原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

日本の家庭連合はついに無原罪独生女路線を採用 間違った血統転換の解釈

2月3日に、いくつもサンクチュアリに対する公式批判が出たようです。

昨年の11月以来です。

先日家庭連合では中心メンバーが集い、今後サンクチュアリにどう対処すべきか会議があったと聖職者たちは言っています。

その中ではいっそ3人の女性が皆無原罪であったとしてはどうかというような意見も出されたようです。

「初めに無原罪独生女ありき」

すべて考えていこうというのです。

どこか進化論に似ていますね。

連載の途中を書いていましたが、急遽駆け足でコメントをすることにしました。

前回の記事と併せて考察して頂ければ幸いです。

 

彼らの論理の飛躍は、復帰されたエバの基台は必要だが、

お母様はそれとは関係なくもともと生まれながらに無原罪だとする点です。

そのように結論づけるためには金容成さんが提示したお父様の御言葉について、先ず説明しなければなりません。

 

「神様が失われた歴史的な時代、アダムとエバが失敗した歴史時代に初めて神様の愛を受けることのできる血統的内容を中心として地球に独り子が生まれました」これが聖書の骨髄思想ではないですか。「地球に独り子が生まれました。神様の長子が生まれたというのです。しかし、独り子は生まれましたが独生女がいません」なぜ?エバは堕落したので、サタン世界から探して来なければなりませんアダムが責任を果たせず失ってしまったのです。

資料:み言選集 348巻55ページ 2001.07.06

 <神様は私達の真なる王であり真なる父母(Ⅳ)>

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長子権復帰、その次に独り子という言葉が出てきます。独生女はどのようになりますか?イエスが創造しなければなりません。本来、アダムを創造しエバを創造したのと同様、男性が先に生まれなければなりません。独生女ではありません。

資料:み言選集 519巻304ページ 2006.03.07

<宇宙の核である家庭基盤と本然の愛>

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これを復帰する為、蕩減復帰する為に4000年ぶりにイエスが来て、花嫁の位置、心と体が一つになった男性として女性を育てなければなりません。女性を奪われましたから。天の女性相対がいません。息子である独り子、独り子である息子を送りましたが独生女がいません

資料:み言選集 488巻248ページ 2005.02.23 <原理解決の結論的基準>

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天国に入る為に独り子が生まれましたが、堕落は男性女性が血を裏返しにしたものですから独生女が必要です。独生女はどうなるのか?アダムの体からあばら骨を抜いて女性を作ったので、独り子はエバを再創造しなければなりません。逆に探して来なければなりません。

資料:み言選集 482巻275ページ 2005.01.14 <宗族の女王となれ>

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ですから問題は何かと言うと、神様の愛で生まれた血筋を受け継いだ女性がいなかったという事実がどれほど悲痛な事実なのか?女性一人によって、独り子が独生女に会えなかったことが堕落したアダムとエバの時よりも、さらに大きな国を失い、世界を失ってしまうかもしれない堕落の起源になったということを私達は知っておかなければなりません。

資料:み言選集 467巻141ページ 2004.09.03 <モンゴル斑点同族大会と祝福>

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2千年を待って持って生まれたマリアとヨセフも同じです。神様を騙して、父母を騙して、夫を騙して新しい赤ん坊を身ごもり新しい血統を受け継いで生まれてきたのです。その血統を中心とした主人となるのが独り子イエスでした。その独り子イエスの前には独生女がいません。独生女の一族がいないのです。

資料:み言選集 429巻42ページ 2003.12.23

<イスラエルの平和大行進と平和王国>

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先生も同じです。オモニを中心に正常の血筋では駄目なのです。既成教会が反対することによって追い出され、全てを再び探し出して復帰したのです。それを知らなければなりません。その次にオモニから、アボジから神様まで復帰するのに8段階の犠牲的投入がなくては復帰できないことが天理を明らかにする為の神様の摂理歴史観だというのです。

資料:み言選集 429巻42ページ 2003.12.23

<イスラエルの平和大行進と平和王国>

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エスは独り子だというのです。独り子。驚くべき言葉です。神様をアボジとして侍って「私は独り子である」というのです。初恋の初めての息子として生まれ、神様の隠された愛を根から全てが私にかかって、実を結んだのが独り子です。

では、イエスは独り子になりましたが、独り子の相対になることのできる独生女がいたのか?救援歴史は復帰であると言いました。独生女はどこにいますか?

 資料:み言選集 394巻36ページ 2002.10.06

<絶対信仰 愛 服従と祖国光復の道>

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神様の愛と天地とサタンと天国と地獄を完全に知っている神様を代身した愛の主体者として生まれたのです。堕落しなかったというのです。「神様の長子が生まれたというのです。しかし、独り子は生まれましたが独生女はいませんでした」サタンに奪われたので探して来なければなりません。独生女を選民圏で再び捜して、国の解放圏をなす主の国の主人となるのです。

 資料:み言選集 347巻249ページ 2001.07.05

<神様は私達の真の王であり真の父母(Ⅲ)>

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エスが来ることによって初めて独り子という神様を中心として失われた歴史時代に、アダムとエバが失敗した歴史時代に初めて神様の愛を受けることのできる血統的内容を中心として初めて地球に独り子が生まれたのです。長子が生まれたというのです。息子が生まれましたが、独り子は生まれましたが独生女はいません。ところが4千年の間、救援歴史を通してはじめて神様が多くの苦労をしてアダムの創造をもう一度成したのと同じです。

 資料:み言選集 342巻265ページ 2001.01.13 <神様王権即位式>

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男性が生まれたので女性を見つけなければなりません。女性を失いませんでしたか?サタン世界から女性を探すには再創造して準備しなければならないのですイスラエル選民を中心としてメシアを4千年間待って送られて来たのに捕まえて殺しました。そのメシアを捕まえて殺したイスラエル民族が地上に血を流さずには足の踏み場がなかったのです。

資料:み言選集 342巻235ページ 2001.01.12

<真の父母と神様王権即位式>

 

家庭連合がこのような御言葉を封印して無理矢理お母様が無原罪でお生まれになったとする詭弁がこれです。

 

(6)「独生子」と「独生女」の違いについて

 
 ここで、独り子(独生子)と独り娘(独生女)について整理をするために“補足”を加えておくとすれば、独り子(独生子)は、天から遣わされ、生まれながらにして「霊的堕落の罪」も「肉的堕落の罪」も問われない、完全に無原罪の存在であるということです。
 一方、独り娘(独生女)の場合は、地上でアダムが探し出して「再創造」しなければならない存在です。何故ならば、「肉的堕落の罪」は問われていないにせよ、「霊的堕落の罪」を背負って生まれているという一点において、独り娘(独生女)の場合には「堕落圏」にいるためです。

 独り子(独生子)の場合、アダム、イエス様を経て、再臨主は3度目に現れた独り子(独生子)であり、世界的カナン復帰路程を「3次路程」まで延長するなかにおいて、神の御旨を成し遂げて行かなければならない使命をもって生まれています。
 それに対し、独り娘(独生女)の場合、3人まで神様によって予定(準備)されて生まれておられるということです。
 聖書に、神様がアダムのあばら骨からエバを造られたとあるように、エバは(兄妹として)アダムの近しいところに、神様によって準備されました。それと同じように、イエス様の場合は、ザカリヤ家庭という親戚の近しい所に準備されました。それと同様、再臨主の場合も、お父様は北朝鮮の定州出身ですが、第1の方および大母様は、同じ定州の出身であり、また、第2の方は定州に近い朔州の出身で、いずれも近しいところに準備されました。(しかも、第1の方の実母は「韓家」の出身です。)

 では、使命を途中で挫折して「真の母」の使命者としての位置を離れ、霊的堕落の罪を清算することのできなかった第1、第2の方は、その後、どうなるのかと言うと、勝利された真の父母様(文鮮明先生、韓鶴子夫人)からの「祝福」を受けることで、「真の父母様」と父子の関係を結んでおり、人類の「真の父母様」の子女の立場に立っています。したがって、永遠に「人類の真の父母様」は一組だけとなっています。
 

(7)「堕落圏」の概念には、2種類の違った概念がある

 
 次に、真のお父様が語られる「堕落圏」という言葉(概念)の意味について、述べておこうと思います。
 真のお父様の御言には、「堕落圏」から復帰するとか、あるいは「渋柿の根」から取り戻すとかという、これらに類するさまざまな表現の御言が出てきます。
 それらの御言を理解するとき、重要な観点があります。それは、『原理講論』で論じられている原理の概念の枠組みにおいて、それらを理解しなければならないという点です。
 すでに「補足説明・その1」において、「堕落圏」というときに、その「堕落圏」という概念には、①「霊的堕落のみの罪」が問われている「堕落圏」と、②「霊的堕落と肉的堕落の両方の罪」が問われている「堕落圏」という、違った二種類の「堕落圏」の概念があるという点について説明しました。

 例えば、2015年10月30日に「真の父母様宣布文」サイトに「教会成長研究院」が掲載した「真のお母様の『無原罪性』―『血統転換、私は母胎からなのです』の意味について」の文章のなかで引用している真のお父様の御言に、「(5)メシヤの前の「真の母」の立場を、原理の「原罪」の定義に当てはめると」という項目のところで、①「新郎であられる主がこの地上で捜される新婦は、堕落圏内で探す新婦ではありません。堕落しない純粋な血統を持って誕生した方を捜すのです」とあり、ここで、真のお父様は「堕落圏内で探す新婦ではない」「純粋な血統を持って誕生した方」と語っておられます。

 ところが、2015年10月30日にアップした文章の「同じ項目」のところの後で引用した御言で、真のお父様は、②「アダムが責任を果たすことができなかったために堕落したので、その責任を完成した基準に立つには、エバを堕落圏から復帰して再創造し善の娘として立ったという基準に立てなければなりません」(『真の父母の絶対価値と氏族メシヤの道』38ページ)と述べておられ、ここでは「堕落圏から復帰」しなければならないと、真逆とも受け取れる内容を語っておられます。
 この①と②の御言は、一見すると、“矛盾”した内容であるように感じられますが、そこに矛盾はありません。

 すなわち、①の御言の「堕落圏内で探す新婦ではありません堕落しない純粋な血統を持って誕生した方を捜す」とあるのは、「肉的堕落の罪」が問われていない圏内、すなわち「霊的堕落のみのときの救いの摂理圏」にいる女性であるため、その女性には「原罪」がなく、まだサタンの血統にもつながっていない女性という意味において、「堕落圏内で探す新婦ではない」と語っておられるのです。

 当然ながら、そのような女性(独生女)が現れるには、前述した「補足説明①」の引用文で、「『アダムを堕落させた罪』を清算する蕩減条件を立てた女性(マリヤ)がおり、“肉的堕落の罪”を清算した基準が立っていなければなりません」と述べているように、“霊的堕落のみのときの救済摂理”の時点まで立ち返えることができるという蕩減条件を立てた女性たちの信仰基準がそこになければなりません。
 すなわち、前述したように、真のお父様は次のように語っておられます。

 「主管性転倒問題は、エバが行ったことなので、女性が責任をもたなければなりません。それゆえに、マリヤが天使長も復帰してあげるべきであり、アダムも復帰してあげるべきであり、エバも堕落前のエバに復帰しなければなりません。マリヤが、このすべてを復帰しなければなりません。ですから女性は、主管性を転倒しなければなりません」(八大教材・教本『天聖經』2147ページ)

 一方、②の御言の「エバを堕落圏から復帰して再創造し善の娘として立ったという基準に立てなければなりません」というのは、霊的堕落をすることによって、堕落した天使長の「堕落圏」(霊的堕落のみの時)に落ちている堕落エバ、そういう意味での「堕落圏」という意味になります。
 結局のところ、「堕落圏」という場合、その「堕落圏」には、①「霊的堕落の罪」だけが問われている「堕落圏」と、②「霊的堕落と肉的堕落の罪」の両方の罪が問われている「堕落圏」との2種類があるということです。

 以上の内容を整理してみると、男性の場合、天から遣わされる「メシヤ」だけが、唯一、a.「霊的堕落の罪」も「肉的堕落の罪」も問われていない無原罪の立場で生まれてくるかたであり、それ以外の全ての男性は、b.「霊的堕落の罪」と「肉的堕落の罪」、すなわち両方の罪である“原罪”を持った立場での「堕落圏」で生まれていることになります。

 それに対して、女性の場合、神様の予定によって、アダム(メシヤ)の近しい所において、①「霊的堕落の罪」だけが問われている女性として、3人だけが予定されて生まれてくるのであり、その場合、その立場は「霊的堕落の罪」はあるため、やはり「堕落圏」にいる女性という概念となります。
 しかしながら、「肉的堕落の罪」が問われていない圏内にいるという意味では、その新婦となる女性は「根」が違う女性であり、「堕落圏内で探す新婦ではない」ということにもなります。その女性こそが「独生女」に他なりません。
 そして、「独生女」以外の全ての女性は、②「霊的堕落の罪」と「肉的堕落の罪」、すなわち“原罪”を持った立場での「堕落圏」に生まれているということになります。
 事実、前述した御言にあるように、真のお父様は、韓鶴子夫人について「根が違うのです。根が」として、次のように語っておられるのです。

 「統一教会文鮮明を真の父というでしょう? ここにいる韓鶴子氏は? 真の母だというでしょう? いくら見ても目も二つ、鼻も同じなのに、何が違いますか? 根が違うのです。根が。皆さん方は、サタン世界の堕落した父母を通した堕落の根を生まれ持ちましたが、統一教会の文某とここにいる…韓鶴子、たった一人の鶴子、鶴子様は根が違うというのです。神様を根として初めて歴史上に真なる愛の論理を中心とした統一論理を持って現れた主人公だというのです」(1986.10.4)

 このように、真のお父様は、韓鶴子夫人は「根が違う」「神様を根として」と明確に語っておられます。まさしく韓鶴子夫人は「肉的堕落の罪」が問われていない、特別に選ばれて地上に誕生しておられる「根が違う」、独生女です。

 ところが、真のお父様が語られた「渋柿の根」「堕落した血統を受け継いで生まれた」という言葉に表面的とらわれてしまい、「堕落圏」には上述してきた“2種類の概念”があるということを十分に考察できない人がいるようです。
 ここで留意すべき重要なことは、何度も述べてきたように、たとえ「独生女」として神様に予定されて生まれてきた女性であったとしても、その女性は「霊的堕落のみの時」の“罪責”は持っており、それゆえ、霊的堕落のみの時の「堕落圏」に生まれておられるために、当然ながら、真のお父様は「渋柿の根」「堕落した血統を受け継いで生まれた」と表現されることもあるという点です。

 すなわち、その「独生女」は、血統的に見て「霊的堕落のみの時」の“罪責”をエバから引き継いで、それを蕩減復帰するためにこの地上に生まれておられるわけですから、堕落した天使長の「堕落圏」に落ちた血統的な因縁をもって生まれているという意味において、そのように表現されるのは正しいことと言えるからです。
 (ただし、すでに論述したように、そのような「独生女」が誕生するためには、そこに「肉的堕落の罪」を清算したという条件を立てた女性(マリヤ)の勝利基準が必要です。)
 しかし、それでも神様に予定され、アダム(メシヤ)の相対者として生まれてこられる「独生女」は、霊的堕落のみの時の“罪責”をもっていたとしても、肉的堕落の罪責はもっていないために、“無原罪”なのであり、かつ、サタンの血統ではないということが言えるのです。

 したがって、真のお母様を何とかして“貶めよう”と画策する人たちが、「堕落した血統を受け継いで生まれた」「堕落した天使長の血統」「堕落の血統だった」という御言を、いろいろ捜し出してきて、やはりお母様が語っておられる「独生女」はおかしいと言って批判してきたとしても、それらの御言は、上述してきたように、真のお父様の御言の一部に過ぎないということを踏まえて解釈しなければなりません。
 彼らの批判は、もう一方の「堕落しない純粋な血統を持って誕生した方を捜す」とか、(韓鶴子夫人は)「根が違うのです。根が。皆さん方は、サタン世界の堕落した父母を通した堕落の根を生まれ持ちましたが……鶴子様は根が違うというのです。神様を根として……」と語っておられる真のお父様の御言を無視して、自分の主張に都合の良い御言だけを捜し出しているのに過ぎません。彼らの御言に対する姿勢は、矛盾と思えるような御言に対して、その両者の違いに“整合性”を取ろうともせず、ただ真のお母様を批判して貶めたいがために引用しているのであり、“無責任”なものであると言わざるを得ません。

 

復帰されたエバが原罪(肉的堕落)を精算された立場ではあるのですが、何故そのまま真の母になれないかというと、神の予定の正妻ではないからです。

天使長の妻を奪ってきた妻、すなわち妾です。

だが天使長を中心として完成された妻であり母です。

この母は実母ではなく庶母です。

真の母にはなれません

マグダラのマリアも厳密には庶母であって真の母ではありません。

そこでその条件基台の上に立って、お母様は三代の再臨主に侍ってきた長成期完成級の

主の花嫁基準を満たしてお父様に選ばれました。

したがってお母様にはお父様にお会いした当時も、お生まれになった時も

原罪がありました

お父様のみ言葉の通りです。

ですから、本然のエバが堕落によって引き裂かれた二人のエバを表示する

正妻と妾の一体の摂理が始まるのです。

初めは復帰されたエバが正妻の立場、原罪を精算した立場

これに一体化したお母様も原罪のない立場で7年路程を行かれ

完成して逆転し長女権を復帰して正妻になり、真の母になられます。

お母様が正妻になられた時には復帰されたエバは妾に降格されます

家庭連合はお母様の無原罪独生女を擁護することに目がくらみ

ろくでもない理論をでっち上げることになってしまいました。

実に馬鹿馬鹿しくやりきれない惨事です。

 

そもそも、お母様が胎中より無原罪であったとしたら、何故復帰されたエバの

崔元福先生に侍る必要があったことでしょうか?

何年もの間妾の位置で通過されなければなりませんでした。

蕩減復帰だからです。

お母様が復帰されたエバと一体化しているから

罪は存在しないものとされ、完成されます。

肉的堕落を精算した復帰されたエバと心情一体の条件を持って完成期を通過して

真の母になられるのです。

霊的堕落がなかったことに元返していくのです。

二人と見てはいけないのです。

二人で一人なのです。

堕落によって分離したエバの二つの側面なのです。

ご自身だけでは原罪があるのでできません。

洗礼ヨハネから洗礼を受けて、旧約の一切を相続して、新約に進まれたイエス様のように、お母様も復帰されたエバの勝利圏を相続して真の母へと進まれたのです。

 

 お父様の御言葉を以下のサイトに見つけました。引用します。

32.基元節恩赦は「文先生の妾問題」をも赦す! えっ、誰が!?|御言 missing link

 

「エバは堕落のために何をしたかというと、アダムをだましたのです。それから親です。神様は親です。父子をだましたのです。こういうふうにして、堕落したのだから、こういうふうに落ちていったのだから、それを反対にして上がってこなければなりません。同じものをひっくり返して上がってこなければなりません。分かりましたか? 堕落した正妻の道では、復帰の女、真のお母様が生まれることができないのです。
 転覆して反対に上がるのだから、正妻一人では、二人のことができません。二人が必要です。そして、こういうふうになったのです。(先生が黒板に図を書かれる)こういうふうに降りていく者が、こういうふうにして行くには、これは正妻ではできません。
正妻は、それ本妻というのです。本妻としては上がることができないのです。これが妾です。妾、妾です。妾の系統を中心として上がっていくのです。
 だからサタンは、ヤコブの時に、ヤコブは神の選民として帰る代表の家庭です。そのヤコブの家庭によって、堕落したすべてを清算していかなければならないのです。神の血統を考えて見た時、堕落したために生まれたサタンの血統をみな殺してしまうことはできません。殺してしまった場合には、女がなくなるのだから、メシヤという真の父母が生まれる基地がなくなるのです。分かりますか? 残さないわけにはいかないのです。それで女をたくさん持たないといけないのです。それで、妾として、妾の女を連れて神のほうへ戻っていかなければなりません。そうなるというと、妾は本妻の、正妻の怨讐です。地獄にみな同じく入ります。抱き合って転んで、そこに行こうというのです。大変なことです。これをなだめて一つにならなければならないという、復帰された家庭にはそういう内縁があることを知っているのだから、神様はそれを収拾するために、『怨讐を愛せよ』ということを発布せざるを得ませんでした。分かりました? (はい)。 聖書の『怨讐を愛せよ』という話は何かというと、一家においては、兄弟です。レア・ラケルと同じように、姉妹の関係が共に一つの愛の後孫を取り合って戦うようになっているのです。それを一つにしないというと、天国に入れないのです。それで神様は未来の世界を望みながら、こういうような愛の怨讐圏が一家にかかっており、それを収拾しないといけないことを知っている神様は、遠い未来世界に向けて『怨讐を愛せよ』ということを発布、発表せざるを得なかったということです。分かりましたか? (はい)。どんなに難しいことであっても、これを収拾せざるを得ないのが女たちの十字架です。堕落した女が蕩減復帰の道を逆さまに行く、この運命を避けることはできません。こういうような内容です。」 (女性訪韓修練会のみ言葉 P113)

 

 
 
 
魔法をかけれれた栄光のお母様を救う為の教科書 ⅠーⅤ、及び総合版
三部構成
 
一部 
Ⅰ は概要
ⅡはⅠの概要+主体対象の正統な理解について
ⅢはⅠ+Ⅱ+主体対象の一体化の摂理的意義について
 
二部 Ⅳ
三代王権について
1、亨進様の正統性
2,ヨナ様の正統性
3 ,信俊様の正統性
4,江利川会長の正統性
 
三部 Ⅴ
6マリアの理解の基礎
 

 


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