読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

亨進様や国進様にできるだけ余計な負担が掛からないようにお願いしたい

亨進様と国進様がフランクに何でも質問に応じておられる様子を毎回動画で見ていて頭が下がる思いです。

わたしは、この質疑応答の進行方法に疑問を感じてきました。

お父様がこうして何度もわれわれに質問の機会を下さってきましたか?

何故、そうなのでしょうか?

興進様が来られた時にも、質問はしてはいけないという指示がありました。

 

わたしは常に神の立場からと、サタンの立場から物事を見る癖があります。

お父様の姿から学んできました。

サタンの立場で質疑応答を見ると、こんなに安直に第二代王を試練することができるチャンスはありません。

しかもサタン自身がするまでもなく、亨進様の愛する食口が代わって試練してくれるのですから、こんなに楽しい機会はないでしょう。

 

食口が質問している気でいても、サタンはそれを試練に変えようと虎視眈々と狙っています。

第一試練を勝利しているので、本来答えるえる必要のない質問にさえ、

イエス様は答えられました。

 

第二代王が本当に答えなければならないような質問を、厳選して投げかける責任が食口にはあります。何でもかんでも教えてもらうのではいけないでしょう。

何でも頼むのも考えものです。

質問の答えを十分に精誠を尽くして求めてのことでしょうか?

私には少々疑問です。

 

出来る限り、パンサー氏やエルダー氏で間に合うことであれば

王様に負担をかけるべきではないでしょう。

日本では、江利川会長で抑えられるものは、そこで消化するべきでしょう。

 

私がいつも感心させられるのは、国進様が洗礼ヨハネのようにして、亨進様が答える前にお話されることです。

美しい兄弟愛に満ちていますし、兄でありながら忠誠を実践されている姿をそこに見ることができます。

王様が関与すべき重要案件以外で王様を煩わせてはならないのです。

心ない食口の中には、「国進様がとっつきにくい」と感じたりするとか。

全く反対ですね。

お見事の一言です。

亨進様の一言で天地が動くのです。

イエス様とお父様しか知ることのなかった世界に亨進様は生きておられます。

この重圧に加重するような行為は厳に避けなければならないでしょう。

一言の言葉尻を捉えて誰かが暴走するとも限りません。

国進様が内堀です。

本当はその他に外堀があるといいのです。

お二人には、お疲れの中の精誠に大変感謝いたします。

 

今回の質問者は霊能者に栄進様が降りてきたとかいう人とともに活動されている姉妹でした。

わたしは栄進様の支派ですから関心がないわけではありません。

しかし、栄進様も勿論活躍されておられるでしょうが、

基本的には、お父様が亨進様を後継者として選んだことを受け入れるか否かが重要です。霊的なことによる証は付随的なものになります。

その際も、霊が語った内容が原理的であるか吟味しなければなりません。

大変難しい作業です。

霊通したら御言葉をさらに学ばないといけません。

霊的現象と御言葉を付きあわせて判断できなければなりません。

 

霊通者が、「あなたは主である」という啓示を受けたとき、このような原理的な事情を知らずに、自分が再臨主だと思って行動すれば、彼は必ず、偽キリストの立場に立つようになる。終末に、偽キリストが多く現れると預言された理由もここにある。霊通者はみな、各自通じている霊界の階位と啓示の内容がお互いに異なるために(コリントⅠ 15・41)、相互間の衝突と混乱に陥るのが普通である。霊通者は、事実上、みな同一の霊界を探し求めていくけれども、これに対する各自の環境、位置、特性、知能、心霊程度などが相異なるために各自に現れる霊界も、各々異なる様相のものとして認識されて、相互に衝突を起こすようになるのである。
 復帰摂理のみ旨に侍っている人たちは、各々摂理の部分的な使命を担当して、神と縦的な関係だけを結んでいるので、他の霊通者との横的な関係が分からなくなるのである。したがって、各自が侍っている天のみ旨が、各々異なるもののように考えられ、互いに衝突を起こすようになる。なお、神は各自をして復帰摂理の目的を達成させるに当たって、彼らが各自最善を尽くすように激励なさるため、「あなたが一番である」という啓示を下さるので、横的な衝突を免れなくなる。また、彼が担当した部分的な使命分野においては、事実上、彼が一番であるために、このような啓示を下さることもある。
 また、篤実な信仰者たちが、アダムとエバの堕落直前の心霊基準まで成長して霊通すれば、アダムとエバが克服できずに堕落したのと同じ試練によって、堕落しやすい立場に陥るようになる。したがって、原理を知らない限り、このような立場を克服することは、非常に難しいことなのである。今日に至るまで、多くの修道者たちが、この試練の峠を克服できずに、長い間修道した功績を一朝一夕に台無しにしたことは、実に惜しんでもあまりあることである。
 では、霊通者のこのような混乱を、いかにすれば防ぐことができるだろうか。神は、復帰摂理の目的を早く完遂されるために、その摂理の過程において、部分的な使命を数多くの人たちに分担させ、その各個体と縦的にだけ対応してこられたので、上述のように、すべての霊通者たちは、相互間に横的な衝突を免れ難くなっている。しかし結局、歴史の終末期に至れば、彼らは各自の使命がみな復帰摂理の同一の目的のために、神から分担させられていたことを共に悟って、お互いに横的な関係を結び、一つに結合して、復帰摂理の全体的な目的を完成させる新しい真理のみ言を賜るようになる。そのときすべての霊通者は、自分のものだけが神のみ旨であるとの主張を捨て、より高次元的で、全体的な真理のみ言の前に出て、自分自身の摂理的な使命と位置を正しく悟ることにより、そこで初めて、横的な衝突から起こった過去のすべての混乱を克服することができるし、またそれと同時に、各自が歩いてきた信仰路程に対する有終の美を結ぶこともできるのである。

第五章 復活論 第二節 復活摂理(二)地上人に対する復活摂理(6) 終末に起こる霊的現象

 

お父様やイエス様を霊的に見たというのも、

「あなたが一番である」の類のようなものだと考えればいい。

 

恵みの陰に試練あり、試練の中に恵みあり。

 

自分が分担しているのは、「部分的な使命分野」にすぎないという自覚が必要です。

「自分が中心だ」とサタンは思い込ませたいのです。

ですから、霊通した時には誰よりも謙虚にならなければなりません。

それが試練に会わない唯一の道です。

 

ある種の人達に特別解怨をしてはどうかという意見を持っている人がいるという。

 

私から言わせて貰えば、

自分が解怨できる権能もないのに、

誰がいいかと頼まれたわけでもないのに

あの人を解怨してもらわなきゃと考えるというのは

全く腑に落ちない。

おかしな話だ。

集中すべきことが違うのではないか?

これをまた質問することになるのか?

やめたほうがいいだろう。

お父様は霊界に行ってもやらなければならないことがいっぱいあると言われていた。

お父様が必要と思えばもう何らかの行動をされているだろう。

地上で手続きをしなければならないなら、直接王様に命じるだろう。

 

興進様の時にも、日本の功労者を出しなさいとして、解怨らしきことをしてきたこともあったように思うが、これは上からの要請があって、こういう人がいますと報告し実施されてきた。

 

さて、熊本の教会では、教会長にはサモニムがいるのに、

「摂理的に見ると婦人部長とは夫婦の関係」

だと説明されてきたという。

婦人部長は霊能者だとか。

わたしがサタンなら蝿のように手をこすって、「しめしめ」だね。

霊能者の夫人部長が教会長を主管しているような話にも聞こえるね。

金なんとかにならないことを!

そもそも

熊本では婦人部長が教会長にと誘って始まったという話も聞く。

この世的に言えば雇ったということかもしれない。

アダム・エバの試練に遭わないことを祈りたい。

こんなことがこれからも続いて主張されるなら、

日本サンクチュアリに熊本の信徒は移動することをおすすめする。

 

あるところの教会長にも、女性の三位基台をつくったところがあるという。

まあ、作るのはいいけど、上位者に報告して自分ではなく神に繋げないとね。

意図的であれ、意図がなくても、異性間の秘密の環境を作らないことが大切です。

思わぬところからサタンは侵入してくるからです。

 

家庭連合はお母様がお父様を追放して、夫婦の溝をつくって崩壊の道に向っています。

これが教訓です。

 

 


にほんブログ村

 応援して下さる方は上のロゴをクリックして下さい。