以下の記述はサンディー・デングラーが書いた「スザンナ・ウェスレー」という伝記によって拾い上げたスザンナとその家族の話です。
素晴らしい証です。御旨のために献身する女性信徒必読書です。
ウェスレーの母親、スザンナ・アンズレーは、尊敬する牧師を父とし、その書斎にある聖書やキリスト教関係の本を読むのが好きでした。
13才の時にはもう姉のエリザベスに劣らぬくらい、ヘブル語やギリシャ語、ラテン語を読み書きできるのみか、神学生たちと神学を論じることさえできました。
学校が男子のものであった時代に、彼女はヨブ記を、ギリシャ語、ヘブル語、英語で読んでいました。
非常に利発な子であったため、宗教上の意見の違いがあっても、父親は説得しようとはせず、むしろ時がたてば聖書から直接悟る時が来るだろうと父親は考えました。
一方母親は25人の赤ん坊を産んだ女性でした。残念ながら天に召されていった子供たちもありました。
スザンナは、16世紀から17世紀にかけて、三位一体を否定したソッツィーニ派の信仰を支持していましたが、これには父親も姉のエリザベスも心配していました。
後に夫になるサム・ウェスレーもその考えには反対で、ソッツィーニ派はアリウス主義で、本質的にはユニテリアン、つまりキリストの神性を否定し、キリストが父なる神より劣った被造物であって、父なる神の持っている完全な神性を持っていないことをスザンヌに指摘している。
13才にして高度な議論を交わせるだけのものをスザンナは持っていたと言うことです。
堕落したエバは御言葉を軽んじました。
命を捨てても神の御言葉はいらないという女性でした。
スザンナは違いました。
神の御言葉を生命視する女性でした。
これが神の子を生むための母の素養の一つです。
旧約の女性が子供を産んだ際に、名前を付けますが
これがその女性の神に対する信仰告白であり、
胎教時の心霊基準を表しています。
良い畑であったのか、そうではなかったのかがわかります。
子供は神によって祝福を受けた男性と
その祝福の種をしっかり受けとめて生むことが期待される女性の
一体の心情から良い子女が神によって与えられるということが
物語られていると思います。
男性であれ女性であれ子女を授かった際の心霊や心情は大変重要です。
また、付けられた名前が神に対する愛や感謝や讃美などが込められていることが、聖書の物語にはよく見られます。スザンナも同様にして名づけています。
最初の子供が生まれる時の文章を引用してみましょう。
夫がもし男の子であったとしたらどんな名前をつけたらいいかなあ、という問いかけに対して
「私の父も、兄も、夫も、みなサミュエルという名前ですもの。選択の余地はほとんどないわ。この子はエルアザルと呼びましょう。」
サム(夫)は大声で笑い、彼女をさらに強く抱きしめました。「昼食はもっとあとにしよう。」そう言ってスザンナの顔を持ち上げて口づけしました。この世のどんな問題も消え去るように思われました。
サミュエルとエルアザルについては 、サムエル記4章~読んで頂けると良いが
イスラエルがペリシテ人と闘った時に、イスラエルの兵士4000人が戦死してしまったことを受けて、長老たちが協議した結果、対策として「契約の箱」をイスラエルの兵の真ん中に持ち出してきて、我が軍に神がおられるとして兵を鼓舞した。
これにはかなりの効果があり兵は勢いづいた。ペリシテ人も怖れ警戒したが、彼らはかえって脇を固め、身を引き締めて戦いに臨み、30000人のイスラエルの軍勢を打ち倒してしまった。
それどころか、契約の箱を奪っていったのです。
最悪です。
しかし、主はこれを放っておかれず、ペリシテ人に疫病をはやらせ腫れ物で悩ませます。とうとう彼らはこれを返すことにしたのですが、サムエル記7章1節に
「キリアテ・ヤリムの人々は、きて、主の箱を携え上り、丘の上のアビナダブの家に持ってきて、その子エレアザルを聖別して、主の箱を守らせた。」
契約の箱を堅く守る使命を持った人物がエルアザルというわけで、これに由来してスザンナは子供にサミュエルと同じ名前を付けて、エリアザルと呼ぶことを提案し、夫も我が意を得たりと喜んだのです。
なんだか天聖教問題を思い出すような話しですね、サムエル記。
スザンナは非常に御言葉に長けた人でした。
しかも現実的な合理的な知恵も兼ね備えていました。
あるとき14,5才の少女で妊婦が来訪しました。
彼女は神や神の御言葉を求めていました。
しかし彼女は売春で生計を立てていました。
彼女はたまたま父親が誰かわからないような素性に生まれ育ち、自分自身も娼婦として生きていくことの他にどうして良いのかわかりませんでした。
スザンナは初めは彼女に必要と思われる聖句を一緒に読みましたが、
自分より5才年下の少女が背負っている境遇を理解し始め、現実的な手だてを示し、
早朝に市場に行って魚を売る女性から魚を買ってきて、
適当な値段をつけて家庭を訪問すればよいとアドバイスしました。
牧師やその家族がこのような人と接触することは考えられない、不謹慎とされていた時代でした。身ごもっている子供のために産後の感謝式まで薦めました。副牧師にしてもらったらよいと考えました。
牧会は男たちの特権である時代に、その領域に彼女は踏み込み、しかも売春をしている仲間も一緒に来て良いかとの問いにも承諾しました。
勇気があり、
信仰的手だてと、現実的手だての両面から指導できる素晴らしい女性でした。
スザンナの子供たちは、彼女の母親が25人の子供を産んだのに対して、19人もやはり生んでいる。歴史に名を残したウェスレー兄弟は15番目と18番目です。
ヤコブの子ヨセフは最後の方の子でした、亨進様が誕生された時は「ニューズ・ウィーク」に記事になりましたが、子供というものはどうやら後になるほど優秀なようです。
それはそうでしょう、両親が成長していくわけですから、ではなぜ神は長子を立てていくのでしょう。長子に限らず兄や姉という位置やそれに関わる意識が早く生まれた分の親の足りなさを補い行くのでしょう。
19人の子供たちは以下に挙げますが、子供たちの成長や結婚などのなかで、子供たちの人生を見守る親の苦労を、子供が多いだけに大変多く経験することになります。
しかし、恵もまた多いのです。
母親のスザンナは25人の兄弟の末っ子でした。
地の事情を考えて子供をこれ以上産まないか、あるいはスザンナやウェスレー兄弟のような子供を持つにいたるか、人生は求めを待っています。
牧師の夫の夢はリバイバルを巻き起こすことでした。その夢はウェスレー兄弟によって果たされることになりました。
子供たちを生まれた順に見てみましょう。
1,サミュエル 5才で初めて言葉を話す
2,スザンナ
3,エミリア
4・5,双子のアンズレーとジェディディア 死亡
6,スザンナ 命だけは救ってくださいと神に嘆願 ここまで6年の結婚生活で6人出産
7,メアリ誕生も女中の不注意で不自由な体に
8,ヘタブエル
9~13 つづく5年間で一組の双子を含めて5人の赤ん坊が生まれるも全員没
14,アン誕生 前年の1701年からオレンジ公の王位を巡って口論した末、夫のサムが家を出て別居状態が続いていたが翌年何とか修復した。
15,ジョン・ベンジャミン・ウェスレー 両親の中が回復して結ばれた実
16,子守がはからずも窒息死させる このころ債務不履行で夫は刑務所に
17,マーサ
18,チャールズ
19,ケジア
夫婦間の争いは信仰観にもとづく政治的支持の違いから来るものであったようです。
スザンナの夫は金銭感覚に問題があり、教区長牧師になって借金が返済できる立場になっても自己投資?にかける金銭が増え続け生涯スザンナは苦労し続けます。
スザンナは聡明な信仰者でした。
第二子のスザンナが体の弱い子でしたが、伝記の中で夫婦の会話にこんなところがあります。
「スーキーはどう?」
「よくないわ。私が抱いていないと、すぐに手足が冷たくなってしまうの。」
サムは悲しそうな顔をしました。
「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」
「ヨブはこのようになっても罪を犯さず、神に愚痴をこぼさなかった。」
スザンナは、サムのことばに、ヨブ記のみことばをつけ加えました。
条件を奪われない生活を実践していたように描かれています。
スザンナの立派なことは「条件生活」を実践し、子供たちにもさせたことです。我々はモーセの母親がモーセに選民教育をしたと何度も聞かされてきましたが、イメージが掴めませんでした。
「デボーション」という言葉があります。
献身にあたりますが、具体的には神と顔と顔を合わせて交わりをする特別な時間を持つことです。個人的な礼拝と言って良いでしょう。聖書の御言葉を学び、祈りや瞑想をして、神に対する悔い改めや感謝、また我々を導き復活させてくださる栄光を讃美する一時です。
スザンナは5才頃には既に「もし一時間の楽しみをしたら、それに等しい時間をデボーションに使う」と誓いました。
母親になってもある時は毎日二時間のデボーションを持ち、子供たちに6時間も教えています。御言葉を生命視する女性の本領発揮です。
スザンナの父は牧師でした。
スザンナも牧師の妻になりました。
ウェスレー兄弟はアメリカに海外宣教に行ったことがあります。
インディアンのためです。ふたりともアメリカの実情にがっかりして帰って来ることになり、イギリスでリバイバルを起こします。
3代でそのような歴史的、世界的人物が誕生しました。
お父様も堕落性が抜けるのに我々は最低三代かかるとおっしゃられました。
三代目にどのような孫を持つことができるかが問題でしょう。
一代目の牧師であるスザンナの父親はどののような方だったのでしょう?
公金意識に関するこんなエピソードがあります。
遺産を家族に残さず、公的に使ったのです。
「ええ、つい最近ありました。父の最終的な処分がなされているようです。ほとんど何も残っていないのです。ご存知のように、父は数人の神学生のお世話をしていましたが、金銭的にも気前よく援助していました。それは当然のことなのです。父の財産は主に奉仕する生活から得たものでしたから、同じように、主のための奉仕にお返しすべきなのです。」
つまりスザンナたちの借金の返済には使われなかったのです。父親は牧師で神に仕える身でした。神のものは神のものに戻されたのです。
しかし、心情の神はそれを忘れるでしょうか?
夫のサムが債務不履行によってリンカンの刑務所に送られた時、スザンナは夫が神の僕として働いてきた実績を、ヨークの大主教ジョン・シャープに訴えた末、援助を得てほとんどの借金が肩代わりされることになった。
スザンナの活動もさることながら、私見ではスザンナの父の公金に対する姿勢が、功労として天に積まれていて、これが条件としてあったため、危急の時に神が導くことができたのではないかと私は考える。
さて、スザンナの子、ウェスレー兄弟は回心をしました。
ジョンの回心は「アルダスゲートの回心」と呼ばれていて有名だそうです。
先日ブログでガラテヤ人の話しをしました。
自由人の女と奴隷の女の話し、サラとハガルでした。
一方は福音を一方は律法を暗示しています。
スザンナは熱心な信仰者でしたが、ある意味で外面的な信仰でした。
これを息子が先に突破します。
ジョンの手紙に
「私はキリストに信頼していることを感じました。キリストのみが救ってくださるのです。そして、キリストが私の罪、私の罪さえ取り去ってくださり、私を罪と死の律法から救い出してくださったという確信が与えられたのです。」
コンバージョン、回心を得ます。
ウェスレーも少し先に書いた方が良さそうですね。
スザンナは子供たちの教育について
「子供たちのために奉仕をすることほど生きがいを覚えることはありません。私を通して子供たちがこの世に産み出されたのですから、みこころなら、彼らのたましいに益を与える神様の僕になりたいと思います。」
彼女は今際の際のまだ話ができるうちに子供たちに頼みました。
「私が天に取り去られたら、すぐに詩編を歌って神様を賛美しておくれ」
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