原理講論を読む

日常生活の中で 考える糸口を求めて

統一原理から見た 西田幾多郎と鈴木大拙 3        竹村牧男著 <宗教>の核心 西田幾多郎と鈴木大拙に学ぶ を参考にして

鈴木大拙「日本的霊性」という本を書いている。

竹村牧男先生の本はこの本の記述の流れに沿って<宗教>の核心とは何かを考察しているようである。

大拙の本では、日本的霊性とは何か→法然上人の念仏称名に顕著に現れ→模範的信仰者としての妙好人仏陀の正覚に基づく浄土教理解と体得のために、金剛経の禅の重要語について

という展開になって話が進んでいく。

ここで重要な問題になるのが、先ず、禅の悟りの体験を通しての浄土系思想の理解と実践である。

このような視点は通常、浄土経や浄土真宗にはない。

私見ではあるが、大拙の内では、この禅の思想と浄土系思想はひとつに融合されたと見ている。

禅の横的な悟り、すなわち自然と一体一如になる。(一体とは存在と一体ということで、一如とは作用として一体ということ)これがさらに進んで、浄土教の縦的な悟り阿弥陀仏(絶対者)との一体一如。

禅では存在としての絶対的一体性は確保できるが、他に働きかけるという作用性の絶対性は担保できているとは言えない。そこには絶対者としての阿弥陀仏の要請が不可欠であると見たのではなかろうか。勿論それは考えとしてというよりも体験を通した直感的把握があったのであろう。

「真空妙有」から「真空妙用」に徹底しなければならぬということである。

絶対者たる阿弥陀仏と一体化し、阿弥陀仏と一如して道元の言う「全機現」に絶対性を賦与することになったと見ることが出来る。

親鸞は自分が宗祖になるなどということは、夢にも思わなかったが、曾孫の覚如によって浄土真宗の教団が始まったという。

大ざっぱな理解では法然浄土教は往生するには念仏を先と為す「念仏為先」を重んじ、親鸞の浄土真宗では信心を本と為す「信心為本」を重視している。

前者は称名という行為によって義とされる点から、旧約時代の行義信仰に相応すると見ることができ、後者は称名という行為は大切ではあるが、信じることによってこそ義とされるという点から、新約時代の信義信仰に相応していると思われる。

統一原理では旧約時代→新約時代→成約時代というように三つの時代区分が為されている。

だが、神にとっては本来3つも必要ではなかったはずである。

例えば旧約時代にも信義信仰があり、これが形骸化していることをイエス様は嘆かれ律法学者パリサイびとに警告している、ととることができる。

またそのことから、旧約聖書にもホセアなど心情的世界が多く描かれていることがやはり理解されるのである。すなわち旧約時代にも心情世界があり、残念なことにこれが形骸化してしまったということである。

法然の見た延長線上に親鸞は一歩進んだと考えることができる。

同様に大拙は浄土系思想の先人の視線の延長線上にさらに一歩踏み込んだと思われるのである。

これは法然上人と一体となって親鸞前進したように、大拙もまた彼等と一体となって前進したということであろう。

しかし、これを教学的に見れば大拙の真宗理解は真宗的ではないとなるのである。

竹村先生は特に晩年の大拙90歳ころの「我が真宗観」という1962年の、大谷大学での特別講義を引用されている。

ここで言おうと思ったことは、すなわち、阿弥陀如来が空で、そうして妙用である、真空妙用である。大行ということは、その阿弥陀と自分と、機法一体という言葉になるんではない、機法一体そのものになる。・・・・阿弥陀の名を称えるということは、その阿弥陀になるということですね。

大拙全集 第6巻 356-57頁(360-61頁)

 翌年の大谷大学特別公開講座でも

名号というものが、生きたものとして受け取られたといえば、もういけない。名号が生きたものとなって、自分の心の中へ出てきたと、こういう方がいいかも知れん。すなわち、自分が名号になったということ。ただ名号になっただけじゃない。自分が名号だということになる。そこに、何か、一つの自覚が出る。その経験を、私は横超といいたい。

同前、「真宗概論」425頁(428頁)

碩学の一人、曽我量深

「先生がよくお引きになった一遍上人の、

  称うれば仏も我もなかりけり

  南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

これが先生のご領解に最も近いのではないかと思っています」

つまり一遍の時宗に近いということか

またもう一人金子大栄は語る。

「先生の立場はやはり禅であったといってよいではないであろうか」

しかし大拙が実践の中で見たものは

「シナの仏教は因果を出で得ず、印度の仏教は但空の淵に沈んだ。日本的霊性のみが、因果を破壊せず、現世の存在を滅絶せずに、しかも弥陀の光をして一切をそのままに包被せしめたのである。これは日本的霊性にして始めて可能であった。」

同前 106頁(106頁)

 我々人間は霊人体と肉身の二重存在であると統一原理は説いている。

霊としての人間は往生し浄土に生まれ変わり、さらに集中できる環境で精進するとはいえ、現在の肉身生活において積極的な意義は見出せないものか?

この辺を禅の見性体験から仏陀の正覚を得て浄土系思想を解釈して行ったのが大拙であろう。

肉身生活の意義を見出し、霊的王国たる浄土以前に、人や社会や世界に積極的に働きかける娑婆世界の肉的浄土化を求め実現して行くことが縦的絶対者たる阿弥陀仏の現世における横的展開が「横超」なのであろう。

これは統一原理の、人間が神の代身としての万物の主管主であるということに通じるものである。作用性とは突き詰めていけば西洋において科学の発展に寄与したキリスト教主管性に通じるようになるのである。

統一原理においては、

神の御旨成就=神の責任分担95%+人間の責任分担5%(重要度強調数)

(ただしこの5%とは神から見ての5%であり、人間から見れば100%を意味)

御旨とは創造目的であり具体的には地上天国と天上天国のことである。

信仰においても同様、神の責任である他力がほとんど全てである。

一方信仰にも5%の責任、すなわち自力が必要であるという結論になる。

これを阿弥陀仏信仰に当てはめれば

阿弥陀仏による他力の救済は95%であり、ほぼ全てが阿弥陀仏によるものである。しかし、人間の側にも自力による救済が実は要請されていて5%の責任がある。これは絶大な阿弥陀仏の恩恵を軽減するものではない。努力せよとの祝儀の意味を含む5%である。

ところがこれは絶対者の阿弥陀如来から見ては5%であるが人間にとっては100%の完全投入を意味している。

再臨主 文鮮明 恵父が カルビンの予定論の問題を喝破されたように、仏教においても信義信仰の様相をもって現れてきた、浄土系思想にもこの点は同様に内包しているものと見ることができる。

つまり、メシアであり、キリストであり、再臨主であり、真の父母として降臨された文鮮明 恵父によって初めてこの難問に苦闘してきた高僧の疑問が解かれるのである

人間の5%の責任分担が理解されれば

法然が 人には一念(一回の称名)で往生できるとしながら、自らは多念(多く称えること)どころか、一日数万回も称えておられることが理解できないのである。

また、法然の面前信不退(信義信仰)行不退(行義信仰)のいずれに立つかという信仰観の表明で、前者のように信心であって、後者の念仏行ではないとした親鸞の立場を法然も同意している

私見ではこのように分別して捉えようとするのが問題であるように思われる。

これは現代人にわかりやすくいうならば、信心が目的であり、念仏は手段なのであって、二つで一つなのである

したがって、「念仏為先」「信心為本」というが、法然親鸞にとっては一如と見ることができるのである。現象ではなく本質において一如であるということである。

それ故、親鸞法然の許可を取って、「念仏為先」「信心為本」の座を設けて各自に座ってもらった際に親鸞ら数人が「信心為本」の座に座り、法然の行動が見守られたが、法然親鸞と同じ座に座ったのである。

念仏の行に励むのは信心の為であるはずである。

そこで「易行難信」ということが出てくるのである。

人間の信心における責任分担としての5%が存在しているということなのである。

極めて分かりやすい話であろうかと考える。

その辺のところを統一協会では「動機の成長」と呼ぶこともある。

 

内村鑑三がアメリカ人でアマスト大学の学長であるJ・H・シーリーに悟らされたことがあったという。

「徒に自己の内心のみを見ることを廃めよ、

貴君の義は貴君の中にあるに非ず、

十字架上のキリストに在るのである」

これによって内村は信仰上の大革新を得たという。

さらに

「汝の義とせらるるは汝の努力に由るに非ず、

汝自身如何に自己を聖めんと欲するも

聖むる能はず、

汝の義は汝自身に於いてあるに非ず、

汝の罪の為其身を十字架に釘けられ給ひし

かの主イエスキリストに於いてあるなり」

(信仰の三段階)

自力より他力に力点を置くのがキリスト教の基本である。

しかも人類のためではなく、他ならぬ私のためという実感が重要であった。

これは、親鸞の以下の言葉に通じるものがある。

弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり、されば若干の業をもちける身にてありけるを、助けんと思召したちける本願のかたじけなさよ

歎異抄

 

さて、肉身を基礎に日常生活をする身であるわれわれは、自力の面を全て払拭することは不可能である。そこで阿弥陀仏の他力と自力の調和を現世の生活に求めて大拙妙好人に目を向けることとなる。

大拙「大乗相応の地」から才市のうたを紹介している

なむ仏は、さいち(才市)が仏で、さいちなり。

さいちがさとりを開く、なむぶつ。

これをもろ(貰)たが、なむあみだぶつ。

 

「キリスト我にあり」である。

 

ありべきことと聞くじゃない、

はつごとの南無阿弥陀仏ときくばかり。

 

今ここで私に生きて働かれておられる神の声を聞く。

だから南無阿弥陀仏が自分にぶつかる「あたる」という。

 

わしにあたったなむあみだぶつ

こころにあたるなむあみだぶつ

あなたわたしのこころにあたる

こころにあたる弥陀の名号、なむあみだぶつ

わしのこころにあたってみせて

あさましのこころにあたるなむあみだぶつ

 

才市の写真

 

わしが阿弥陀になるじゃない、

阿弥陀のほうからわたしになる。

なむあみだぶつ。

 

妙なる好人物、「妙好人」という言葉がある。娑婆世界に生きる在家の信者が、この世の泥にまみれることなく、一輪の白蓮華を咲かせて生活している姿を指している。

「日本的霊性」では法然親鸞の道を継承する「妙好人」に関して、このお二人よりも多くの頁を割いていて、60頁ほどになる。

宗祖のお姿を慕い求めることから、実際に凡夫の私が仏陀の正覚ということを如何に相続し、その体得したものを生活によって証しするような、私の側からのお手本となるべき「妙好人」の必要性というものがある。

才市は無学な船大工また下駄職人である。

数少ない持ち合わせた語彙を駆使して信仰をうたにしている。

平易ながら実に深い世界を味わっておられる。

統一原理でいう「甘受」、歓喜で受けとめることを体得しておられるようにさえ思う。それぞれのうたの本質を大拙が解説している。

もうひとり才市より前に紹介しているのが道宗である。

噂を聞いたある和尚が彼を試しにやって来た。草取りをしていた道宗に後ろから蹴飛ばしたのである。ところが何事もなかったかのように、起きあがって道宗はまた草取りを始めた。さらにもう一撃同様に喰らわしてみたが、道宗に何の変わりもない。

驚いた和尚がたまりかねて

「わけもなしに、他人に蹴られて、憤りもしない君は、どんな境地なのか」

と、聞いてみた。道宗は笑顔を崩さずに答えた。

「前世の借金払いだ。まだまだあるのかも知れない」

お二人に共通していることはとにかく徹底しているということである。

念のため大拙妙好人とはどのような方かを説明しているところを記す。

「浄土系信者の中で特に信仰に厚く徳行に富んでいる人を妙好人と言っている。彼は、学問に秀でて、教理をあげつらうというがわの人ではない。浄土系思想をおのずからに体得して、それに生きている人である。」

 

才市のうたの紹介に際して

「これを広く浄土系思想の体験としておいて、別に浄土宗のとも真宗のとも言わないほうがよいと思う。」

それでも碩学達はどう考えていたか、石田慶和先生の言葉をもって私も同意し、続きは次回にしたいと考える。

・・・大拙さんが、真宗はなんとかしなければこのままではだめだと思っていらっしゃったこととつながっている。

 大拙さんの妙好人についての理解は、そういう問題意識からでてきている。そういう点を忘れてはならないと思う。それが真宗学者の妙好人観とは異なっている点である。曽我量深さんは「真宗の教法から見れば、妙好人というのは、一つの謀反人みたいなもんです」と言っている。「何か一つの反逆心みたいなものを持っている」とも言う。金子大栄さんも「昔でよかったね。今あんな人があると困るね」と言う。大拙さんと評価が異なるのである。そして曽我さんは「本当は無名な人の中にかえって本当に妙好人があるのでしょう」という。私はそんな妙好人がいるだろうかと思う。有名になるとかならないとかは問題ではない。現実に多いのは、大拙のいう妙好人の境地に達し得ない不徹底な者ばかりではないだろうか。

 大拙さんは妙好人をあるべき念仏者とみていた。本当に徹底すればそうなるものと考えていた。そうならないのは、自分を本当に捨てきっていないということになるだろう。私はそれが正しいと思う。捨てきれないのが凡夫だ、などというのは、逃げ口上にすぎない。仏さまに「捨てさせられる」というなら、捨てきれないとどうしていうのか。大拙さんは、妙好人に生きた念仏者を見ていたのである。そういう念仏者こそ仏教の本義につながると考えていたのである。

鈴木大拙全集 第10巻 月報11