結果になってしまいました。

 

大母様によれば、この頃血統転換で重要な使命を果たされるマリアとヨセフの立場の人、あるいは来るべき再臨の主を養育すべき人は、ご自分ではなく別の方たちであったことがわかります。

 

次に天は、腹中教の李一徳夫妻を選んでヨセフとマリアの使命を与えました。そしてふ二人は、イエス様の恨みを解いたのです。・・・・

 こうして、イエス様の12歳までの恨みを李夫妻がすべて解くと、次には「私が12歳までのことは終わったのだから、今度は再臨の主が来られる準備をしなさい」と啓示がありました。

 そして、腹中教の信者は300人くらいが一つになって再臨の主を待っていました。準備がすべて整った時、真のお父様が北(北朝鮮)に来られたのです。

 私も3歳の娘(真のお母様)を連れて、腹中教で再臨の主を待っていました。

 

では、お母様のお父さんはどのような方だったのでしょうか?

ザカリアのような存在だったのでしょうか?

 

 真のお母様は、私が30歳(まん28歳)の時、つまり陰暦の1943年1月6日午前4時半、平安南道安州郡安州邑の信義里という村で生まれました。真のお母様の父親は、李龍道牧師の弟子でした。そして「洪唯一という人の娘を嫁にもらえ。その子供が男なら天宙の王になる。女なら天宙の女王になる」との啓示を受けました。私と2月の終わりに出会い、3月の終わりに真のお母様がお腹の中に宿りました。

 私の家系は7代が善の功労を積み、ここ3代は、娘は一人だけの家系です。私には弟がいたのですが、日本に留学していたため、私の親は真のお母様の父・韓承雲氏を婿養子として迎えようとしました。ところが主体性の強い彼は「それはできない」と、出ていってしまいました。真のお母様がおなかにいる7か月目のことでした。生まれてからも、私の親が真のお母様を離さなかったので、私とはそのまま別れてしまったというわけなのです。

 

お母様のお父さんは、主の路程に出てくる李龍道牧師の弟子で、大母様と結婚すれば素晴らしい子女が生まれるという啓示を受けておられました。

 

二人が結ばれてお母様が誕生されると、有名なサタンの試練に遭いました。

 

 

 韓国ではお産のあとワカメのおつゆを飲みますが、それを飲んで座っていると、サタンがやって来ました。そして「この女の子をこのままおいていたら、これから世界が大変になるから殺してしまえ」と言うのです。私は「何で私の娘を殺すのか」と真のお母様を抱きました。その時私の母が来て、「何をしているのか」と聞くので、私はサタンがやって来て殺そうとしたことを話しました。

 それから一週間、どうしてサタンが奪っていこうとしたのかと不思議に思っていると、金聖道女史が霊的に現れて、「順愛よ、その子は主の娘である。お前は乳母のごとく育てよ」と言われました

 

お母様は特別な使命をもって生まれてきたことを示すエピソードですが、ここで金聖道女史が言った「主の娘」とは、原罪がない娘でしょうか?創造本然の真のエバでしょうか?

とにかく大母様とお母様は2000年のキリスト教徒を代表とするかのように、再臨主を迎えるべく精誠を尽くされました。

 

 真のお母様は、6歳の時私と一緒に共産党へ引っ張られていきました。しかし、私は啓示を受けて再臨のメシアは南にいると知っていたので、メシアに会わなければならないと強く感じました。私の父親は、私と母親に「南へ逃げていくように」と言いました。

 

大母様は独生女ではなく独生子を待ち望んでおられました。

自分の娘を独生女であるとは思いもしませんでした。

 

 今、私が年を取って分かることは、南に向かう道中でさまざまな苦労がありましたが、それを神様がすべて守り、導いてくださったということです。

途中で再臨の主が南におられることを知って、三拝敬礼をしながらやって来ました。真のお母様も三歳から私と共に敬礼式を始めていましたので、来る途中の道路の上でも一緒に三拝敬礼をしました。

 

大母様もお母様も再臨主独生子を待ち望んでおられました。

再臨主が来たら、つぎはその御方の相対者を待ち望まなければならないのは分かります。だが、だからといって、最後だからといって、究極のメシアは独生女であるということにはなりません。歴史の究極の願いは独生女であるとするのは誤りです。

 

大母様は「私は『この子が主の娘である』という啓示を受けていたので、清く、罪に染まらないように育てました。」と語られました。また、こうもおっしゃられました。

「地上天国が韓国にできるという啓示と、メシアが韓国にやって来られるという啓示があったので、真のお母様がメシアに会うまでは、だれにも目を奪われないようにと育てました。」

 

向上心旺盛な大母様は常に新しい宗教を求められました。

鄭錫天長老から統一教会では腹中教の教えと同様な内容が語られていると聞いて、「その方 は来るべき方ではないだろうか」と考えるようになられます。

統一教会に入ると、腹中教時代に主に出会ったら何をすべきか聞いてすべてを知っていたので大母様は奉仕生活を初めます。それで母親とお母様の生活を弟の任されたというのです。

 

お母様がお父様以上の存在であるなら、もとよりそのようなことはしなかったでしょう。

「それで、私の母親と真のお母様の生活は、弟に委せました。」

と言われたのです。その精誠は大変なものでした。

 

 まず初めに食事炊きから行い、八ヶ月間真のお父様に侍る生活をしました。それで、あまりにも思いを込めて侍ったため、病気になってしまいました。病院へ入院してみると、金信旭先生が幻を見ました。それは真のお父様が王冠をかぶり、黄金の服を着て、私の前に敬礼したというものです。

 

大母様もこの時夢を見られたそうです。

 

 その時私も夢を見ました。統一教会の女性という女性が全部白い服を着て、ピンクの花を持って並んで真のお父様の部屋に入って行くのです。私が後ろを見ると、まだ統一教会に入っていない女性たちもピンクの花を持って並んでいました。それを見て私は「天は6000年間女性を失い、こうして一なる女性を探し求めてきたのだ」と思いました。そして、真のお父様が座っておられるところに、真のお母様が一直線に歩いて行かれるのです。天から稲妻が音をたてて走り、四方八方から集まってきました。それを何万という人々がうらめしそうに見ています。私はその幻を見ながら、不思議に思いました。まさか娘が真のお父様の奥様になるとは、夢にも思わなかったのです。

 

 啓示的な夢を大母様はご覧になって、

 それを見て私は「天は6000年間女性を失い、こうして一なる女性を探し求めてきたのだ」と思いました

 

ところが、

真のお父様が座っておられるところに、真のお母様が一直線に歩いて行かれるのです。

 周りの女性は羨ましそうに見ていました。

それでもその夢の意味するところがわかりませんでした。

 

私はその幻を見ながら、不思議に思いました。

まさか娘が真のお父様の奥様になるとは、

夢にも思わなかったのです。

 

つまり、大母様はお母様を生んだ身でありながら、お母様が罪なく生まれてきた独生女であるという自覚も、真のエバであったり、真の母となるということも考えたことも信じたこともなかったのです。

 

これはお母様には原罪がある普通の女性であったことの決定的証拠です。

 

大母様はつづけてお話されました。

 

「真のお母様は、長い間メシアに会うことのために育てられてきたので、賢いけれど絶対的に服従する方でした。」

 

 そのように大切に大母様から育てられてきたお母様が、何故かくも変わってしまわれたかといえば、誰よりも信頼している大母様の言葉だと、堕落訓母、詐欺訓母、偽物訓母によって騙されたからなのです。

堕落訓簿の言葉をそっくりそのまま大母様の言葉だと信じたことから悲劇が始まりました。

お父様に、絶対服従する方が、絶対服従できなくなり、恨みを抱き、復讐するようになってしまわれました。

 

子羊の婚宴を中心に、大母様はお父様だけではなく、お母様に対しても敬礼を捧げられるようになりました。

そのころのことを次のように証しされています。

 

 17歳になった時、ちょうどエバの年齢ですが、「文教主の相対者が現れた」と、あらゆる霊能者が騒ぎました。しかし3月1日(陰暦)の約婚式の日が近づいても、相対者がいないのです。真のお父様も天も、あせっておられました。摂理として子羊の婚宴をしなければなりません。そんな時、私はまた夢を見せられました。天から鳳凰が降りてきて、また地から鳳凰が昇り空中で一つになりました。天の鳳凰の目は、真のお父様にそっくりでした。

 

 

夜の神様としてお父様がやって来られ、昼の神様になる女性を迎えられ、堕落によって分裂してしまった天地の神が、夜と昼の神が一神になられます。

子羊の婚姻と婚宴の時でした。

 

 

さらに私が朝5時に水行したあと、敬礼式をしているとき、また幻が現れました。天の鳳凰は真のお父様であり、地の鳳凰は真のお母様であるというのです。私はその時、「天のお父様、私たちはもう孤児ではないのですね。真の父母がやって来られたのですね、真の父母の子供になったのですね」と言って踊り回りました。その瞬間から自分の肉身の娘だという思いがなくなったのです。

 それから毎日毎日、啓示が来ました。3月1日(陰暦)の約婚式は決まっていましたが、相対者はまだ誰にも決まっておらず、私だけが知っていました。それで高校の宿舎に泊っている真のお母様に敬礼したり、真のお父様のおられる方角に向って敬礼したりしました。

 

大母様は天使からお母様が「聖霊によってみごもった」とは聞いていなかったようです。

お母様が「胎中から無原罪生まれてた」などとは、まったく思いもしなかったからなのです。

お母様が血統転換されて原罪を精算して誕生したという意味の「独生女」ということを

お母様に当てはめて考えてきたことなど一切なかったのです。

訓母がサタンに魂を売って堕落し、大母様になりすましてお母様に信じこませたから、信じるようになってしまわれたのです。

 

ここからは、シャボン玉さんの仕事から学んでまいりましょう。

 

10/5 日韓リーダー集会、ユンノリ前のお母様のみ言葉 - シャボン玉のブログより引用してみましょう。

 

お母様が竜平で日本と韓国の責任者たちに語られたみ言葉。(2016.10.5)

韓日天一国指導者和合統一特別大会

場所:竜平リゾート
参加者:日本指導者800名、韓国指導者650名

 

 

皆さんは幸せな人です。なぜ幸せなのか?独生女、私に会えたからです。
古い先輩家庭は、お父様に対する情が深いでしょう。
しかし、その先輩家庭が知らなければならないことがあります。

 

私は6千年ぶりに、サタンと関係のない血統として生まれました。

神様が私の父です。
2千年前にイエス・キリストが誕生したとき、神様は独生子と言いました。
2千年後に、6千年ぶりに初めて独生女、私が生まれたのは奇跡です。

 

 誰のために?真の父母の名前が出てくることになったのですか?
独生女です。独生女。これを皆さんは知らなければなりません。

 

 

大母様の証と堕落訓母に騙されてしまっているお母様の理解が大きく違っています。 

 

 

 2千年前には、マリアは責任を果たせませんでした。しかし、

この大母様が責任を果たすことによって、真の父母様は完全無欠になりました。
そのため、皆さんは清平を愛さなければなりません。

 

ところが、さすがに本物の信仰者であられた大母様はご自分の不足をこのように語られ、証を締めくくられたのです。

 

振り返ると私も、真のお母様を産むために孤独な道を歩いてきました。七年路程が終わり、真のお父様は、私に真のお母様と子女様に侍るよう言われました。しかし私には自身がなくて、そのように行動しなかったのです。それが天法に引っ掛かってしまいました。それから何度も死ぬような目に遭いました。年中病気していました。天に背いたら、蕩減がいかに重いかが分かりました。 

上記大母様の証より

 お母様と同じくら困難な路程を大母様は人類のために歩んでくださいました。

 

 

清平の役事について、本来は必要なかったと大母様は言われました。

 

 実は、真のお父様が祝福してくださる前に、あらかじめ洗礼ヨハネのような人が来なければなりませんでした。そして、食口たちの罪悪を整理し、祝福を受けることができるように準備しなければならなかったのです。 そうしていたならば、今のように食口たちの体にたくさんの霊がいるということはなく、清平の役事も必要なかったのです。連帯的な罪と血統的な罪、自犯罪と堕落性を脱いで、体の中にいる霊も完全に分立しなければなりませんでした。水晶体のように透き通ったきれいな姿となって祝福を受けることができるように整えておかなければならなかったのです。

上記大母様の証より

 

お母様は暴走し続けます。

 

摂理歴史を、この独生女、お母様によって完成することができた。
これを忘れてしまってはいけません。

 

だが、実際には兄弟をまとめることも、ご自分の使命も果すことを忘れてしまわれました。過分なる欲望のためでした。

お母様は証拠はこれだといいます。

 

私が独生女だという証拠は、サタンが一番最初に私を証しました。

 

私が独生女ではないでしょうか?

 

 さっき私が話したように、摂理の最も最終責任を果たせたのは、

独生女です。
わかりますか?

独生女は完全に四位基台を成して責任を果たしました

 

だが、当事者である大母様ですら、「主の娘」という理解であって、お母様の言われる意味での「独生女」だとは考えても信じても来なかったのです。

これが真実です。

教会成長研究院は、み言葉を解釈されますが、実際行動との突き合わせもするべきでしょう。理論と実践。理論と実際行動。

み言葉で考え、実際行動に即して考えるべきです。

 

家庭連合のサンクチュアリ批判について具体的には話しませんが、

関心がある方は以下に文章を引用しましたので目を通すのも良いでしょう。

 

孝女の中の孝女になるために、大母様とお母様は苦難の道を天から祝福に満ちた賜であるとして与えられました。

同様に、顕進様も亨進様も国進様も想像を絶する道を行かれたことでしょう。

 

萬苦の勝者 栄光の王者

アージュ

 

 

シャボン玉さんの仕事に感謝します。 

 


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http://trueparents.jp/?page_id=2601より引用する。

2015年10月30日掲載の「真のお母様の『無原罪性』-『血統転換、私は母胎からなのです』の意味について」の補足説明⑤
お母様の御言「真の母となる人は韓氏でなければならない」について~「この決定論的な発言に対しては疑問を感じる」という批判への応答~

(文責:教会成長研究院)

 

(1)「予定論」に照合させて理解すべき御言

 サンクチュアリ教会側に立つある人は、次のような批判をします。

 2016年2月24日、真のお母様は、「宇宙の母になるかたは韓氏でなければならないので、(神様は)そう準備したのです」と語っておられる。この発言は、第一の崔先吉女史、第二の金明煕女史は、最初から失敗すべくして失敗し、現在の真のお母様だけが「真の母」となるように、神様によって予定されていたという主張のように聞こえる。このような決定論的主張は人間の責任分担を無視しており、そこに疑問を感じざるを得ない。

 サンクチュアリ教会側に立つ人は、以上のような疑義を提起します。しかし、真のお母様の御言は正しい内容であり、原理的に間違っているわけではありません。
 結論から述べると、これは「予定論」の問題であり、『原理講論』の「予定論」に基づいて考えるなら、上述のような疑問は解決されるのです。

 すでに、補足説明④の「神の摂理に現れた『独生子』『独生女』の復帰過程」で論じましたが、「独生女」(独り娘)の復帰過程は、「独生子」(独り子)の復帰過程と同様であると言えます。

 すなわち、アダムは、生まれたときから“神の血統”をもった「独生子」です。また、エバも同じく、生まれたときから“神の血統”をもつ「独生女」です。途中から「独生子」「独生女」になったわけではありません。また、個性完成した時に、初めて「独生子」「独生女」になるというのでもありません。
 
 真のお父様が、「独り子(独生子)とは、アダムのことです。堕落したので、独り子がいなくなり、独り娘がいなくなったというのです」(『真の父母經』35ページ)と語っておられるように、アダムとエバは生まれたとき、すでに「独生子」「独生女」であったのですが、堕落したために「独生子」「独生女」ではなくなったのです。その場合、彼らが堕落してしまったことは、神様の予定だったのではなく、どこまでもアダムとエバ自身の責任にかかっていた問題であり、彼らの責任分担の不履行によるものです。

 第2アダムであるイエス様の場合も、イエス様は生まれながらにして「独生子」です。イエス様の場合は、堕落したわけではなく、2000年のキリスト教史において、イエス様が「独生子」でなくなったわけではありませんでした。

 しかし、イエス様は、地上で生きておられるとき、神様に予定された「新婦」(独生女)がおられたにもかかわらず、探して立てられず、地上で「真の父母」になる使命を完成できませんでした。
 それゆえ、十字架と復活後、聖霊降臨によって「霊的真の母」を立てられ、そこで初めて「霊的真の父母」の位置にだけ立たれたのです。

 イエス様が地上で果たせなかったその使命を代わりに果たすため、第3アダムとして再臨主が来られました。再臨主も、アダムやイエス様と同様に、生まれた時から「独生子」です。決して、途中から「独生子」となられたのではありませんし、個性完成した時に初めて「独生子」になられたのでもありません。再臨主の場合、イエス様と違って地上で「新婦」(独生女)を探して立てられ、唯一の人類の「真の父母」となられました。

 そしてイエス様は、その「真の父母」から祝福を受け、子女の立場に立つことで、今では「独生子」(長男)ではなくなっています。以上のこれらの内容は、神様の「予定論」の問題になるのです。
 「独生子」とは、原罪がない、神様の人間始祖としての「長男」です。したがって、「独生子」は唯一の存在でなければなりません。第3アダムであられる再臨主が、その使命を完全に果たされ、人間始祖の立場としてのアダム(長男)が現れるなら、それ以外の人物(イエス様)は、たとえ生まれたときから「独生子」であったとしても、その「独生子」の位置を外れて、唯一の「独生子」の位置は、勝利したかたである再臨主にだけ移行するようになります。

 これと同様のことが、「独生女」においても言えます。
 すなわち、「独生女」とは、第1の方も、第2の方も、そして、真のお母様も生まれたときから、「独生子」の相対となることができる「独生女」です。これは、神様の「予定論」の問題になります。ところが、第1の方も、第2の方も、「真の母」となるべき使命をもたれたその立場から離れ、使命を挫折されたとき、「独生女」の位置から外れるのです。
 かつ、完全に勝利された「真の母」(独生女)が現れることで、それ以外の女性は、たとえ堕落していなくても(独生子のイエス様の場合と同様に)、「独生女」(神様の長女)の立場ではなくなるのです。しかも、第1の方も、第2の方も、勝利された「真の父」(文先生)「真の母」(韓夫人)から“祝福”を受けて、その子女の立場になることで、今は「独生女」は真のお母様お一人だけになっているのです。

 

(2)「独生子」の復帰過程と「ノアの3度の鳩の摂理」との照合

 まず、「独生子」の場合、前述したように、第1アダムは「独生子」として生まれましたが、堕落することで「独生子」ではなくなりました。
 そして、第2アダムのイエス様は、十字架によって地上で「真の父母」になることができなかったため、その使命を代わりに果たすために第3アダムである再臨主が来られ、その第3アダムが霊肉共に勝利され、人類の「真の父母」となられることで、イエス様は「独生子」(神様の長男、人間始祖の立場)の位置から外れたのです。そこには、予定論の問題がかかわっているのです。

 これらの上述した「独生子」の摂理内容について、神様は「ノアの箱舟と洪水審判の摂理」の3次の鳩の役事を通じて、前もって教えてくださっているのですが、そのことによって、第1アダムが堕落すること、第2アダムが十字架で死ぬこと、および、第3アダムに至って勝利することが、初めから“決定論的”に予定されていたことになるでしょうか?

 『原理講論』で説かれているように、神様の復帰摂理には、常に人間の責任分担が加わることによって展開されていくのであり、第1アダムが堕落することが初めから予定されていたのではありません。また、第2アダムのイエス様の十字架が、初めから予定されていたわけでもありません。そして、第3アダムである再臨主のときに至って勝利することが、初めから決定論的に予定されていたのでもありません。それらの摂理は、人間の責任分担がそこに加わって展開されるようになっているのです。

 にもかかわらず、神様ご自身は、「ノアの箱舟と洪水審判の摂理」の3次の鳩の役事を通じて、それらの摂理的内容を、まるで決定論的に教えてくださっておられるのです

 また、以下の内容は、『原理講論』で論じられている内容です。
 ローマ人への手紙9章11~13節には、ヤコブとエサウについて、「まだ子供らが生れもせず、善も悪もしない先に、神の選びの計画が、わざによらず、召したかたによって行われるために、『兄は弟に仕えるであろう』と、彼女に仰せられたのである。『わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ』と書いてあるとおりである」と記されています。

 この聖句に対して、『原理講論』は、「神が胎中のときからヤコブは愛し、エサウは憎んで、更に長子エサウは、次子ヤコブに仕えるであろうと言われた。エサウとヤコブは腹中にあって、いまだ善とも悪とも、いかなる行動の結果も現すことができなかったにもかかわらず、神はエサウを憎み、ヤコブを愛したという理由はどこにあるのだろうか。これは復帰摂理路程のプログラムを合わせるためであった(249ページ)と論じています。プログラムを合わせるためと述べて、まるで人間の責任分担を無視したかのような決定論的な記述です。
 しかし、そのことをもって、この『原理講論』の決定論的表現、および神様が生まれる以前に「わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ」「兄は弟に仕えるであろう」などと語った言葉が、原理的に間違った内容であると言えるでしょうか?

 真のお母様が語られた、「宇宙の母になる方は韓氏でなければならないので、(神様が)そう準備したのです」という御言は、これらと同様の「予定論」の問題であると言えるものです。
 サンクチュアリ教会側に立つ人の批判は、上述してきたような、神様の「予定論」の問題を踏まえないまま、一方的に批判しているものに過ぎません。
 常に、神様の復帰摂理には、人間の責任分担がかかわって進展していくものであって、決定論ではありません。
 したがって、「第一のお母様、第二のお母様は失敗すべくして失敗し」ということはありませんし、さらには、「真のお母様のみが真の母となるように最初から予定されていた」ということでもありません。
 
 しかし、“全知”であられる神様は、ローマ人への手紙に「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである」(8章29~30節)と記されているように、「独生女」に対しても、あらかじめ人物を定められ、そして、召され、義とし、栄光を与えられ、唯一の方を長女(独生女)とされたということになるのです。

 それゆえ、真のお母様が語られた「宇宙の母になる方は韓氏でなければならないので、(神様が)そう準備したのです」という内容は、あらゆる可能性を知っておられる神様の予定により、ちょうど神様が「ノアの箱舟と洪水審判の摂理」において3次の鳩の役事を通じて教えてくださっておられることと同様に、そのように予定されていたと論じることができる内容なのです。
 これは、『原理講論』が論じている「予定論」の問題を総合的に把握するなら、矛盾なく理解していくことができるものです。