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原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

江利川会長は「責任」がお好き。 ではあなたは「自由」と「責任」のいずれがお好き?

江利川会長は「自由だったらわたしはやらなかった。責任だったのでわたしはやったのです。」と言われました。

自由という言葉の響きが「放縦」と響くのか、いい加減と聞こえるのか、

ともかく「自由」というのは、どうも落ち着かない。腑に落ちない言葉として

江利川会長には映るようです。

だが、江利川会長だって、誰かに強いられてそのような責任を負っていかれるわけではありません。

自らそうしたいからしていることは誰の目から見ても明らかでしょう。

つまり、責任を負いたいという自由意思による選択によって

実行されることになります。

 

では。これを自由という言葉を使って説明するとすれば

どのように考えたら良いのでしょうか?

統一原理では、原理・責任・実績が備わって自由は存在するとしています。

 

これはそれぞれ自由の本体の一側面です。

原理試験では基本的には記述箇所のみを問題にする傾向があるようです。

 

例えば、存在するものはすべて全体目的と個体目的を持っています。

人間で言えば霊人体の生心が指向する目的と、肉身の肉心が指向する目的です。

 

では自由ですが、これにも全体目的を指向する公的自由と

個体目的を指向する私的自由があるとみなすことができるでしょう。

創造本然の人間では、

全体目的を指向する公的自由が主体で

個体目的を指向する私的自由が対象となり

円満な授受作用をして統一しているはずです。

このことを連体と言っています。

 

これが堕落によって主客転倒してしまいました。

そこで本来は主体として機能するはずの公的自由が塞がれて

私的自由が主役に躍り出てしまいました。

ここに問題が発生します。

主管性転倒です。

 

 私達の自由意思が希求する自由というのは

本質的には公的自由であるはずです。

では、私たちは何故、公的自由を強く希求するようになるのでしょうか?

それはすべての存在のあり方がそのようになっているからです。

存在様相なんて言いますね。

 

あらゆる存在しているものの「存在するあり方」

私的自由を否定しながら公的自由を求めて自己超克しようとして存在しています。

素粒子・原子・分子の世界から、植物・動物・人間という生命の世界に至るまで

自動的に自己同一という「そのままでいるあり方」

これを発展的に自己超越する「あたらしく生まれていくあり方」

ふたつの様相を持っていると言えましょう。

 

価値的側面から考えてみますと

無生物におきましては、内命性によって、より大きな価値を持つ自然界の上位存在に融合し変身して新しいステージの存在様相に発展していくようです。

また、上位者が下位者を吸収し、下位の次元を上位の次元に引き上げ、同じ恩恵に同参させることがあります。

植物は土中のミネラルなどを摂取して、彼らの次元に無生物を同参させます。

また、草食動物は好物の植物を食べて、足かせのある自由を楽しんでいた世界から

解き放たれて動物に同参して、新たな自由を満喫します。

 

無機物の世界では力が中心でした。

植物や動物にもそれに対応するような面も見られます。

同じ動物でありながら、肉食動物であるライオンが草食動物であるカモシカを捕獲して食べて自体に吸収することもあります。

これも同参の一種と見ていいでしょう。

しかし、なんだか可哀想な気がしますね。

 

これは神様の創造が極と極によって生み出される性格によるのでしょう。

お父様は「極と極は通じる」とおっしゃられました。

性相と形状、陽性と陰性というように、あらゆる存在はあたかも相容れない存在の和合によって成り立っています。

われわれ人間の感情を移入すれば、ライオンがカモシカに襲いかかって、首をがぶりと噛み切り、食事に与るのは残酷なようで勘弁してほしいと思うかもしれません。

肉身をコントロールする人間の肉心がさらに低レベルに模倣されているのが動物の本能でしょう。

肉心を大雑把に自己保存心とみて、それのずっと低級な心をライオンの本能とすれば、

人間の心のある部分を象徴的に取り上げて特化して被造物は造られ、その分化によって一見すれば相剋があるかのようですが、それは被造物の個性が強化されるためであって、相剋に主眼があるわけではありませんでした。

見えない神の内なる世界が完全なる円満な世界であるように、

見える被造物の世界でも本質的には円満な平安な世界ですが、

見える、すなわち個性を際立たせる、分化によって、このように表現されて現れざるを得なかったのでしょう。

 

神は我々人間が見て喜ぶために被造物と被造世界をお造りになられ、その世界に起こる千変万化の現象を堪能して幸せになる姿を共有されようとされました。

 

四、父は平和と幸福と自由と理想の源泉であらせられ、父を奉る個人と家庭と社会と国家と世界と天宙は、本性の人間を通じてのみ心情一体の理想世界を完結することができ、私は真の人間となり、心情の世界において父の代身者となることによって、被造世界に平和と幸福と自由と理想をもたらし、父に喜びと満足を帰し奉る真の子女となることを私はお誓いいたします。

 

鉱物界の階層構造は人間世界の階層構造にも現れてまいります。

ピラミッド構造そのものが悪なのではありません。

有機的連体性を持っていないことに問題があります。

 

存在するものが、自身を否定し、大義に向かて献身する「あり方」と

その「あり方」が自身の規定された価値を拭い去って自己超越し価値を高めた存在に変身していこうとする「あり方」を所有しています。

 

存在:奉仕性+献身性+昇価性

この3つの「あり方」をもって神の神性を表現しています。

あらゆる存在は、神の創造目的に向かって奉仕と献身を通して同参して、個性真理体としてに価値創造に貢献するよう、「あり方」は開かれています。

 

このような神の喜びの創造に、価値創造を持って参加することが人間が人として生まれてきた天命でした。

それを連体性というふうに表現できるかもしれません。

これを意識的かつ無意識的に獲得している存在が連体ということです。

また、このような連体は横的な連体、空間的な連体ですが、

神によって自由意志を与えられた人間は連体であることを悟るばかりか

自己と天宙を主管し創造する責任を担っています。

それはじっとしていてよいというものではありません。

歴史を貫く神の創造目的成就のために 、これを完成させる「歴史の結実体」です。

歴史の結実体とは縦的な時間的な連体です。

これら二つの連体は心情によって統一されています。

人間は心情的かつ空間的かつ時間的連体として神の御まえに立ち生きる存在です。

神の心情に奉献し、天宙に奉献し、摂理歴史に奉献する心情的存在です。

 

私の誓い
一、天宙の中心存在として、父の御旨(創造目的)と任せれた責任(個性完成)を全うし、喜びと栄光を帰し奉る善き子女となり、創造理想世界において永遠に父に仕え奉る真の孝子女となることを私はお誓いいたします。
二、父は六千年間供え物として十字架路程を忍ばれ、死したる私を真の子女として活かすべく、み言と人格と心情を与え一体化せしめて、天宙の相続権を与えたまわんとなさる聖なる御旨を私は受け、完全に相続することをお誓いいたします。
三、怨讐によって失われた子女と天宙を復帰せんがため、父は父母の心情を抱かれ僕の体を受肉し給い、汗は地のために、涙は人類のために、血は天のために流され、私の身代わりに歴史路程における怨讐サタン粉砕の武器を与えたまい、それらを完全に審判するまで父の性相を受け、真の子女私は敵陣に向かって勇進することをお誓いいたします。
四、父は平和と幸福と自由と理想の源泉であらせられ、父を奉る個人と家庭と社会と国家と世界と天宙は、本性の人間を通じてのみ心情一体の理想世界を完結することができ、私は真の人間となり、心情の世界において父の代身者となることによって、被造世界に平和と幸福と自由と理想をもたらし、父に喜びと満足を帰し奉る真の子女となることを私はお誓いいたします。
五、我々は神を中心とした一つの主権を誇り、一つの民を誇り、一つの国土を誇り、一つの言語と文化を誇り、一つの父母を中心とした子女となったことを誇り、一つの伝統を受け継いだ血族であることを誇り、一つの心情世界を成す役軍であることを誇り、これを実現せしめることを私はお誓いいたします。
このような義務と使命を成就せしめるため、責任をもって生命をかけて闘うことを私は
宣誓しお誓いいたします。
宣誓しお誓いいたします。
宣誓しお誓いいたします。

 

一言で言えば、江利川会長の言われる「責任」とは

「私の誓い」のことです。

「私の誓い」そのものです。

そこで亨進様と国進様はその心を受けて

「愛してます。ファイト!」

とおっしゃられました。

 

我々日本人の祖先から引き継ぐ血には武士道があります

最後に、吉田松陰の「武教全書講録」から、川口雅昭訳による文章を引用いたします。武教全書とは山鹿素行の書いた本です。私は吉田松陰のことはほとんど知りませんが、山鹿素行には関心があります。

 

吉田松陰 武教全書講録

吉田松陰 武教全書講録

 

 

私も皆さん方も、天皇をいただく我が日本国に生を受け、その中でも私共は武家、武士である以上、その職分である武道に心を尽くして励み、国家の大きな御恩に報いるべきことはいうまでもないことである。しかしながら、武士の本分と国家の御恩を知らないという者はいないが、心を尽くしてその本分に励む者とその御恩に報いる者は、昔から現在に至るまでめったにいないのである。

 その理由を考えると、心を尽くして励むことも、それほど難しいことではない。ただ、道理を知っているか知らないかである。本当に道理を知っているのであれば、誰が心を尽くして励まないであろうか、また、誰が報いないであろうか。 

 

 ではあなたは「自由」と「責任」のいずれがお好きですか?

それは何故ですか?

それとも・・・・

 

皆様に神の加護と導きと祝福がありますように!

アージュ

 

 

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魔法をかけれれた栄光のお母様を救う為の教科書 ⅠーⅤ、及び総合版
三部構成
 
一部 
Ⅰ は概要
ⅡはⅠの概要+主体対象の正統な理解について
ⅢはⅠ+Ⅱ+主体対象の一体化の摂理的意義について
 
二部 Ⅳ
三代王権について
1、亨進様の正統性
2,ヨナ様の正統性
3 ,信俊様の正統性
4,江利川会長の正統性
 
三部 Ⅴ
6マリアの理解の基礎
 

 


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