原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

取り返しのつかないことをした小林だが、それでも痛いほど中原を愛してはいた

親友の恋人に手を出しては・・・・

取り返しがつかないことをしてはしまったものの

親友を愛する気持ちは残り続ける。

二人の文士が黄泉の国で再びわかまりなく出会っていることをただ祈る。

こんな詩を書く小林と中也ならできたことだろう。

人は過ちを重ねていくが、どうしようもできなかったという

懺悔の中には何かしらの美しい真実もあるに違いない。

 

愛すべき小林秀雄中原中也の詩を掲げます。

 

  死んだ中原    小林秀雄

  君の詩は自分の死に顔が
  わかつて了つた男の詩のやうであつた
  ホラ、ホラ、これが僕の骨
  と歌つたことさへあつたつけ

  僕の見た君の骨は
  鉄板の上で赤くなり、ボウボウと音をたててゐた
  君が見たといふ君の骨は
  立札ほどの高さに白々と、とんがつてゐたさうな

  ほのか乍ら確かに君の屍臭を嗅いではみたが
  言ふに言われぬ君の額の冷たさに触つてはみたが
  たうたう最後の灰の塊りを竹箸の先で積もつてはみたが
  この僕に一体何が納得出来ただろう

  夕空に赤茶けた雲が流れ去り
  見窄らしい谷間ひに夜気が迫り
  ポンポン蒸気が行く様な
  君の焼ける音が丘の方から降りて来て
  僕は止むなく隠坊の娘やむく犬どもの
  生きてゐるのを確かめるやうな様子であつた

  あゝ、死んだ中原
  僕にどんなお別れの言葉がいえようか
  君に取り返しのつかぬ事をして了つたあの日から
  僕は君を慰める一切の言葉をうつちやつた

  あゝ、死んだ中原
  例へばあの赤茶けた雲に乗って行け
  何んの不思議な事があるものか
  僕達が見て来たあの悪夢に比べれば


  一つのメルヘン  中原中也

  秋の夜は、はるかの彼方に、
  小石ばかりの、河原があって、
  それに陽は、さらさらと
  さらさらと射しているのでありました。
  陽といっても、まるで硅石か何かのようで、
  非常な個体の粉末のようで、
  さればこそ、さらさらと
  かすかな音を立ててもいるのでした。
  さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
  淡い、それでいてくっきりとした
  影を落としているのでした。
  やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
  今迄流れてもいなかった川床に、水は
  さらさらと、さらさらと流れているのでありました・・・

 

 

 


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