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原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

ナバルの妻アビガイルが主の花嫁になるように  祝福により主体者を持つ女性は再臨主の聖なる妾

 
"You Raise Me Up"


When I am down and, oh, my soul, so weary;
When troubles come and my heart burdened be;
Then I am still and wait here in the silence,
Until you come and sit awhile with me.
 
落ち込んで 心が萎えるとき
悩みが訪れ わたしの心に重くのしかかるとき
それでも わたしは静けさの中でここに待っている
あなたがやって来て わたしの傍らに座ってくれるまで


You raise me up, so I can stand on mountains;
You raise me up to walk on stormy seas;
I am strong when I am on your shoulders;
You raise me up to more than I can be.
 
あなたはわたしを引き上げてくれる まるで山々の頂きにさえ立てそうなほど
あなたはわたしに力をあたえてくれる まるで嵐の海さえ歩いていけそうなほど
わたしは強くなる 重荷をあなたに背負われて
あなたはわたしを引き上げてくれる わたしが想像もつかなかったほど


You raise me up, so I can stand on mountains;
You raise me up to walk on stormy seas;
I am strong when I am on your shoulders;
You raise me up to more than I can be.
 
あなたはわたしを引き上げてくれる まるで山々の頂きにさえ立てそうなほど
あなたはわたしに力をあたえてくれる まるで嵐の海さえ歩いていけそうなほど
わたしは強くなる 重荷をあなたに背負われて
あなたはわたしを引き上げてくれる わたしが想像もつかなかったほど


There is no life - no life without its hunger;
Each restless heart beats so imperfectly;
But when you come and I am filled with wonder,
Sometimes, I think I glimpse eternity.
 
そんな人生なんかありはしない こころに飢えのない人生なんて
心臓は絶え間なく打ち続けるけれど なんて不規則なのだろう
でも あなたがやって来て 不思議な気持ちに満たされる
時々 わたしは永遠をかいま見ていると


You raise me up, so I can stand on mountains;
You raise me up to walk on stormy seas;
I am strong when I am on your shoulders;
You raise me up to more than I can be.
 
あなたはわたしを引き上げてくれる まるで山々の頂きにさえ立てそうなほど
あなたはわたしに力をあたえてくれる まるで嵐の海さえ歩いていけそうなほど
わたしは強くなる 重荷をあなたに背負われて
あなたはわたしを引き上げてくれる わたしが想像もつかなかったほど
 
 
You raise me up, so I can stand on mountains;
You raise me up to walk on stormy seas;
I am strong when I am on your shoulders;
You raise me up to more than I can be.
 
あなたはわたしを引き上げてくれる まるで山々の頂きにさえ立てそうなほど
あなたはわたしに力をあたえてくれる まるで嵐の海さえ歩いていけそうなほど
わたしは強くなる 重荷をあなたに背負われて
あなたはわたしを引き上げてくれる わたしが想像もつかなかったほど
 
 
You raise me up to more than I can be.
 
あなたはわたしを引き上げてくれる わたしが想像もつかなかったほど
 
 
 
平易な文章の中に、聖書の内容を彷彿させるものがあって、深みをあたえているような歌詞ですね。
さて、アビガイルのお話です。サムエル記上25章を見てみましょう。
 
 
 
:1)さてサムエルが死んだので、イスラエルの人々はみな集まって、彼のためにひじょうに悲しみ、ラマにあるその家に彼を葬った。そしてダビデは立ってパランの荒野に下って行った。 
:2)マオンに、ひとりの人があって、カルメルにその所有があり、ひじょうに裕福で、羊三千頭、やぎ一千頭を持っていた。彼はカルメルで羊の毛を切っていた。 
:3)その人の名はナバルといい、妻の名はアビガイルといった。アビガイルは賢くて美しかったが、その夫は剛情で、粗暴であった。彼はカレブびとであった。 

 後にエリアがバアルと戦ったあのカルメルです。

羊3000頭、やぎ1000所有していた人の名は、愚か者という意味のナバルでした。彼の妻は賢く美しかったといいます。

それに対して、その夫は強情で粗暴であったといいます。

 
:4)ダビデは荒野にいて、ナバルがその羊の毛を切っていることを聞いたので、 
:5)十人の若者をつかわし、その若者たちに言った、「カルメルに上って行ってナバルの所へ行き、わたしの名をもって彼にあいさつし、 
:6)彼にこう言いなさい、『どうぞあなたに平安があるように。あなたの家に平安があるように。またあなたのすべての持ち物に平安があるように。 
:7)わたしはあなたが羊の毛を切っておられることを聞きました。あなたの羊飼たちはわれわれと一緒にいたのですが、われわれは彼らを少しも害しませんでした。また彼らはカルメルにいる間に、何ひとつ失ったことはありません。 
:8)あなたの若者たちに聞いてみられるならば、わかります。それゆえ、わたしの若者たちに、あなたの好意を示してください。われわれは祝の日にきたのです。どうぞ、あなたの手もとにあるものを、贈り物として、しもべどもとあなたの子ダビデにください』」。 
:9)ダビデの若者たちは行って、ダビデの名をもって、これらの言葉をナバルに語り、そして待っていた。

羊の毛を刈る収穫期になっていたので、その「祝の日」には、富者は貧しい者に対して施しをするのが習わしであったようです。

ダビデは彼の軍隊とともにその地にいたので、運良くナバルは盗賊によって家畜や物を失うことがありませんでした。また、彼の兵はナバルの財産に手を付けることもしませんでした。

そこでダビデは祭りの日に施しを受けようと思い、若者たちにナバルに言うべき丁重な言葉を与えて彼のもとに行かせるのでした。

「あなたの子ダビデ」 とへりくだって言うように指導までしたのです。

 

:10)ナバルはダビデの若者たちに答えて言った、「ダビデとはだれか。エッサイの子とはだれか。このごろは、主人を捨てて逃げるしもべが多い。 
:11)どうしてわたしのパンと水、またわたしの羊の毛を切る人々のためにほふった肉をとって、どこからきたのかわからない人々に与えることができようか」。

 

ところが、ナバルは,
なにダビデだと、サウルに殺されそうになっている馬の骨ではないか、そんな輩に大事な私の財産を分けてあげられようかと思いました。
ダビデが「あなたの子ダビデ」とへりくだったにもかかわらず、ナバルはダビデを「主人であるサウルから逃げてきたしもべ(奴隷)」として皮肉ったのでした。
 
 
 
:12)ダビデの若者たちは、そこを去り、帰ってきて、彼にこのすべての事を告げた。 
:13)そこでダビデは従者たちに言った、「おのおの、つるぎを帯びなさい」。彼らはおのおのつるぎを帯び、ダビデもまたつるぎを帯びた。そしておおよそ四百人がダビデに従って上っていき、二百人は荷物のところにとどまった。

 丁重に挨拶したにもかかわらず、また懇願したにも拘らず、ナバルの馬鹿にした態度にダビデは怒り心頭に達したようです。

 
:14)ところで、ひとりの若者がナバルの妻アビガイルに言った、「ダビデが荒野から使者をつかわして、主人にあいさつをしたのに、主人はその使者たちをののしられました。 
:15)しかし、あの人々はわれわれに大へんよくしてくれて、われわれは少しも害を受けず、またわれわれが野にいた時、彼らと共にいた間は、何ひとつ失ったことはありませんでした。 :16)われわれが羊を飼って彼らと共にいる間、彼らは夜も昼もわれわれのかきとなってくれました。 :17)それで、あなたは今それを知って、自分のすることを考えてください主人とその一家に災が起きるからです。しかも主人はよこしまな人で、話しかけることもできません」。

 

知恵のある若者が話の分からない偏屈な主人ではどうにもならないので、頼りになる聡明なナバルの妻アビガイルにことの事情を報告し、あなたがなんとかしないと家中に災いがもたらされてしまいますよと警告したのでした。

 
:18)その時、アビガイルは急いでパン二百、ぶどう酒の皮袋二つ、調理した羊五頭、いり麦五セア、ほしぶどう百ふさ、ほしいちじくのかたまり二百を取って、ろばにのせ、 
:19)若者たちに言った、「わたしのさきに進みなさい。わたしはあなたがたのうしろに、ついて行きます」。しかし彼女は夫ナバルには告げなかった。

 

アビガイルは状況判断とその最適な行動に移る反応速度が実に速い女性でした。

偉大な人物は、男であれ女であれ、このような反応速度が実に速いものです。

昔から知行合一などと呼ばれてきました。

夫に告げないで献金をする誰かさんに似ているようですね。

 
 
:20)アビガイルが、ろばに乗って山陰を下ってきた時、ダビデと従者たちは彼女の方に向かって降りてきたので、彼女はその人々に出会った。 
:21)さて、ダビデはさきにこう言った、「わたしはこの人が荒野で持っている物をみな守って、その人に属する物を何ひとつなくならないようにしたが、それは全くむだであった。彼はわたしのした親切に悪をもって報いた。 
:22)もしわたしがあすの朝まで、ナバルに属するすべての者のうち、ひとりの男でも残しておくならば、神が幾重にもダビデを罰してくださるように」。 
:23)アビガイルはダビデを見て、急いでろばを降り、ダビデの前で地にひれ伏し、 
:24)その足もとに伏して言った、「わが君よ、このとがをわたしだけに負わせてください。しかしどうぞ、はしために、あなたの耳に語ることを許し、はしための言葉をお聞きください。 
:25)わが君よ、どうぞ、このよこしまな人ナバルのことを気にかけないでください。あの人はその名のとおりです。名はナバルで、愚かな者です。あなたのはしためであるわたしは、わが君なるあなたがつかわされた若者たちを見なかったのです。 
:26)それゆえ今、わが君よ、主は生きておられます。またあなたは生きておられます。主は、あなたがきて血を流し、また手ずから、あだを報いるのをとどめられました。どうぞ今、あなたの敵、およびわが君に害を加えようとする者は、ナバルのごとくになりますように。 
:27)今、あなたのつかえめが、わが君に携えてきた贈り物を、わが君に従う若者たちに与えてください。 
:28)どうぞ、はしためのとがを許してください。主は必ずわが君のために確かな家を造られるでしょう。わが君が主のいくさを戦い、またこの世に生きながらえられる間、あなたのうちに悪いことが見いだされないからです。 
:29)たとい人が立ってあなたを追い、あなたの命を求めても、わが君の命は、生きている者の束にたばねられて、あなたの神、主のもとに守られるでしょう。しかし主はあなたの敵の命を、石投げの中から投げるように、投げ捨てられるでしょう。 
:30)そして主があなたについて語られたすべての良いことをわが君に行い、あなたをイスラエルのつかさに任じられる時、 
:31)あなたが、ゆえなく血を流し、またわが君がみずからあだを報いたと言うことで、それがあなたのつまずきとなり、またわが君の心の責めとなることのないようにしてください。主がわが君を良くせられる時、このはしためを思いだしてください」。

 

ダビデ以上にアビガイルはへりくだりました。

この辺りはトム・ヒューストン著「ダビデ王」を引用したほうが良いでしょう。

 

 ダビデとアビガイルの出会いは、古風な出会いだった。彼女は、聖書の中に記されているどんな女よりも長い弁舌を振るった。彼女の口から出た300語は、良好な人間関係を作るための実践活動の、またとない逸品となっている。

 今日、専門家たちは相手の感情を害さずに人々を動かすための法則を教えている。しかしアビガイルは、そのような本を読んだこともないのに、その法則をすべて実践したのだ!

 

1,他人を批判する前に、まず自分自身の誤りについて話すこと

「ご主人さま、どうぞお聞きくださいませ。責めはわたしに負わせてください。どうぞ、あのろくでなしのナバルのことはお気にかけないでくださいませ。彼は全く名前の とおり、馬鹿者なのです!ご主人さま、あなたのご家来たちがお出でになったとき、わたしはいなかったのでございます」

 

2,他人の誤りに対して間接的に注意を促すこと

「あなたの敵に復讐して殺すことからあなたを遠ざけておられるのは主です。ですから今、わたしは生きておられる主によってあなたにお誓いいたしますが、あなたの敵と、あなたに危害を加えようとする者はすべて、ナバルのように罰を受けることになるでしょう」

 

3,誤りを正すのは簡単だと思わせること

「ご主人さま、わたしがお持ちしたこの贈物をどうぞお受けください。そしてご家来がたにお与えください」

 

4,正直に賞賛を表明すること

「ご主人さま、わたしがいたしました失礼は、どうかすべてお赦しくださいませ。主はあなたを王になさるでしょう。あなたのご子孫をも同じようになさるでしょう。なぜならあなたは、主の戦いを戦っておられるのですから」

 

5,犬には良い名前を与えること ー 名前どおりに生きていくものだから

「あなたは、生きていらっしゃる間、悪いことは何もなさらないでしょう。もし誰かがあなたを攻め、あなたを殺そうとするようなことがあれば、あなたの神である主が、人が高価な宝物を守るように、あなたを安全にお守りになるでしょう。しかし、あなたの敵たちについては、石投げ紐で石を投げるように、あなたの神である主が彼らを遠くへ投げつけられるでしょう」

 

6,相手の顔を立てること

「そして、主があなたに約束された良いことをすべてなさり、あなたをイスラエルの王にされたとき、ご主人さま、あなたは、理由もなしに殺したり個人的な復讐をしたなどと、後悔されたり気がとがめたりはなさらないはずです。そして、主があなたを祝福なさるときには、どうぞ、わたしのことをお忘れにならないでください」

 

7,あなたの提案を受けたことを喜びと思わせること

「ダビデは彼女に言った。『イスラエルの神、主を賛えよう。主は今日、あなたを遣わしてわたしに会わせてくださった。あなたの良識に助けられたことと、あなたが今日、わたしを殺人の罪と個人的な復讐を犯すことから遠ざけてくれたことを、神に感謝する』」

 

ダビデ王―旧約聖書に学ぶリーダーシップの条件

ダビデ王―旧約聖書に学ぶリーダーシップの条件

 

 著者は以下の聖句を最後の紹介しています。

:26)怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。 
:27)また、悪魔に機会を与えてはいけない。
 エペソ人への手紙4章 

 

さて、アビガイルに戻りましょう。
 
:32)ダビデはアビガイルに言った、「きょう、あなたをつかわして、わたしを迎えさせられたイスラエルの神、主はほむべきかな。 
:33)あなたの知恵はほむべきかな。またあなたはほむべきかな。あなたは、きょう、わたしがきて血を流し、手ずからあだを報いることをとどめられたのです。 
:34)わたしがあなたを害することをとどめられたイスラエルの神、主はまことに生きておられる。もしあなたが急いでわたしに会いにこなかったならば、あすの朝までには、ナバルのところに、ひとりの男も残らなかったでしょう」。 
:35)ダビデはアビガイルが携えてきた物をその手から受けて、彼女に言った、「あなたは無事にのぼって、家に帰りなさい。わたしはあなたの声を聞きいれ、あなたの願いを許します」。

 

人に出会い、その人が発する言葉に出会った時に、私たちは主の訪れを深く感じるでしょうか?
兄弟が語り、あるいは投げかける言葉を聞きながら、神がまさに彼を導き遣わして私の口から神の言葉を引き出されるのだという感覚。
主は讃むべきかな。
 
 
 
:36)こうしてアビガイルはナバルのもとにきたが、見よ、彼はその家で、王の酒宴のような酒宴を開いていた。ナバルは心に楽しみ、ひじょうに酔っていたので、アビガイルは明くる朝まで事の大小を問わず何をも彼に告げなかった。 
:37)朝になってナバルの酔いがさめたとき、その妻が彼にこれらの事を告げると、彼の心はそのうちに死んで、彼は石のようになった。 
:38)十日ばかりして主がナバルを撃たれたので彼は死んだ。

 ナバルは怒り狂ったのでしょうか?

脳梗塞かなんかで倒れてしまいます

倒れて10日して息を引き取ったのでした。。 

:39)ダビデはナバルが死んだと聞いて言った、「主はほむべきかな。主はわたしがナバルの手から受けた侮辱に報いて、しもべが悪をおこなわないようにされた。主はナバルの悪行をそのこうべに報いられたのだ」。ダビデはアビガイルを妻にめとろうと、人をつかわして彼女に申し込んだ。 
:40)ダビデのしもべたちはカルメルにいるアビガイルの所にきて、彼女に言った、「ダビデはあなたを妻にめとろうと、われわれをあなたの所へつかわしたのです」。 
:41)アビガイルは立ち、地にひれ伏し拝して言った、「はしためは、わが君のしもべたちの足を洗うつかえめです」。 
:42)アビガイルは急いで立ち、ろばに乗って、五人の侍女たちを連れ、ダビデの使者たちに従って行き、ダビデの妻となった。
 

 罰は人が人に下すのではなく、神にゆだねるべきだというのです。

人を裁きまくっていくと、その道の傍らでこちらに向かって敬礼するサタンが必ず目に止まるようになるでしょう。

 

私がこの物語でいちばん心惹かれるのはアビガイルが立って、地にひれ伏し、拝して言った言葉です。

 

はしためは、わが君のしもべたちの足を洗うつかえめです

 

つまり、「僕の僕」だというのです。

新共同訳では

「わたしはご主人様の僕たちの足を洗うはしためになります。」

王妃になる方は神の国の母の心情を持ち、実際には僕の僕として、国王の家臣の足を洗うはしためとして生きる女性だというのです。

ダビデが妻に迎えたいと思うのも無理も無いことでした。

聡明にして謙遜であり美しい女性でした。

 

アビガイルは天使長である夫より、神を思い、ダビデを敬愛していました。

ダビデが神の人であることを確信していました。

天使長よりアダムを神の立場で愛しました。

女性が神の立場で主を妾のように愛するとき、サタンはナバルの如く滅んでいくことを

この物語は教示しているのではないでしょうか?

だが、天使長は死なずに自然屈服する道が本来の蕩減復帰の道筋であったことでしょう。後のウリヤは生きてそのようになるべきでした。

 

われわれ一世の男性は善の天使長です。

夫と言っても天使長なので神の精子、神の血統はありません。

種なしの天使長なのです。

もし自分の精子によって子どもが生まれるなら

その子どもは堕落圏内に留まることでしょう。

その種は再臨主から来て女性の子宮で受精されます。

そのためには実体の道も代表して必要であり、

その他の者も霊的な道が必要になります。

真の母という正妻と聖なる妾としての女性が一体化する中で

原罪は精算され、次に一体化したエバを母として生み返され、

男性は天使長からアダムに立ち返っていきます。

だが、我々はそれでも種なしの天使長です。

そして、実際には二世の男子から神の精子を持つ者が現れてくるのです。

男性がそのことに愛の減少感を持たず、かえって誇りに思うなら、

あなたは天使長圏を脱却し神の実子の圏内へと

移行していると言えるでしょう。

 

あなたがた女性の夫はすべからく天使長なのです。

あなたがたは誰の聖なる妾でしょうか?

それを真に知るならば、たとえナバルの如き夫に仕えるとも

アビガイルのように夫ではなく神の人を敬愛して証すでしょう。

あなたがたは主の花嫁として選ばれた人たちです。

だが、誰がそのことの秘儀を再臨の主と分かち合うことができるでしょうか?

われわれ一世は善の天使長の男性と主の花嫁の女性のカップルです。

我々に続く世代にはわからない世界でしょう。

 

(国進ニム)
六マリアについての質問ですが、簡単です。お父様は「花婿」としてこられました。エデンの園では花嫁はエバ一人でした。エバだけが神様と相対していればよかったのです。問題はこの世界は個人レベルから拡大して世界まで殖え拡がったことです。何十億の人が存在する世界になっていることです。メシアが来られるときすべての女性、何十億という女性を一人に代表させるということをしなければならないわけです。これがお父様の抱えられた問題です。お父様は御一人なのにエバは30億人もいる。
世界を救うためにはその30億の女性が真のアダムの種を受けなければならないのです。それによって神の血統が根付くからです。ですから6マリアは30億の全女性を代表する立場として立たされるわけです。それによって世界を救うことができるのです。すべての女性が真のアダムの精子を受けることができるようにすることが6マリアの摂理の重要性です。

お母様の立場というのは「花嫁」の長、代表だということです。神学的にいえばその花嫁の長は最もサタン的な血統から迎えなければならない。神様の血統は、神様の精子を最もサタン的な子宮を通じて産み出さなければならなかったのです。

六マリアの摂理は再臨主がエバを復帰するために避けることができない路程であったのです。エデンでは一人であったエバが30億になっていたからです。神の摂理の中で再臨主として越えなければならない摂理であったということです。

(質問者)
では六マリアの6というのは6に限定されるのでしょうか。それともそれ以上であっても構わないのでしょうか。

(国進ニム)
お父様は花婿ですからすべての女性が対象になるのです。物理的に可能であるとするならば、世界のすべての女性とお父様が関係する、ということがお父様の使命になっていたでしょう。
 

あなたがナバルの妻であることを選ぶか、

あなたがダビデの妻であることを選ぶか

それはあなたしだいです。

だれがあなたを引き上げてくださるのでしょうか? 

男性は女性を通して神に会い

女性は男性を通して神に会う。

それが再臨主に祝福されて理想家庭を目指す

われわれ祝福家庭の運命です。

 

 

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