読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

映画「名もなく貧しく美しく」 真実に生きてみたい

YouTubeで何かを見ようと思っていたら、古い映画の「名もなく貧しく美しく」という映画が思い出されて検索しました。

そこで3分ぐらいの映像があったので見たのが、以下のリンク先の動画です。

高峰秀子小林桂樹が主演のモノクロの映画です。

聾唖名映画「名もなく貧しく美しく」1080P - YouTube

 

ここからはかなり詳しいストーリーの要約です。

名もなく貧しく美しく | Movie Walker より引用

 

竜光寺真悦の嫁・秋子はろう女性である。昭和二十年六月、空襲の中で拾った孤児アキラを家に連れて帰るが、留守中、アキラは収容所に入れられ、その後真悦が発疹チフスで死ぬやあっさり秋子は離縁された。秋子は実家に帰ったが、母たまは労わってくれても姉の信子も弟の弘一も戦後の苦しい生活だからいい顔をしない。ある日、ろう学校の同窓会に出た秋子は受付係をしていた片山道夫に声をかけられたのをきっかけに交際が進み、結婚を申込まれた。道夫の熱心さと同じろう者同士ならと秋子は道夫と結婚生活に入った。二人の間に元気な赤ん坊が生れた。が、二人の耳が聞こえないための事故から死んでしまった。信子が家を飛び出し中国人の妾となりバーのマダムに収まったころ、道夫は有楽町附近で秋子と靴みがきを始め、ささやかな生活設計に乗り出した。グレた弘一が家を売りとばした。母のたまが道夫たちの家に転がりこんできた。秋子はまた赤ん坊を生んだ。たまは秋子たちのためにねじめを手放した。秋子はその金でミシンを買い内職を始めた。子供の一郎は健全に育ち健康優良児審査で三等賞を受けた。道夫は一郎の教育を考え靴みがきを止め印刷所の植字工になった。が、一郎は成長するにつれ障害者である両親をうとんずるようになった。内職の金をごまかされたり秋子の苦難の日はつづく。刑務所を出てきた弘一がミシンを売ってしまう。絶望した秋子は置手紙を残して家出した。しかし後を追いかけてきた道夫の手話による必死のねがいで、秋子は家に帰った。一郎も優しい気持の子供に変っていった。が、生活は相変らず苦しい。ある日、昔、秋子が助けた戦災孤児のアキラが自衛隊員の姿で訪ねてきた。うれしさに秋子は大通りへとび出した。そのとたん秋子はトラックにはねられて死んだ。激しく鳴らした警笛がろう者の秋子には聞こえなかったのだ。一郎は、貧しくとも美しく生きた両親の慈愛をうけて明日への希望めざしてゆく…。

 

 

 

 

普通ならそこそこに説明を抑えて観てもらうのかもしれません。

ですが、この映画の迫力は物語を知っていても迫ってくるものがあります。

高峰秀子演じる女性の美しさです。

それは勿論美人だどうのということではありません。

真実に生きる人の美しさだと思います。

精一杯に、一所懸命に、ひたむきに生きている女性だからです。

小林桂樹が演じる夫と妻の秋子の二人が真剣に向き合ってぶつかって、本物の夫婦なって行く姿に心が揺れます。

そこには、美辞麗句のような生活ではなく、淡々と厳しい生身の生活があるばかりです。

いいことも悪いことも、次々に来ます。戦中戦後の世界で生きていかなければならない人は、覚悟ができていますね。ふらつくことが許されません。ふらつけば死あるのみです。

この映画のクライマックスは、電車の二つの車両を挟んだガラス越しに、夫が妻を必死に説得するところです。

自暴自棄に陥ってしまって、死をも考えているかもしれない妻を、命がけで手話で説得して説き伏せるシーンです。

耳が不自由な人、言葉を発することができない人。

人並みの夫婦では無いけれども、手話でしかコミュニケーションは取れないけれども

自分たちにはどうしても分かち合わなければならないものがある。

一心同体で生きていかなければならない絆がある。

生きるか死ぬかを決する何かを相手に伝えられなければならない。

 

モノクロの映画にはどうしてこう美しいシーンがあるのでしょう?

高峰秀子はこの演技がサンフランシスコ映画祭で評価され、主演女優賞に輝きました。

 

わたしたちは、確かに耳が聞こえ、言葉を自由に話すことができます。

見かけはそのように見えます。

だが、どれほど真実のコミュニケーションがとれていることでしょうか?

夫婦が思いの限りを尽くしてぶつけ合い、傷つけ合うことがあっても、それによってさらに近くなり、成長していく先に、どんな犠牲を捧げても、子供に何かを残せていくことができたなら、素敵なことではないでしょうか?

障害者の両親を持つ子どもが、学校でからかわれ、いじめられます。

そこで、子どもは正直親たちと疎遠になります。

カッコ悪いからです。

親もそれを知って遠慮しがちになります。

夫婦でもしも自分たちのような障害児が生まれてきたらと、はらはらしながら生まれた子どもが健常者だと知った喜びも、現実にあっけなく打ちのめされてしまいます。

 

自分や先祖の罪が子どもに現れないようにと、われわれも思うものでしょう。

そして子供たちが生まれてきます。

「文先生は素晴らしいかもしれないけど、幹部が皆を騙しているんじゃないの?」

「先生は誇りたいけど、教団には何か先生の教えとは違うものがある。」

親も子供たちも胸を張って教団のことを言うことが難しい時代でした。

家庭連合の親にはこの世の人と結婚してもいいから幸せになってほしいと思う方も出てきているといいます。

 

今日は相対者と一緒に見たくなって、二人でツタヤに行ったのですが、生憎そこにはありませんでした。

相対者が見たことがなかったので、一緒に見たくなったのです。

 

学生時代、浪人時代に何度か友人たちの間でこの映画のことが話題になりました。

若かったので実際の夫婦のことはよくわかりませんが、こんな夫婦はすごく素晴らしいなあと思ったものでした。

親友は私に言いました。

「名もなく貧しくはわかるけど、そこに美しくがなかったらどうなるんだよ!」

「おまえ、言ってくれるね、俺達には縁がないということかよ!ははは!」

報われようが報われまいが、ひたむきに生きていきたいあなたにこの映画をお薦めします。

ある方に昨日「娘さんにどうでしょう」と勧めたら

「ずいぶん古い映画を」と言われてしまいました。

あはは。

 

 

その他に伊集院さんと石井ふく子さんの番組の音声がアップされているものもありました。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

 

 


にほんブログ村

 応援して下さる方は上のロゴをクリックして下さい。