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原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

生きて十字架を超えていく忠誠を韓国時代劇「大王世宗」の蒋 英実(チャン ヨンシル)に学ぶ

韓国時代劇「大王世宗」に蒋 英実(チャン ヨンシル)という忠臣が登場する。彼は現在で言う職人及び科学技術者のような人物である。

中国で明が勢力を持っていた時代に、明の属国として生きていた朝鮮でありながら、国王の世宗の命を受けて、中国の暦では位置が違う朝鮮で使うと不便が生じることから、民が正確な季節や時を知ることができるよう、朝鮮独自の暦の作成に取り組むことになる。

そのためには、明国にある天文観測機器と同様なものを朝鮮で造り、これによる天体観測をもとに暦を作る必要があった。

そこで、ヨンシルは国王の密使となり、明の国家機密の天文台に忍び込み、その機密を調べあげて、命からがら帰ってきたのであった。

ところが、このことが明に知られることとなり、皇帝の側近は怒った。

それどころか調査していけば、それ以上の大罪を属国の朝鮮がしでかしていることがわかったのである。

それは、朝鮮独自の文字を創製しようとしていることであった。

これもヨンシルが中心になって隠密に実行されていたのである。

朝鮮め、不届き千万!

そう明は考えた。こやつをひっ捕らえよというわけである。

明国皇帝は正式に世宗に、ヨンシルを引き渡せといい3日の期限を与えた。

さもなくば成敗してくれるというのである。

3日路程である。

朝鮮の王や国家が存続するためには、ヨンシルが生きていてはならぬと考えている勢力があった。国王は必ず保身を捨て、家臣のヨンシルを逃がすだろうと考え網を張っていたら、王命を受けてヨンシルを拉致して逃がそうとする勢力に会った。

ヨンシルを生きて明に渡せば国家機密がバレてしまう。厄介者である。

ヨンシルが生きていれば明に引き渡しを拒むことができない。

どうだ、ヨンシルよ、自ら王と国家のために命を捨てれば、お前の名を王の功臣録に載せる努力をしようと交渉してきた。

ところが無言でかわし

そこをさっそうと抜けだしたヨンシルは王のもとに行き、

「わたしが喜ぶとでも思ったのですか?」と迫る。

これに対して世宗は

「何も言わずに言うとおりにするのだ」

「できません」

「命は一つだけしかない」

「私の命の価値は高くなったようですね。わたし如きを・・・」

世宗は机をどんと叩いて

「そなたは余を誰だと思っている・・・・余はこの国の王だぞ。お前を脱出させることなどたやすいことだ」

「明に行きます」

「もう十分だ。もうこれ以上お前の忠心など必要ない」

「しかし、・・・朝鮮には必要です。この官服はあなたに忠心を捧げるためだけに着たのではない。この朝鮮という国は、あなただけの国ではないのです。この国はかって奴婢だったわたしの国でもあります。だから、あなたではなくこの国に対して重荷になるような真似はしません」

「ヨンシル。お前は余にとって30年来の旧友だ。兄弟よりそして妻や子供より大切だった。」

「そうですか」

「一度だけでいい。何も言わずに余の頼みを聞いてくれ。頼む」

「申し訳ありません。わたしにとっては旧友よりこの国、朝鮮のほうが大切です」

 

天文観測器も文字創製もヨンシルもどれも失いたくはない。

果たしてそんな方法があるのだろうか?

 

やがて明にヨンシルを引き渡すことになった。

ところが、翌日世宗が神輿に乗ると、神輿の車両に細工がしてあって、危うく王が怪我をするところであった。

先日の当番はヨンシルであった。

「見捨てられた腹いせです。当然でしょう」

彼は問われてそう答えた。

 

王は彼を捉え直々に尋問すると伝え、物語は進展していく。

明も家臣の中にもこれが茶番だと見抜いている。

ところが、王が決断したことは、誰もが予想外の極刑の百叩きの刑であった。

船をこぐ櫂のような棍棒で殴りつけるもので、死ぬ者も多い。

運良く生きながらえても、からだはぼろぼろになり片輪になるのが落ちだった。

これには誰もが驚いた。ここまで王が為さるとは・・・・。

 

世宗とヨンシルは一つの心で夢を描き、

その夢のために

王は誰よりも愛するヨンシルを死の道に捨て去るのである。

だが、ヨンシルは死ぬことができない。

死ぬことが許されない。

この身は、自分だけの身ではない、

大王世宗と祖国朝鮮に捧げた身である。

生きて十字架を超えなければならない。

死ぬことが許されていない。

極刑に肉はそげ、血は流れ、骨は砕ける。

血を吐きながらも、朦朧とする目で見るのは、

世宗と分かつ一つの夢である。

 

肉を切らせて骨を切る。

苦肉の策で乗りきっていく。

朝鮮と朝鮮の民のために

 

ヨンシルと世宗は刑の執行の中で、無言の会話を交わしていく

 

「苦しまないでください。すぐに終わります」

「私を・・・そなたを捨てた私を許すな」

「私が王様でも 同じことをしたでしょう」

 

愛する家臣を死の道に至らせる王の心情があり、

死の道を行かされても、なお余りある忠誠で胸よ張り裂けよという心情もある。

 

誰も信じることができないところで

誰にも信じてもらえぬ道を行き

すべての信頼を失う

御父の信頼にすがる未練も

もとよりあっさりと投げ捨てて

今こそ御父の御前に一身を捧げる

御父と共に一心であるために。

 

お父様とともに活躍されていた、本当の神山会長が戻ってこられることを、

衷心よりお祈り申し上げます。

 

 孝子とは、自らの立場を忘れて先に父母の事情を思い、涙を流す心情で父母のために生きる人です。忠臣とは、国家が乱世に置かれている時、自らの一身のことをすべて忘れて国王の困難を先に心配し、忠誠の道理を果たしながら生きる人です。
 自分を忘れ、自分の利益とすべてのものを犠牲にするところから、忠孝の極致が連結されるのです。(1970.12.22)

真の孝の生活 第1章 忠孝の意義 1)忠孝思想は韓国人の中心思想

文 鮮明

 

 周囲に散在する数多くの人々が父母に侍って孝行している生活環境において、父母の前に孝行するということは難しくありません。しかし、多くの人が、みな父母を排斥し、自らの行かなければならない道を避けようとする時に、たった一つしかない自分の生命を捧げる恨があったとしても、行かなければならないその道において父母のために生きようとする立場に立つならば、それこそ、環境を超越した立場で孝行の道理を果たした、ということになるのです。それゆえに、そのような人は孝子として立てざるを得ないという事実を、私たちはよく知っています。(1971.3.4)

真の孝の生活 第2章 真の忠孝 1)真の忠孝は困難の中でも自ら実行すること

文 鮮明

 

最高の立場で自己陶酔して満足しているその群れから迫害されて追われ、涙を流す立場で血だらけになって倒れていく体を立て直しながら、たった一つ私が残さなければならない遺業とは何であり、私が残すことのできる遺産とは何であり、私が相続させることができる最後の遺言とは何でしょうか。天に対して燃え上がる心情と、忠誠を尽くしたいと思う孝子の心、忠臣の心、烈女の心をもつ群れがいるとすれば、その群れは絶対に滅びることがありません。(1961.1.9)

真の孝の生活 第6章 忠孝と真の愛の有無は天国行きと地獄行きの尺度 1)忠孝と真の愛の有無は天国行きと地獄行きの尺度

文 鮮明

 

疲れたといって思いのままに横になることができないのです。死んでも国のために死ななければなりません。それゆえに、年を取って疲労を感じるそのような立場で、自分がもし死の場に行くとすれば、その場で残すことができる一つの願いが何かというとき、それは「天のためにできることはすべて果たした。その国のためにできることはすべて果たした」という言葉を残すことです。

真の神様の祖国光復 第6章 真の父母が伝授する世界と南北統一教本 5)「神様の王子王女が行くべき生涯路程」

文 鮮明

 

 


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